第5話 打算的な私と誠実な従者
「マリー、今日も調子が悪い?」
「ウィル、ごめんなさい。まだ目眩がするの」
「ちゃんとゆっくりしないとダメだよ。そうだ、今度美味しい果物を持ってくるから楽しみに待っていて」
「ありがとうございます」
『そのままくたばればいいのに』
ウォルター付きの護衛が私にだけ聞こえる角度でそう呟く。従者として控えるジャスティンが口を開こうとするのをそっと止める。護衛はジャスティンの今にも噛みつきそうな表情を見て『おお怖』と面白そうに呟いた。
ジャスティンは今ダンジョンで鍛えているとしても、護衛と従者では強さの違いは圧倒的。争ってもジャスティンが怪我をするだけだ。今はまだ。
それに婚約者であるはずの第一王子の護衛と争っても何の特にもなりはしない。
そもそもこの護衛の反応は間違ってはいないのだ。
私の家は男爵家。貴族は王族の下に、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と続いて平民に至る。つまり男爵家というのは貴族と平民のその間の地位なのだ。
だから私はもともと王子、それも第一王子と結婚できる立場にはない。だからこの扱いは当然のことなのだ。私が死ねばまともな身分の王太子妃を国内外から募ることができるんだから。
つまり私こそがこの王宮の異物で、排除されるべき存在。けれども私はこのマリーの部屋に閉じ込められている。誰も望まない、来るべき結婚式を迎えるために。
まあ、この後に及んでは結局王宮の外に出ても針の筵なのは変わらない。そう考えると閉じこもれる王宮の中のほうがだいぶんまし。ほうと息をつく。
結婚式での冷たい視線もよく考えたら当然のこと。平民に毛の生えたくらいの低位貴族のくせにと国中から蔑まれている。そんな私の味方は実家からついてきてくれた従者のジャスティンだけだった。
「マリオン様も倒れたくて倒れたわけじゃありません。緊張だってしますよね、王子との結婚式なんですから」
『王子』と発音する時だけ、ジャスティンはその声に微妙な感情を混ぜる。
ジャスティンは私の幼馴染。私より2歳年上。ジャスティンの両親は私の両親の従者をしている。男爵領の実家はそれほど大きくない。だから貴族と従者といっても一緒に食事を囲むことだってあるし小さい頃はまるで兄妹のように過ごしてきた。
それでこの王都に来てからは、私が何故かずっとウォルターを好きだった事も知ってたはずだ。
ごめん、ジャスティン。私、ウォルターはむしろ嫌い。
けれどもそういう思いを伝えるにはジャスティンとの関係はなんだか微妙すぎた。
「でもまあ、これももうしばらくの辛抱です。マリオン様が魔王を倒されれば祝福されるに違いません」
「そうね。早く魔王を倒さなければ」
「だから今は少しでもお眠りになって体調を回復させてください」
少し寂しそうに笑うジャスティンにとても申し訳なく思う。
ジャスティンは変わらない私の表情にわずかにうなずいて、失礼します、と告げて分厚いオークウッドの扉の向こうに戻っていった。
私とジャスティンの関係は主人と従者。ジャスティンは従者だから来客や手紙の取次がその役目。静かになった部屋には私一人。そう、私はこの王宮にいる間は大抵一人きり。寝ているか、さもないと窓から街を見下ろして過ごしている。
ちょうど遠くに広がる小麦畑はその収穫をあらかた終えて、きれいな黄金色から黄土色に減色していた。その色褪せた感じが私の今の環境によく似ていると感じる。
けれどもそのうち秋が過ぎて冬も去ると若草色に輝く祝福された春が訪れる、はず。
その時に備えて、そのために私は魔王を目指すんだ。
ふかふかのベッドに横たわる。
目を閉じればジャスティンの姿が浮かんだ。
短い深緑の襟足に少し濃い青の瞳。昼間は従者服を身にまとっている。『幻想迷宮グローリーフィア』では安心できるお兄さん的キャラ。すらっと背が高くてそれなりに格好いいけれどもあまり特色がない。
ジャスティンもようは緩衝材キャラだ。ウォルターよりもポイントは低いけど。
このグローリーフィアではキャラによって強さが異なる。
キャラクターごとに
パーティを組める人数は4人から6人。そしてパーティ加入者のCP合計を100ポイント内に収めなければならない。アレクやソルは最初から強キャラで伸びしろも大きい。だからアレクは40、ソルは42という莫大なCPが設定されていて、そのCPの余剰部分の18CP以下のキャラを4人目としてパーティに加入させる。そういうキャラは緩衝材と呼ばれている。
私もアレクとソルをパーティに入れてプレイするときにウォルターを入れたことがある。ウォルターのCPは16だから。
だから多分、恐らくこのゲームを誰かが開始したのなら、そんなパーティを組むこともありえるのかなと思う。少なくとも不自然ではない。なんだかメタな話だけど。
けれども緩衝材だからといって最終的に弱いわけじゃない。使い所の難しいスキル構成だったり育成に時間がかかるだけで最終的には一定の強さに達するし、バリエーションは少ないけどドラマも固有に設定されている。
そして今、私は夜半に王宮を抜け出してジャスティンを、ゲーム風に言えば育成している。ジャスティンのCPはたしか10前後だったはず。本来4人いて初めてアレクやソル1人に匹敵する。けれども私は数値というのはただの数値に過ぎなくて、育ち方次第だと実感していた。
ジャスティンは攻撃力と素早さの一点突破でその数値自体はアレクにも匹敵しうる。だからその他の部分をカバーできれば強くなれる。
