第8話 新しい装備の開発

 ジャスティンの少し心配そうで残念そうな瞳をスルーして仕事に戻ることにした。

 私の役割はバッファー。正式には魔法付与師という補助的な職業。戦闘能力自体は全くない。そして正直なところ、強化弱体化はその効果を客観的に把握することは難しい。だから後衛でぼーっとしているだけに見える私はパーティ外からは私はダンジョンにおいて役立たずと看做されていた。

 いつだったかこんな話があった。


「そんなバッファーよりうちのラフィルをパーティに入れませんか? 回復魔法が使えてお役に立てますよ」

「マリオンのバフは特級品だ。あるとないとじゃぜんぜん違う」

「そうそう、魔法のキレが全然違うんだ」

「でもそんなの、気の所為じゃないですか? そこまでかわらないでしょう?」


 それが普通の感想。

 悪意がある人や王子のパーティに娘や親類をねじ込みたい人たちが私たちのパーティについてそう評するのをよく聞いていた。バッファーというのは実際は誤差かもしれない。そう思い始めると、その違いや効果を実感するアレクとソルは私のバフはものすごく役に立っていると私を庇ってくれた。けれどもだいたいはウォルターの一言で台無しになる。


「マリオンは役に立たなくてもかわいいからいいんだ」

「ウィル、何を言う!」

「だってかわいいのは本当のことだもん」

「うちのマクリーンもかわいいしその上お役に立ちますよ」

「やだ。マリオンのほうがかわいいんだもん」


 そんな斜め上の返事をするから私はますます『色仕掛け』呼ばわりされていたと思う。

 けれどもその時の私は何故かウォルターを気に入っていて、アレクやソルの正当な評価よりウォルターのその何の意味もない、客観的に見ると悪意に満ちた天然の返答の方を嬉しく思っていた。つまり頭が湧いていたの。


 ゲーム上では国民好感度なんて表示されないし一般市民やパーティに娘を入れようとする貴族との会話シーンなんて存在しなかったのだけど、この世界で地に足をつけて人として暮らすのであれば当然関わるもののはずだ。日常生活にスキップ機能なんてない。だから実際の私の頭の中はそんなシーンをたくさん記憶に収めている。

 けれども記憶を取り戻す前の私はウォルター同様相手の反応なんて全く気にしていなかった。鈍感すぎるのか鉄メンタルなのかわからないけれど、でも頭の中はおかしくても町で見られる視線に敵意や侮蔑が込められていたことが私の頭の片隅に記録されていた。それが今の私の精神に重くのしかかる。

 これ、一々気にしていたらダンジョン攻略は続けられないほど鬱落ちしそう。今私がパーティに戻れたとしても、その往来であの視線を浴びせかけられるのは正直つらい。結局ウォルターはかばってくれずに同じような発言を繰り返しそうな予感がするから、ウォルターパーティから弾かれたのはむしろ僥倖のような気がしてきた。


 私はバッファーとしてそれなりの腕がある。バフをかけるアレクとソルがいうのなら恐らくそうなのだろう。

 さらに私は前世では裁断師をしていた。裁断師というのは様々な素材、前世では主に布や皮だけれど、それを用途に沿って限られた生地面から表や見返し、襟やポケットといったパーツを最も効率的に切り分ける地味な仕事。私は服飾の専門学校も出たから縫製も一応出来る。

 だからバッファーのような本人にしか効力が理解できないものではなく、そのバフの技術を利用して誰でも目に見えるような装備を作れば汚名返上できるのではないかと考えた。そしてその技術が今、この世界での装備づくりに役に立っている。不思議なものだ。

 

 魔法は指向性がある。それを今世の私の体は長年の経験から知っていた。

 これまでは漫然と対象にバフ・デバフ効果を付与していたところを、バフを補助する模様を装備や装飾自身に刻みつけることで効果を上げることができるんじゃないか。そんな発想。

 試しに作った力を増す呪文を紋様化して刻みつけた皮長手袋は、はめるとそれだけでわずかに力が強くなり、そこに更にバフをかけると効果は高まった。今はバフの研究をすすめてより細分化し、よりバフの効率的に効果を得られる装備を作る。服飾に刻みつける紋様を工夫して効果を重複し、より詳細かつ効果的な術式を運用できることに気がついた。

 貴重な素材から無駄なく切り出された部位に刻みつけられた紋様は、効果を発動するときに光のラインを形作る。それはなんだかとても美しかった。

 そしてその装備をまとって戦うジャスティンはとても美しい。しなやかな体が形作る閃光のような鮮やかな動きに思わず目を奪われる。


 そうやってジャスティンが倒して得た様々な素材を用い、ダンジョンで得た使わない素材や財宝を売却して更に必要な素材を買い集め、それらを裁断して最適な効果を付与する。つまりジャスティンには敏捷性とクリティカルヒット率が上昇する装備、私は魔力付与とその効果増大率の高い装備を身に纏う。戦闘時にはさらにジャスティンに直接攻撃力上昇のバフ、敵に弱体化のデバフをかける。そして得た素材を材料を売り捌き、より効果の高い装備を作る。

 そんなふうにモンスターを倒すにつれ、だんだん強くなっていった。

 今はユニコーンの足の毛皮からリングを作っている。呪いや穢れの効果を弾くリング。これはこの下から始まる墓場の階層でゾンビやゴーストの呪いから守ってくれるはず。

 私はたくさんのモンスターを倒すジャスティンの姿を夢想しながら朝が来るまで針を進めた。

 私たちが一番最初に魔王を攻略することを夢見て。

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