第6話 2人ぼっちの階層ボス、ユニコーン戦
「この先がようやく21階層のボスの間」
「腕がなります」
「大分自信がついてきた?」
「そりゃぁもう。マリオン様のお陰です」
私とジャスティンは大きな扉の前で並んで立っていた。
金属製で高さは3メートルはあろうかという重厚な扉。そこには蔦や様々な動植物のレリーフが刻まれている。この扉をくぐれば私たちにはボスを倒すか死が待っているか、それしかない。複数人数のいるパーティなら守りながら一度撤退という手段がとれるけれども、私たちはたった2人。どちらかが倒れればもう1人が守って逃げることなんかできない。特にこの階層のボスは。
でも大丈夫。私とジャスティンならなんとかなる。切り抜けられる。
一緒にダンジョンを潜っている、というか2人だけなせいか、ほんの少しだけ私とジャスティンの関係性が変化した。より親しい方向に。これは吊り橋効果というやつかもしれないし、ゲームによる補正なのかもしれない。けれども私とジャスティンはそれ以前に幼馴染で、その時の親しい関係に少し戻ったような気がする。
記憶の中、幼少のころの私とジャスティンはもっと親しかった。いつから従者と主人という関係になってしまっていたんだろう、そう疑問が浮かぶ程度には。
けれども今は何よりも優先すべきことがある。
「ここのボスはどんなユニコーンなのですよね」
「ええ。とても素早さが高いの」
「私よりでしょうか」
「そうね。恐らくこの階層以下では最も素早い。おさらいをしましょう。ユニコーンは角の生えた馬の姿をしている。ライオンのしっぽとヤギの顎髭を持ち、男に対してはとても獰猛な生き物。けれども女に対してはその攻撃性が弱まる。だからウォルターのパーティでは私が囮になってアレクとソルが仕留めた」
「マリオン様を囮にするなんて」
「それは戦略だから仕方がないの。それにユニコーンは私に危害を加えない。今回も同じ手を使います」
「やはりそれしかないのでしょうか」
「駄目です。これが一番安全で確実性が高い。だからあなたはユニコーンを倒して私を守って下さいね」
ジャスティンは目に決意を込めて大きくうなずいた。
ユニコーンはジャスティンより速い。そしてジャスティンより圧倒的に強い。一撃を受ければジャスティンは即死するだろう。けれどもそのために私がいる。私が囮になってユニコーンの足を止める。もとより私たちに退路はない。
より詳細な作戦をジャスティンに伝える。
ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名において、ジャスティン・バウフマンに疾風と風羽、風をもって切り裂く力を与えよ。
ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名において
そこまで唱えて重い扉を押し開く。
足を踏み入れた先のフィールドはまるで神聖な深い森。目を向けたその中心にはたくさんの光が降り注ぐ美しい透き通った泉。そしてそこに起立する体高4メートルはあろうかという巨大な一角馬。それに
ーかのユニコーンの目を塞ぎその耳にゆらぎを与えよ。
バフとデバフが発動する。
加えて懐から取り出した魅了のチャームを使用する。
これは私が上層階で手に入れた大量の素材を売りつくして購入した1度限りの強固な呪具。一定時間、相手に対して強力な魅了効果を発動する。
ユニコーンが私に気づき、ゆっくりと私に近づく。まるでただの人懐こい馬のように。そして周囲を警戒するブルルルという鼻息が響く。そして口の端からぼとぼととこぼれ落ちる唾液。おそらくジャスティンの匂いや気配を感じているのだ。バフの効果で目や耳は効かないはずだけれども鼻をふさぐのを忘れていた。焦りに思わず拳を握りしめた。けれど、もはや始めてしまった以上、倒す以外に私たちが生き残る道はない。
前の時は私に気を取られている間にソルが炎でユニコーンの感覚器官を焼き尽くし、アレクが力技で一閃した。2人はもういないんだ。
緊張。
この馬はただの馬ではなく獰猛凶悪なモンスター。恐る恐るその毛並みの良いたてがみを撫でる。その紺色の目は静かに狂気をたたえていた。刺激をしちゃ、だめ。刺激しないようになるべく息を細くする。ぴちゃり、ぴちゃりとその長い舌が私の表皮を舐める。そう、もう少し私に注意を向けて。ジャスティンの匂いなんて気にならないほどに。
どのくらい時間がったか、やがてユニコーンは私の胸に一抱えほどもある顔を擦り付けてきた。もう他のことは見えていない。
今!