だからジャスティンを有効利用できるのは強い戦士や魔法使いではなく、バッファーや補助魔道士なのだ。その意味でも私たちはとても相性がよかった。
私たちはダンジョン探索をして明け方前に帰ってきて、ジャスティンが先に就寝する。私はこっそり魔道具でお湯を沸かして体を拭いて、ジャスティンのものも含めて装備の点検を行い、夜が明けてジャスティンが仕事を始めるころ、朝9時ごろのウォルター王子の朝の挨拶を待って眠りにつく。だから日中の私は常にノックダウンしていた。
もう既にかなり眠い。
「無理なさらずもうお休みください」
「ええ。ありがとう。もう少し作業をしてから。でもジャスティンは本当に大丈夫なの?」
「勿論です。今まで就寝しておりましたし、日中も部屋前に待機するだけですから」
そうはいっても立ちっぱなしだ。体力は使うだろう。
私とジャスティンは親しい。だれよりも親しく付き合いが長い。攻略対象の難易度はトップクラスに簡単だろう。だからその関係はますます微妙。
ようはジャスティンは幼馴染枠の攻略対象だ。そして今はダンジョン攻略の唯一の仲間。ダンジョン攻略というのはこのゲームでは2つの意味がある。一つは普通にRPGとしての攻略要素、そしてもう一つは攻略対象とのフラグを立てる作業。
私は前世でジャスティンをターゲットにしてプレイをしたことはなかったけれど、岩場から足を踏み外そうとしたところを助けてもらったり一緒に持ち込んだサンドウィッチを食べたり、昨日のようにヒカリゴケがたくさんあるゾーンに迷い込んでいい雰囲気になったりと、ダンジョンの攻略深度にあわせてなんだか心がホッとするようなイベントが本当に新鮮で思わぬところで発生する。そしてその度に私は苦渋の決断をしてフラグをへし折ってきた。
ジャスティンは1人の男性として、とても優しくて素敵な人物だと思う。ジャスティンは私に優しい。攻略対象として、恐らく私に好意を持ってくれているのだと思う。だからせっかくのいい雰囲気をぶち壊すのはとても心苦しい。
それに王宮で私に親身になってくれるのはジャスティンだけだったから。
ウォルターは寄ってくるけどあの男は結局自分のことしか考えていない、そういうキャラなの。
でも今私とジャスティンがくっついてしまうのは醜聞以外の何物でもない。
王子との結婚式を半ばで中断した婚約者が、体調不良のはずなのに従者とダンジョンに潜って交際を開始するなんて。ウォルタールートを回避できてもその後どうしたらいいというの。
恥の上塗りだ。結局国外かどこかに身の拠り所も財産の当てもなく逃亡を続けるしかなくなってしまう。
私はそんな道のない恋に用はないの。不幸を回避するために別のエンディングを探しているんだから。魔王を攻略することこそが私のハッピーエンド。それ以外はバッドエンド。
心にそう強く念じた。
そして一つ誤算があった。
ウォルターは何故だか朝の挨拶以降、私の部屋を訪れない。ド天然だから強引に結婚式をあげようとするのかと戦々恐々としていたけど、意外にもそうはならなかった。一応女性を気遣う文化というものを身につけているらしい。
それはもちろん結婚式をなるべく先延ばしにしてその前に魔王を攻略したい私にも好都合だった。
そして更なる誤算。
ウォルターはアレクやソルとダンジョン攻略を再開した。私もついていくと言ったけれども体調が悪いならついてこなくていいと言われた。最初に体調の悪いふりをしたのは私だし、仕方がないし元気になったと言えば先に結婚式が待っているだろう。
我ながら虫がいいと思いつつ、ひょっとして私がパーティに再加入できていれば他のルートも開拓しやすいのかなと考える。そんな打算的な私はちょっと嫌だ。
けれどもそんなわけで王子は日中ダンジョンに潜り、日中寝て暮らす私との交流はほとんどなくなった。
そしてダンジョン攻略を再開した王子の評判はいささか回復し、私の評判は地に落ちた。
王子の目の届かない日中の時間帯は王宮中から役立たずだのなんだの遠慮なく罵られる。だから本格的に部屋に籠ることにした。流石に王太子妃の部屋まで来て罵詈雑言をがなり立てる輩はそうそういない。
かまわないんだ。私の生きる道はすでに魔王ルートしかない。それに魔王グローリーフィアエンドはこの国にとってもある意味ハッピーエンドなんだから。だから。だからこの国にどういわれようが気にしないことにした。
そう思って黙々と作業再開する私をジャスティンがなんともいえない表情で見つめていた。
大丈夫。今はジャスティンと低層の探索をしているけれど、一つ一つ歩めはいつかはウォルターたちに追いついて、そして夜のうちに追い越す。そして魔王に到達するの。
『幻想迷宮グローリーフィア』では、この迷宮の最深層に至るまでに散らばる魔王の痕跡をたどりながら、主人公は魔王の考えに気がつく。そして魔王の理解者となるためのいくつかのイベントをこなす。
そうして魔王を打倒した時がエンディング分岐。そこで魔王ルートに進めればエスターライヒ王国と魔王は協定を結び、継続的な富を地上に供与することを約束して主人公は魔王と二人迷宮の深層に去って伝説になる。
だからその攻略メンバーにジャスティンが入れば、ジャスティンは大きな栄誉とともにエスターライヒに戻ることができるはずだ。
それがジャスティンにとってもハッピーエンド。恐らく騎士か何かには叙勲され、何らかの爵位も与えられると思う。私とのトゥルーエンドなんて、醜聞以外の何の意味も成さないの。
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