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「君達は二人とも施設の出身だったね。しかも、犬飼君は間宮里穂と同じ施設の出身で、離れ離れになってからも手紙のやり取りをしていたほどの仲だった。間宮里穂を殺した人間に、犬飼君が復讐を考えるのは自然なことだろうね。それに……初瀬君、君も二人と同じ施設の出身だったんだろう?」

 アリスが水を向けるが、初瀬は暗い表情でうつむいたままだった。

「思うに、君と間宮里穂は姉妹だったんじゃないのかい? タイガ君から君の話を聞いて、君について調査を始めた時から気になっていたんだ。君の目元をどこかで見たことがあるなってね。君の切れ長で涼しげな瞳は、間宮里穂のそれにそっくりだ」

 タイガは不意に、昨日初瀬が弾いていた曲を思い出した。鍵盤を叩く度に響き渡る、深い絶望と怒りの音。あの音色を奏でていたのが二階堂殺害の翌日だと考えれば、アリスの推理にも納得が行った。確か、あの曲のことを初瀬はこう言っていた。

 ――ショパンが若い頃に作曲した曲で、若くして亡くなった妹さんを惜しんで作られた曲だとされているの。

 彼女は、きっと若くして亡くなった自身の妹――間宮里穂のことを思って、ピアノを弾いていたのだ。だからこそ、タイガのような音楽に興味のない人間の心を突き動かすような、凄まじい演奏になったのかもしれない。

 タイガの感慨をよそに、アリスは芝居がかった調子で自身の推理を語り続ける。

「間宮里穂が死んだ時、君達は互いに連絡を取り合ったんじゃないのかい? 間宮里穂がどうして死ななければならなかったのか、誰が強姦殺人なんて非道な真似をしたのか……それを知って、犯人に報いを受けさせてやろうと思い立った。そうして、君達は間宮里穂の殺害犯について調査を始めた。だけど結局犯人は特定できず、彼女の自宅に違法に入手したとされる睡眠薬があったことから、間宮がヤクザかギャングと関わりがあったんじゃないかと考え始めた。調査が行き詰まっていたのもあって、君達はわずかな可能性に賭けてレッドデビルズに接近することにした。犬飼君は元々梶から勧誘されていたのもあって、レッドデビルズに入って情報を集めながら幹部までのし上がった。初瀬君のほうは、レッドデビルズのメンバーの目に止めるような場所でピアノを弾き続けた。君と間宮里穂の目元は本当によく似ている。間宮里穂の顔が殺人犯の好みなら、犯人は君の顔も好んで近づいてくるはずだと考えたんだろう? 結果的に、君達の目論見は完全に当たっていた」

 アリスは一息ついてから、犬飼と初瀬の顔を見比べた。タイガも釣られて二人の顔を見るが、怒りに震える犬飼とは裏腹に、なぜか初瀬は晴れ晴れとした顔をしていた。

 タイガは一人だけ話についていけず、アリスに疑問をぶつける。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 間宮里穂殺しは強姦殺人なんだろ? 二階堂は女だぞ。女が女の強姦なんてできるわけないだろ」

「よく覚えているね。それじゃあ、どうして強姦殺人として報道されたのかは覚えているかい?」

「現場に使用済みのコンドームがあったからだろ?」

「そう。逆に言えば、使用済みのコンドームを手に入れることができれば、誰でも強姦殺人を偽装できるということでもあるんだよ。さて、間宮里穂が殺された夜、二階堂は何をしていたかな?」

「ヤクの売人……松谷とホテルにいたはずだ」

「そうだね。ただ、松谷はこうも言ってたはずだよ。『何本か缶ビール飲んだ後寝ちまった』と。覚えているかい? 間宮里穂が所持していた睡眠薬はフルニトラゼパムといって、即効性が高くデートレイプドラッグとしても使われていた薬だ。二階堂殺害時に、彼女の意識を奪ったのもおそらく同じ薬だろう。そう考えると、松谷が都合よく眠ったのも偶然とは思えないよね」

「まさか、二階堂が薬を盛ったっていうのか? 確か、その薬は飲み物に混ぜたら色が変わって気づかれるはずだぞ」

「普通ならそうだね。でも、酒を何本か飲んで判断能力が鈍っている状態なら? その上で缶ビールの中に混ぜておけば、液体の色に気づかずに飲んでもおかしくはないだろう? 松谷を睡眠薬で眠らせた後、二階堂は彼の使用済みコンドームを持って間宮里穂のもとへ向かった。二階堂の体力を考えれば、間宮里穂殺害は容易だっただろうね。松谷は薬で朝までぐっすり寝てたわけだから、殺害した後に自分の痕跡を消したり、強姦殺人の偽装工作をしてから戻っても朝には十分に間に合っただろうね」

「じゃあ、本当に二階堂が犯人だったのか?」

「間宮里穂は高校時代にいじめ被害を受けていたから、それなりに警戒心は強いはずだ。玄関を開けっ放しにするとは思えないし、誰かが訪ねてきても知人でなければうかつに中に入れたりはしなかったはずだ。彼女の家の中に入れるのなんて、おそらく犬飼君や初瀬君、彼女を囲っていた梶、あとは間宮里穂の生活の世話をしていた二階堂くらいのものだよ。事件の報道に玄関をこじ開けたような報道はなかったし、殺害犯は彼らの内の誰かだと見て間違いない。梶の立場で自ら間宮里穂を殺すメリットはないし、犬飼君と初瀬君が間宮里穂を殺したのなら、二人が二階堂と梶を殺そうと考えた理由の説明がつかない。残っているのは二階堂しかいない」

 アリスが得意げに推理を披露するが、犬飼と初瀬はいまだに黙りこくったままだった。二人が無言でアリスの推理を肯定しているように見えて、タイガは思わず抗弁する。

「そもそも、なんで二階堂が間宮里穂を殺す必要があったんだ? そんなことしても、二階堂にはメリットなんかひとつもないだろ。梶の愛人を殺すなんて、自分の身を危険に晒すだけだぞ」

「普通ならね。でも、二階堂には間宮里穂を殺すメリットが……いや、殺さなくてはならない事情があったのさ」

「どういうことだ?」

「気づかなかったのかい? 二階堂は高校時代、女子の親友をいじめで亡くしている。彼女が自殺した後、二階堂は怒り狂っていじめの実行犯達を徹底的に叩きのめした。そう言えば、二階堂の親友は特徴的な目元をしていなかったかな? ちょうど間宮里穂や初瀬君のように」

 アリスに促され、タイガは記憶をたどって二階堂の親友の姿を捉えた写真を思い出した。

 ――長い髪を頭の後ろで束ねた、切れ長の瞳が妙に儚げな感じのする少女。それがタイガの第一印象で、確かに彼女の切れ長の瞳は間宮里穂や初瀬のそれに酷似していた。

「まさか」

「気づいたみたいだね。二階堂がどうして間宮里穂を殺さなくてはならなかったのか……答えは簡単さ。二階堂が梶の愛人である間宮里穂に、手を出していたからだよ」

「手を出すって……二階堂と間宮は女同士だぞ」

「何か問題あるかい? 今どき、女性同士での恋愛なんて珍しくもないさ。おそらくだけど、二階堂は高校時代の親友とも恋仲にあったんじゃないかな。周りには隠していたんだろうけど、当時の空手部内で圧倒的な実力を誇っていた二階堂を疎ましく思っていた連中が、二階堂と親しい友人が気に入らなくていじめを行った。恋人を自殺に追い込まれた二階堂は当然怒り狂い、復讐のためにいじめの実行犯達を痛めつけて退学になった。そうしてレッドデビルズに入り、再び自分の性的嗜好を隠して生活しているところに……かつての恋人の面影のある間宮里穂が、突然姿を現した。彼女はよりにもよって梶の愛人だったんだけど、梶に命じられて間宮の世話をしている内に、二階堂の思いはどんどん募っていった……とまあ、大体そんなところじゃないかな」

 アリスは一気にしゃべってから、一呼吸置いてタイガの反論を待つ。

「可能性があるのは認めるが、二階堂が本当に間宮里穂に惚れていたって証拠はあるのか?」

「証拠なんてないさ。ただ、そう考えたほうが色々なことに納得がいく。二階堂は間宮里穂が亡くなるまで、両刃斧型の特徴的なピアスをよくしていたようだったね? 両刃斧……別名ラブリュスは一九七〇年代以降は、レズビアンの象徴としても使われる記号さ。彼女は性的嗜好を隠してはいたけれど、パートナーが欲しくないわけじゃなかった。ピアスの形くらいでレズビアンだと疑う人間はいないだろうけど、同じレズビアンの女性には気づいてもらえるだろうと期待していたんだろうね。間宮里穂殺害以降にそのピアスをつけなくなったのは、レズビアンだと発覚すると自分が犯人だと梶に気づかれてしまうと思ったからだろうね。尾白由紀は二階堂がラウンジ嬢や風俗嬢から人気があると証言していたね。もちろん彼女たちが一方的にのぼせ上がっているだけかもしれないが、二階堂が完全に異性愛者ならそこまで盛り上がる前に、のぼせ上がった誰かを突き放して、人気は下火になっていただろうね。一つ一つは小さな疑惑でも、これだけ集まれば十分確信するに足るとは思わないかい?」

「でも、松谷はあいつと寝たって言ってたぞ」

「二階堂はかなりの美人だし、相手なんていくらでも選べるのに、どうして松谷みたいな冴えない中年を相手に選んだんだと思う? 彼はヤクザ側の人間だから梶の権力は通用しない。その上、松谷はマネーロンダリングに使われている店の店主だから、警察に捕まったりタレ込んだりする心配もない。大体、当時の二階堂の心境を考えてみたまえ。私の推理通りなら、二階堂は間宮里穂を……かつて愛した女性に似た恋人を、自らの手で殺さなくてはならない状況に追い詰められていたんだ。自分に疑いを向けさせない工作のためなら、反吐が出るような行為にだって手を染めただろうよ」

 タイガが反論できないのを確認してから、アリスは犬飼達に視線を戻した。

「犬飼君と初瀬君も独自の調査を進めたことで、私と同じ結論に至ったんだろうね。タイミングを考えれば、仙堂君のスマホに盗聴アプリを仕込んでいたんじゃないかな」

「何っ?」

 慌ててスマートフォンを取り出してみるが、タイガには盗聴アプリの有無など判別がつかない。アリスは横からスマートフォンを奪うと、何やら操作してから画面を突きつけてくる。そこには身に覚えのないアプリが表示されていた。

「やっぱり、盗聴アプリが仕込まれていたみたいだね。たぶん雑賀派に潜入する前、連絡先を仙堂君のスマホに入力した際に、一緒に仕込んでおいたんだろうね。これで仙堂君が集めた情報を事前に知っていたおかげで、二階堂が間宮里穂殺害の犯人だとピンと来たんじゃないかな。同時に、この情報が梶に伝われば梶も同じ確信を抱き、二階堂を殺すと思ったんだろうね。二階堂もたぶん同じことを考えていたから、間宮里穂殺害の罪を雑賀派になすりつけようとした。たぶんだけど、仙堂君がヤクザの襲撃にあったのも偶然じゃなくて、二階堂からヤクザに何かタレ込みがあったのかもしれないね。松谷が何をしゃべったとしても、仙堂君が死んでしまえば梶の耳に入ることはないからね」

 確かに、あのタイミングでヤクザから襲撃を受けるなんて運が悪いと思っていたが、二階堂の指示があったのなら納得だった。

「でも、犬飼君と初瀬君は君が襲撃されるなんて想定していなかったから、すぐにでも二階堂を殺さないと梶に先を越されると思ったんだろうね。その日の内に突貫で二階堂を殺す手はずを整えた。初瀬君が二階堂に近づいて睡眠薬入りのアルコールを飲ませ、眠った後に犬飼君が二階堂を絞殺した……と、そんなところじゃないかな? 二階堂の遺体からは微かなアルコール臭がしていた。だが二階堂のようなお堅い女が、何の理由もなく仕事中に酒を飲むとは思えない。確か、初瀬君はあのラウンジでバーテンのバイトもしていたらしいじゃないか。たぶん、青系のカクテルにフルニトラゼパムを混ぜて飲ませたんじゃないかな。死んだ恋人や間宮里穂に似た初瀬君に、練習したカクテルを味見してくれと頼まれたんだとしたら、二階堂も断れなかったんじゃないかな。遺体をトイレに移動させたのは発覚を遅らせるためだったんだろうけど、失敗だったね」

「どうしてだ?」

「犯人の筋力を推定する材料になってしまったからさ。そのせいで実質的に容疑者は猪原か犬飼君の二択になってしまった。それに、発覚までの時間もあまり稼げなかったしね。梶も犯行に初瀬君が絡んでいると気づいていたんじゃないかな。梶にとっても、初瀬君は亡くなった間宮里穂の面影を感じる女性だったから、チャンスがあれば当然モノにしようとしていたはずだ。梶は二階堂殺害のすぐあとに初瀬君に連絡を取って、二階堂を殺したのが誰かを吐かせるついでに、ラブホテルに連れ込んで手篭めにしようとしたんだろうね。だが、彼は初瀬君と犬飼君を甘く見ていた。一年近くレッドデビルズに関わったことで、君達は彼らの危険性を知ってしまった。二階堂が間宮里帆を殺さざるを得なかったのも、梶やレッドデビルズを敵に回すことを恐れたからでもある。間宮里帆殺害の復讐という君達の目的は、もはや実行犯である二階堂を殺すだけでは済まなくなっていた。すべての元凶である梶の殺害、ひいてはレッドデビルズの崩壊……それが君達の目的に変わっていたんじゃないかな?」

 犬飼と初瀬は何も言わないが、この状況では否定しないことが何よりの肯定だった。

「これは状況証拠に過ぎないが、犬飼君は猿渡からかなり信頼を得ていたようだね。梶派から来た仙堂君がすんなり雑賀派に受け入れられたのも、犬飼君が連れてきた人物だからというのも大きかったんだと思うよ。何より、梶の殺害前日、猿渡はあえて仙堂君に奇襲の日程を知らせた。あれは仙堂君を経由して、犬飼君にメッセージを送ってたんじゃないかな。『梶派の中に混乱を起こせ』ってね。ただ、犬飼君にとってはもっと決定的なメッセージだった。『奇襲までに梶を殺さなければ、雑賀派に先を越される』っていうね」

「……あいつ、俺を利用してやがったのか」

 確かに言われてみれば納得できる部分が多かった。雑賀の信頼を得ていないタイガが梶派への奇襲の日程を知れたり、奇襲に参加できたのも、犬飼が猿渡の信頼を得ていたからなのだろう。

 だが、その猿渡も犬飼に利用されていたに過ぎなかった。

「話を梶殺害に戻そう。初瀬君は梶に呼び出されて、すぐに犬飼君と連絡を取って梶を殺す算段を相談した。方法は知っての通り、二階堂と同じく睡眠薬で眠らせてからの絞殺だね」

「でも、どうやって梶に睡眠薬を飲ませたんだ? フルニトラゼパムの特性なら梶も知ってたはずだし、二階堂の件もあって警戒していたはずだ。そう簡単に青い液体を飲ませるなんてことはできなかったはずだぞ」

「そう。青い液体なら警戒して飲まなかっただろうね」

「……どういうことだ?」

「初瀬君はバーテンの仕事もしていたんだよ? カクテルには見た目を彩るために、着色料を使っているものもある。フルニトラゼパムの青色着色料を考慮して、元の液体の色に戻すように着色料を調整すれば偽装できるさ。前提知識がある分、普通の色の飲み物については梶も油断していただろうね。だが、すべてが初瀬君達の思惑通りにいったわけじゃなかった。梶は急な眠気に襲われて、すぐに自分の命の危機を悟った。なんとかしてその場から逃げ出そうとしたが、初瀬君としては犬飼が来るまで持ちこたえなければ、今度は自分達が狩られる側になる。初瀬君は逃げようとする梶ともみ合った結果……」

 アリスはそこまで説明してから、初瀬に視線を向けた。初瀬は妙にすっきりした顔をして、黙ってアリスを見返している。それが何故かタイガの不安を煽った。

「ちょっと待ってくれ。それじゃ……」

「そこから先は、初瀬君本人の口から聞きたいかな」

 タイガの言葉を遮って、アリスは初瀬に水を向ける。いつの間にか初瀬の傍に立っていた犬飼が、初瀬を守るように前に進み出た。

「何も言う必要はない。こいつの言ってることはすべて、証拠のない妄想だ」

「いいの、和也」

「いや、ダメだ。お前は関係ないんだ。何もしゃべるんじゃない」

「もうやめて、和也。あなたまで私の人生を決めつけないで。お願いだから、私にも罪を償うチャンスをちょうだい」

 初瀬は犬飼を優しく押しのけると、アリスの前に立って晴れ晴れとした笑顔を浮かべた。

「アリスさん、あなたの言う通りです。梶は敵とみなした存在は徹底的に排除する男です。もし私と和也のことがバレたら、地の果てまで追ってきて私達を殺したでしょう。だから、私の手で彼を絞め殺したんです」

「君が梶を殺したあと、犬飼君がようやく到着した。現場の状況を見て、犬飼君は『自分が二人分の殺人の罪をかぶる』と言ってきたんだろうね」

「はい。あの時は人を殺したショックで流されてしまいましたが、やっぱりそんなのはダメです。自分の罪はちゃんと自分で償わないと、里穂に顔向けできませんから」

「梶派と雑賀派を衝突させるように猿渡を誘導したのは、レッドデビルズの主要人物を一挙に集めて、警察に逮捕させるつもりだったからなんだろう?」

「はい。レッドデビルズなんてものがなければ、妹は若くして死ぬことはなかった。元々危険な組織だったのは確かでしたし、これを機にお互いに潰し合ってもらうほうが世のためだって。和也もその場に居合わせて、一緒に警察に逮捕されて、警察に二階堂と梶の殺害を自白するつもりだったみたいです。でも……仙堂君が、和也を連れ出してくれた」

 初瀬に視線を向けられ、タイガは何も言えずに逃げるように視線を地面に落とした。

「ありがとう、仙堂君。君のおかげで、和也の命が助かるかもしれない。アリスさんに教えてもらったの。一件の殺人なら死刑になることはまずないけど、二人以上の殺人だと死刑の可能性が高くなるって。君が和也を助けてくれてなかったら、きっと私は一生後悔してた」

「……違う。俺はお前らを警察に引き渡すために、潜入なんかしてたんじゃない。畜生っ、どうしてこんなことになっちまったんだ……っ!」

「騙していてごめんね。でも、やっぱり罪は償わなきゃダメだと思うの。里穂に私や和也がいたみたいに、梶や二階堂にだって大事な人はいたのかもしれない。そう考えたら、黙って罪を免れるなんて許されないよ。それに……正直に言うとね、これはもう一つの復讐でもあるんだ。私と和也から選択肢を奪い、一方的な人生を押し付けてきた里親達への復讐。私達が捕まれば、あの人達の人生も無傷じゃ済まないはずだから」

 タイガは反論しようと思って口を開きかけたが、どんなに言葉を尽くしても初瀬の決意を揺るがすことはできないと悟り、口をつぐんだ。

 こちらの思いなど知らぬ風に、アリスは初瀬に疑問をぶつける。

「これは単純な興味なんだけど、やっぱり君と間宮里穂と犬飼君は施設の頃からの知人だったのかい?」

「はい。一緒にいた時間は短かったですが、私達は施設の中でも数少ない本心を打ち明けられる仲間だったんです。里穂と和也も兄妹みたいに仲がよくて、よく一緒に遊んでいました。でもすぐに私が里親に引き取られ、和也も引き取られ、里穂だけが施設に取り残されてしまいました。里穂が大変なのはわかっていたのに、私達は二人とも自分のことで手一杯になってしまって、里穂のことを後回しにしてしまった。里穂殺しの犯人を探していたのも、本当は敵討ちなんて高尚な考えがあったわけじゃなくて、『私達のせいで里穂が死んだわけじゃない』っていう言い訳を探したかったのかもしれません」

「自分を卑下する必要はないさ。君達は自分の人生をなげうってまで、妹の仇を討った。残念ながら罪には問われてしまうけれど、君達が間宮里穂に向けていた愛情が本物であることは疑いようがないよ」

「……ありがとうございます」

 初瀬が深々と頭を下げ、犬飼の背中を軽く押した。犬飼は促される形で一歩前に出ると、タイガとアリスを交互に見てから口を開く。

「お前らが余計なことをしなければ、罪に問われるのは俺一人で済んでいた」

「それは悪いことをしたね」

「……でもそうなってたら、俺までこいつに一方的に生き方を押し付けることになってた。そうならずに済んだことには、感謝しておく」

 そう言って、犬飼は深く頭を下げた。操り人形のような人生を送ってきた犬飼や初瀬にとって、人生を勝手に決められることはそれほどまでに重いことなのだろう。

 犬飼と初瀬がこちらに背を向け、街灯の光の下から離れていく。闇の奥に沈んでいく二人の背中を、タイガはただ黙って見送ることしかできなかった。

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