第7話 王子よ、なぜ真面目に攻略しているの?

 誤算、誤算だ。誤算はやはりウォルターだ。

 ウォルターは予想外にもダンジョンを真面目に攻略をしてる。それが攻略深度から窺えた。そしてとうとう30階層に到達した、らしい。

 そういった噂はジャスティンが王宮の中でどこからともなく拾ってくる。ジャスティンは真面目でとても人あたりがいい。人間関係を円滑に運ぶのがとても上手い。ずっとこの部屋に引きこもってばかりの私にとって、その情報収集能力は侮れない。マリオン様の従者であることを不憫に見られることが許せないと怒っているけれども。


「マリオン様、王子パーティは昨日30階層に到達したそうです。間に合うでしょうか」

「私たちは今22階層ですからまぁ、なんとかなる範囲でしょう」

「申し訳ありません。私が弱いばかりに」

「何を言っているの? あなたは全く戦闘経験がないところから22階層まで到達したのよ? しかもたった一人で。大したものです」

「いえ、それは全てマリオン様のバフのおかげです」


 ジャスティンはそういうけれど、わたしはただバフをかけただけで敵を倒すのは全てジャスティンまかせ。それなのに全く戦闘経験もスキルもない中、たった1ヶ月で、しかも22階層に到達するなんて普通は考え難い。きっと前世の『幻想迷宮グローリーフィア』の中でもなし得た者はいないだろう。

 それほどジャスティンの成長ぶりは凄まじかった。攻撃力とすばやさ以外はほとんど成長は見られなかった。けれども、その2つの能力はずば抜けていた。恐らく同レベルで換算するとアレクすらも上回りそうなほど。


 私たちが迷宮に潜り始めてから約1年潜ってやっと到達した階層は24。平均すると1月あたり階層2つずつだった。

 なのにジャスティンは1ヶ月で階層を22上げている。そう考えるとジャスティンの能力の上昇ぶりこそが異常なのだ。


 けれども比べるべきは今。このダンジョンは比例的に攻略何度が上がっていく。

 ジャスティンの集めた情報ではウォルター達のいる階層は30。1か月で階層を6上げている。

 そんなだから、あたかも以前は私が足を引っ張っていたかのように言われるので余計に癪なのだけど。けれどもまあそれも今更な話で、少しずつ思い出してくる記憶の中で、そもそも国民からは『色仕掛け』呼ばわりされ続けていた気はする。ゲームでは全然そんな情報はなかったはずなのに。


 それはともかく今のウォルターの進み具合はおかしい。

 私たちのパーティが伸び悩んでいたのは確か。けれどもその原因はウォルターだった。私がいなくなって攻略スピードが上がるというものでは断じてないはずだ。

 あのポンコツ王子はド天然に動き回ってデバフなどなくても全てを遅延させていた。あっちに何かキラッと光ったと思えばどう見ても攻略に関係ない場所に遠征し、あと一息でボスを倒せるというタイミングで、なんかもう今日は疲れたから帰るとのたまい帰還してしまう。

 ダンジョンの細部は定期的に刷新され、日を跨ぐとボスの体力も回復してしまうというのに。時には攻略の途中でダンジョンが刷新されたのに、同じものが見つかるはずと無駄に同じ階層に居座ることもあった。

 この間ジャスティンと訪れた『星空の岩場』なんてダンジョン内に発生すること自体が珍しい。そんな場所はたくさんあって、存在しない場所をウォルターが諦めるまで無駄な探索するの。


 そんなウォルターの態度にアレクもソルも、ウォルターにほとほと愛想をつかせていた。けれども二人ともダンジョンの入場権を持つウォルターの意向を無視するわけにはいかなかった。ダンジョンの入場は管理されていて、王家が各貴族家に発行されるダンジョン入場許可証が必要だ。外国出身の二人はパーティから追い出されるとダンジョンに入ることができなくなる。

 だから私とアレクとソルは、お互いに次には必ずもっと進みましょうと励まし合いながらダンジョンを潜っていた。基本的にグローリーフィアは攻略した階層までは転移ワープができる。だから一歩ずつ進むことに無駄はない、この一歩に意味はあるのと。

 ゲームの中でもウォルターは突拍子もない行動をしてもプレイヤーに選択権が委ねられていたけれど、この世界で生まれ育った過去の私に王子様という権力を制御できなくてもおかしくはないと思う。というより私は男爵令嬢に過ぎない私のこの世界の常識では、王子を制御なんて考えられもしない身分なんだから。けれどその身勝手な言動があちらこちらに溢れるからこそ、私はこのウォルターというキャラクターが生理的に受け付けられなかったわけで。


 今のウォルターの攻略スピードは私の前世におけるグローリーフィアガチ勢の勢いに匹敵していた。

 ウォルターは頭でも打っていい方向に頭がおかしくなったのか、スケルトンメイジに精神魔法でもかけられたのか。よくわからないけれどもこちらもスピードを落とすわけにはいかなくなってしまった。だってウォルターに魔王が倒されてしまったら私のこの世界の運命が固定化されてしまうもの。ウォルターはきっとその功績で持ち上げられ、私は駄目な王太子妃として酷い一生を送ることになる。それは今の王宮の私の扱いからも明らか。


 けれども攻略スピードは未だ私たちの方が圧倒的に勝っている。ジャスティンは迷宮グローリーフィアに入ったことがなんてなかったから第1階層からの攻略になった。従前のウォルターの攻略スピードならすぐに追いつくと思っていたのもあって。あまり悠長にもしていられないけど。

 でも本当に一体何が起こっているの?

 けれどもこのグローリーフィアは全部で50階層。まだ余裕は、ある。

 だからそのためにもこの装飾を仕上げなければ。私は再び針と糸を手に持って装飾に取り掛かる。


「マリオン様、無理はなされないでください」

「いいえ、私はどうしてもウォルターたちより早くダンジョンをクリアしないといけないの。そうじゃないと私の立場はこのまま……ジャスティンごめんなさい。ジャスティンには直接関係ないことなのに」

「そんなことを仰らないで下さい。私はマリオン様の従者です。私にはマリオン様の幸せが全てです。小さい頃から」

「ありがとう。そのためにこの装飾も早く仕上げないと」

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