私がそう思った瞬間、私の胸にこすりつけていた頭がドゥと落ちた。
その瞬間、魅了のチャームがパリンと割れた。
危なかった。もし一瞬遅れていたら。
「マリオン様! 大丈夫ですか⁉」
その声に私は思わず詰めていた息を吐く。
その途端、全身から汗がどっと出て、ひゅーひゅーと息が漏れ、カハっと変な音までこぼれた。
ジャスティンに力強く抱きとめられてびっくりして体が硬直する。そうだ、今倒れそうになっていた。酸欠で頭がくらくらする。ジャスティンの首元からバフの残り香なのか苦味のある爽やかなカミツレの香りが抜けていく。
「あ、あ、えぇ、大丈夫、です。その、離して下さい」
「あっ申し訳ありません」
急に離れた体温にまた少しふらりとして、抱きとめるべきかどうするべきか迷っているジャスティンの手をそっと取る。
少し、少しだけ気分が落ち着くまで。ほんの少し。未だにまともに息ができない。
……怖かった。とても怖かったの。ユニコーンが。
ユニコーンの一撃はジャスティンにとって即死の攻撃だけれど、それはバッファーである私にとっても同じ。防御上昇のバフを掛けても無駄なレベル。そもそも私自身にバフをかけると繊細なユニコーンは異常に気づく恐れがある。だから使えなかった。
生身で刀の上を歩くような恐怖と緊張。それから解き放たれて改めてこの階層を見渡す。
主の消えたフィールドはなんというか、とても清涼で美しかった。
しばらくジャスティンと泉のそばの木にもたれて休憩を取ることにした。
ジャスティンにとっても一撃必死という状況は酷いストレスを強いるものなのだろう。
この泉はとても清らかだ。ユニコーンが水を飲む時、全てを浄化する角が触れるからだといわれている。泉の底に小さな魚影がチロチロと動く。そして水面をさらりと柔らかな風が吹き抜けていく。
この世界はとても綺麗だった。
そして今は私とジャスティンの二人だけの世界。
少し不思議な。ひょっとしてこれも用意されたイベントの一貫なのかな。でもそれは多分違う。通常パーティは4人から6人。2人で階層ボスに挑むことなんてない。そうすると通常は周りに他に人がいないなんてことはなくて。
そうするとこのイベントはゲームシステムを離れた私とジャスティン独自のもの……?
ふと見上げたジャスティンは心配そうで優しそうな瞳で私を見ていた。昔から知っているけど、今新しく知った瞳。
けれども私はこのフラグも叩き折る。
駄目なんだ。私とジャスティンとの間に幸せはないの。
「ようやく落ち着きました。さぁ、ユニコーンの素材を取りましょう」
「はい」
私が立ち上がると、僅かに残念そうな瞳でそれ以上何も言わずにジャスティンも追随した。
「一番価値があるのはこの浄化の力のある角、それからこの美しい白い毛皮はとても高く売れます。それに呪いから守る効力がある。だから私とジャスティン用にお守りの軽装具を作りましょう」
そこまで言ってジャスティンが私を柔らかく見つめているのに気がついた。
「ジャス?」
「マリオン様から頂けるお守りは何でも私の宝物です。この服も、靴も、耳飾りも、全て」
「……」
私はジャスティンの目を見ることができず、黙々と素材剥ぎに取り掛かった。その目はあまりにも親しみに溢れていたように、感じたから。
そしてぐったりと素材取りに疲れて王宮に帰り、身を清めてジャスティンに約束した装備を作っているとジャスティンが部屋に駆け込んできた。ジャスティンが慌てるなんて珍しい。
「どうしたの?」
「昨日ウォルター様が30階層に到達したそうです!」
「どうしてっ! どうしてそんなに早く⁉」
それはやはり誤算。
誤算はやはりウォルターがもたらした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます