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夕方まで人だかりに揉まれていると、猿渡が部下を連れて戻ってきた。部下と見張りを代わってから、タイガと猿渡は物陰に移動して早速情報交換をする。
「それで、どんな具合や?」
「今のところ、集まった情報はこんな感じだ」
そう前置きしてから、タイガは人だかりや警察の無線のやり取りで耳にした単語をつなぎ合わせて説明する。
殺害されたのは、長身で赤い髪をしたスーツ姿の男。殺害方法はナイロン紐による絞殺で、首元には抵抗した痕があったことから殺人事件であることは間違いない。警察はカラーギャングとの関連を疑っており、レッドデビルズの内部抗争やヤクザとの抗争の可能性も考慮して捜査を進める方針のようだ。
「ま、そうやろな。こっちで集めた情報でもそんな感じや」
「そっちでも情報を集めてたのか?」
「当たり前やろ。ホンマに梶が死んだんなら、今こそ仕掛ける絶好のチャンスやからな」
「チャンスって……警察が俺達をマークしてるんだぞ? この状態で騒ぎを起こしたら、組織ごとぶっ潰されるぞ」
「んなことはわかっとる。だから奇襲をかけて、一気に梶派の指揮系統を乗っ取るんや」
「梶派の指揮系統って……」
「梶が死んだんなら、梶の幹部が組織を引き継ぐはずやろ? 猪原、二階堂、犬飼……この三人を押さえて、まるごと雑賀派に呑み込むんや」
どうやら、雑賀派にはまだ二階堂が死んだことは伝わっていないようだ。現状最も警戒すべきなのは猪原ただ一人なのだが、彼は梶が死んだことでどう動くのかまったく予想がつかない。
(もしかして、犬飼はそれを狙ってたのか?)
梶と二階堂が死ねば、事実上梶派の権力は犬飼のもとに集約することになる。猪原は金さえもらえれば何でもいいという性格なので、とても組織を率いるモチベーションがあるとは思えない。梶の人脈や組織をそのまま引き継げるなら、犬飼は莫大な富と権力を得ることができるだろう。
だが、タイガには犬飼が金や権力に目を眩ませているとはとても思えなかった。いつも無表情の仮面をかぶったあの男が、欲得だけを理由にあんなチンピラ達に身を売り渡したなんて到底信じられない。あの冷徹な瞳に宿っているのは欲望の炎などではなく、自分自身をも傷つける冷たい覚悟のように思えた。
タイガが思案に耽っている内に、猿渡は続ける。
「恭介とも話をつけた。奇襲は今日、これからや。今ならまだ、警察も動きが鈍いはず。その隙に梶派を根こそぎぶっ潰して、レッドデビルズを取り返すんや」
「ちょっと待ってくれ。奇襲は明日の夕方のはずだろ」
「明日なんて待ってたら、それこそ警察がガサ入れしてくるやろが。チャンスは今しかない。今日を逃したら、梶派も誰かをトップに据えて立て直してくるはずや」
「あいつらがそんなに早く動けるか? 梶の後任なんて、すぐに決められるとは思えないぞ」
「普通ならな。だが、あっちには猪原がいる。梶がいなくなった今、猪原に意見を言えるやつはいても逆らえるやつはおらん。あいつが次のリーダーを決めたら、それが誰であれ問答無用でそいつがリーダーってことや。あいつは頭の回るほうやないが、危険を察知する能力はずば抜けて高い。今回のこともすぐに対策を立ててくるはずや」
猿渡の中では、とっくに結論は出ているようだった。何を言ってもまるで揺らぎそうもないので、タイガは大人しく彼の進める方針に乗っかることにした。
「なら、俺も行かせてくれ」
「ホンマについてくる気か? 相手は拳銃を持ってるかもしれんし、死んでもおかしくないんやぞ」
「危険は承知の上だ」
「……お前、なんでそこまで首を突っ込みたがるんや? レッドデビルズに入ってまだ二週間くらいしか経ってないやろ。それでどうして、命を投げ出す覚悟まで決められる?」
猿渡に胡乱げな視線を向けられ、タイガは一瞬だけためらってから正直に応じる。
「借りを返さなきゃならないやつがいる。その借りを返すためなら、命くらい惜しくない」
猿渡はタイガの目をじっと見た後、納得したようにうなずいた。
「その歳でえらい借りを作ってもうたんやな。まぁええ。嘘じゃなさそうやし、お前も連れてったるわ」
猿渡は顎でついてくるよう促してから、タイガに背を向けて歩き出した。
黙って猿渡の後をついていくと、雑賀派が拠点として使っている廃ビルにたどり着いた。最上階に上がると、フロアには五十人近いメンバーが揃っていた。いつもより人数は少ないが、誰も彼もが腹の据わった顔をしている。おそらく、雑賀派と心中する覚悟のあるものだけが招集されているのだろう。
「お前はそこらへんで待っとれ」
猿渡に言われ、タイガはフロアに集まったメンバーの群れの間に入っていった。周囲が露骨にざわつき、新入りのタイガがなぜ呼ばれたのか不審がる視線が突き刺さってくる。タイガは彼らの視線を真っ向から見返し、自分の覚悟を示してみせた。
猿渡がフロア最奥の雑賀に近づいて耳打ちすると、雑賀は椅子から立ち上がった。
「お前ら、よく集まってくれた」
雑賀の一声で、フロアに集まったメンバー達が一斉に口をつぐむ。静まり返ったフロアの中に、雑賀の声が続けて響き渡る。
「知らないものもいるかもしれないから、改めて伝えておく。今日、梶連次が何者かに殺害されたと報告があった」
フロア中が再びざわめき始めるが、雑賀の咳払い一つで静寂を取り戻した。
「彼の死は予想外だったが、これは俺達にとっては好機だ。この機を逃さず、今から梶派の本拠地であるラウンジに奇襲をかける。連中はおそらく、今あの場所で梶の後任を決めているところだろう。そこに押しかけて、梶派の幹部を全員ぶっ潰す。梶派の汚いしがらみを切り捨てて、俺達は本来のレッドデビルズを取り戻す」
雑賀の言葉で、フロア中で静かな熱気が高まっていく。
「梶派の連中は拳銃を持っているかもしれない。俺達の中の何人かは、大怪我を負うか下手すれば死ぬ可能性だってある。それでも、俺はこれ以上梶派の悪行を黙って見過ごしていられない。やつらが再び女を食い物にしたり、違法薬物を売りさばいて弱者を踏みにじる前に、やつらを再起不能にする。それこそがレッドデビルズの本来の理念に合う行いだと、俺は信じている」
死の危険を告げられても、怖気づくものは誰一人としていない。仲間を見渡した雑賀は小さくうなずいてから、不敵な笑みを浮かべた。
「お前らの命、貸してくれるか?」
雑賀の問いかけに、フロア中から一斉に雄叫びが上がる。フロアに集まった面々が、思い思いに雑賀への信頼や梶派への怒りを声にしながら腕を振り上げるのを、タイガは冷静に眺めていた。
(こいつら、梶派と同じくらい危険だ)
梶派が金や利得を求めて集まったチンピラの集団だとするなら、雑賀派は雑賀を中心とした新興宗教のようなものだ。今はまだ五十人という規模で収まっているが、梶派の持っている資金力を手にしたら、その勢力は更に勢いを増していくだろう。十分な資金と人手が手に入った後、彼らは己の理念のためにより一層活動の幅を広げていくだろう。それは必然的に、違法薬物や風俗業を生業とするヤクザと対立する動きになる。
雑賀派は梶のように、ヤクザとうまく折り合いをつけて付き合うつもりはない。下手をすれば、この大宮でヤクザとレッドデビルズの大抗争が起きてもおかしくないだろう。そんなことになれば、一般市民にも犠牲者が出かねない。
それは、誰にとっても望まない未来のはずだった。
(こちらも止めなくちゃダメだ)
タイガは眼前の熱狂を眺めながら、冷え切った頭で決意した。
フロア中に熱狂が行き渡ったのを見届けてから、雑賀は拳を振り上げる。
「お前らの命、確かに預かった。お前らの身に何かあったら、後の面倒は必ず俺が見ると約束する。お前らと一緒にケンカできること、俺は誇りに思う」
雑賀の言葉に更に熱狂が高まっていくのを感じながら、タイガは彼らを止める術を必死で考え始めていた。
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