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夜になると、タイガはいつも通り雑賀派の拠点である廃ビルに向かった。
あんなことがあった翌日だし、さすがにレッドデビルズの活動も休止するのではないかと思っていたが、そんなことをすれば余計に警察に怪しまれると判断したのだろう。
二階堂殺害の情報は雑賀派の人間にも隠蔽されているようで、廃ビルにたむろしている連中は普通に他愛のない雑談に興じている。梶派の幹部が殺害されたとなれば雑賀派にとっても大事件なので、知っていればもっと話題になっているはずだった。そうでないということは、梶の情報統制がきちんと効いているということだろう。
猿渡は雑賀となにやら話し込んでいるようなので、タイガはもう一人の幹部である魚住に話しかけてみることにした。廃ビルの最上階フロアの端っこで壁に背を向けて立っているのを見つけ、彼に歩み寄る。
「あんたは猿渡達の話に混ざらなくていいのか?」
「……お前か」
魚住は特に表情も変えないまま、タイガを横目で睨んできた。本人に睨んでいるつもりはないのかもしれないが、スキンヘッドの上に迫力のある顔つきをしているため、どうしても不機嫌そうに見える。
だがタイガはまったく怯むことなく、魚住に話しかける。
「あんた、レッドデビルズの創設メンバーなんだよな?」
「それがどうかしたか?」
「やっぱり、あんたも梶派のことはよく思ってないのか?」
「当然だろう。雑賀さんの顔に泥を塗るなんて、許せるわけがない」
「そう言えば、前に犬飼と話してた時も険悪だったな」
「当たり前だ。梶派に集まってくる連中は、どいつもこいつも金目当てのクソ野郎だ。金のためなら覚醒剤や大麻だって売りさばくし、女だって売り物扱いする。そんな奴らを信用できるわけがない」
「猪原とか、二階堂とかも?」
「あいつらなんて尚更信用できん。猪原は金のためならなんでもする典型的なクズだし、二階堂は同類のはずの女を食い物にする女だ。俺からすれば、どっちも理解できない人種だな。雑賀さんだって同じ考えのはずだ」
「雑賀を心酔してるんだな。やっぱり、雑賀がリーダーだからか?」
「理由はそれだけじゃない」
「それってどういう意味だ?」
タイガがしつこくと質問すると、魚住はうんざりしたように嘆息してから口を開いた。
「俺は高校の時、不良グループのボスをやってたんだが、その頃は荒れててな。カツアゲもしたしケンカもしまくって、周り中に迷惑をかけていた。だがそんな時に雑賀さんに出会って、思い切り叩きのめされてな。それがきっかけで、俺は自分の弱さや器の小ささを知って、人としての道を正すことができたんだ」
「更生してくれた恩人ってことか」
「そんなところだ」
魚住がうなずくが、タイガは内心で苦笑していた。
(今でもカラーギャングの幹部やってるんだから、更生なんてしてないだろ)
嫌味の一つでも言ってやりたくなったものの、タイガはぐっとこらえて話を続けた。
「そう言えば、昨日の夕方に繁華街のほうにいなかったか? なんかちらっと見かけた気がするんだが……」
「その時間なら雑賀さんと猿渡とで、このへんで飲んでたな。それがどうしかしたのか?」
「いや、挨拶でもしとくべきだったのかと思っただけだ」
魚住の疑問をいなしつつ、タイガは内心で考えを巡らせる。
カマをかけてみたが、やはり雑賀派の幹部も二階堂殺害時にラウンジ付近にいたらしい。雑賀派の連中にも、二階堂を殺すチャンスが十分あったというわけだ。仮に彼らが二階堂を殺していたとしたら、三人の絆はかなり固いようだから、口を割らせるのは至難の業だろうが。
考え込んでいると後ろから肩を叩かれ、タイガは驚いて背後を振り返った。いつの間にか雑賀と猿渡が背後に立っており、タイガはなんとなく身構えた。
「俺に何か用か?」
「そっちこそ珍しい取り合わせやんか。何話しとったんや?」
「雑談してただけだよ。二人で話す機会なんて、なかなかないからな」
「ホンマか? うちの情報聞き出して、梶に流してるんとちゃうやろな?」
猿渡の難癖に内心どきりとするが、当人は冗談のつもりらしくにやにやと笑っていた。
「……人の指を折りかけた癖に、まだ疑ってやがるのかよ」
「なんや、軽い冗談やないか。それより、お前も昨日大宮におったんか?」
「いたけど、なんかまずかったか?」
「繁華街のほうに梶が本拠地にしてるラウンジがあるんやが、昨日の夜、うちのメンバーがあのへんでワンボックスカーを見かけたみたいでな。ラウンジから何かを運び出したか、運び込んだかしてるんちゃうかって言うてんねん。お前は何か見んかったか?」
問われ、タイガは反射的に二階堂の遺体を連想した。
二階堂の遺体を発見し、タイガ達を帰したあと、梶は間違いなく二階堂の遺体を処分する手配を進めていたはずだ。ワンボックスカーはそのために呼ばれたと見て間違いないだろう。
タイガはどう答えると少しだけ迷った挙げ句、しらを切ることにした。
「いや、俺は見てないな。何か気になることでもあるのか?」
「あいつら、ヤクザとパイプがあるやろ? もしかしたら、ワンボックスカーいっぱいの武器でも仕入れたんちゃうかと思って、情報集めてんねん」
「武器って……まさか、拳銃のことか?」
「せや。あいつら、そろそろマジで俺らを潰しに来るつもりなんやないかと思っててな。お前のことを梶のスパイだと疑ってたんも、それが理由のひとつや」
「なんでまたそんな急に……」
「急でもないで。うちらと梶派はずっと一触即発状態だったんや。何がきっかけで爆発してもおかしくない。梶みたいにプライドの高いやつが、自分に歯向かってくるやつをいつまでも放置してるわけないしな」
どうやら、猿渡は本気で梶派が自分達の拠点を攻めてくると考えているらしい。タイガが雑賀派に送り込まれた事情を踏まえるとありえない話ではないのだが、話の流れがなんだか不穏な気配がする。
「もし本当に、梶派が武器を調達してたんだとしたら……相手は拳銃で武装してるってことだろ? そんなの、勝ち目なんかないじゃないか」
「相手に先手を取らせてしまったらな」
タイガの疑問に答えたのは、雑賀だった。精悍な顔立ちから研ぎ澄まされた覚悟を匂わせながら、彼は続ける。
「だが、こちらから奇襲をかけて意表をつけば話は別だ。梶派全体に拳銃を行き渡って、射撃訓練を積むような時間は与えない。一回の奇襲でやつらの本拠地を攻め落とし、梶や幹部連中を潰す。そうすれば俺達に逆らえるやつなんていなくなるだろう」
思わず猿渡や魚住の反応を確認するが、彼らも覚悟を固めているようだった。
(このままじゃ、梶派と雑賀派の全面戦争になる)
梶派の幹部連中はおそらく、いまだに二階堂の件で動揺し、互いに疑心暗鬼になっている。そんな中で雑賀派の奇襲を受けてしまったら、ひとたまりもないだろう。
梶や猪原がどうなろうとタイガにとってはどうでもいいが、犬飼だけは巻き込むわけにはいかない。こんなくだらない内部抗争に巻き込まれて、犬飼まで大怪我を負ってしまったら、犬飼に借りを返すことができなくなってしまう。
「奇襲の予定は決まってるのか?」
「なんや。お前も参加したいんか?」
「まぁ、できれば」
「やる気あんのはええけど、お前はダメやな。これはうちらと梶派のケンカや。新人のガキまで巻き込むわけにはいかん」
「でも……」
「仙堂」
タイガが食い下がろうとすると、雑賀が冷たい声で割り込んできた。
「梶派の連中は銃で武装してる可能性があるんだ。冗談抜きで、これは生きるか死ぬかのケンカになる。そんなケンカに新入りを巻き込むわけにはいかない。それに……正直なところ、入ってすぐのやつに背中は預けられない」
「信用できないってことか」
「お前だけに言ってるわけじゃない。ここにいるやつの中にも、レッドデビルズを名乗りたいだけのチンピラがいる。悪いけど、そういうやつは戦力として数えられない。このケンカに連れていけるのは、昔からブレずに俺についてきてくれてる、理念をともにした仲間達だけだ」
雑賀の決意は固いようだった。タイガが何を言ったところで、その決意を揺るがすことはできないだろう。
タイガの目に納得の色を見たのか、雑賀と猿渡は背を向けてその場を離れていった。猿渡はその背中を追いかけるようとするが、何か思い出したように戻ってくると、タイガの耳元で囁いた。
「お前、どうしても襲撃に参加したいんか?」
「あ、あぁ」
「なら、お前には教えといたる。襲撃は明後日の夕方、梶の本拠地のラウンジの開店前を狙う。その時間帯なら、幹部連中が揃ってる可能性も高いしな」
「……そんなこと、俺に教えていいのか?」
「まずかったら言うかいな。覚悟決まったら俺に連絡せえよ。恭介には俺から言うといたるから」
一方的に言うと、猿渡は雑賀の後を追って走っていった。その背中を見送りながら、タイガは思案する。
(どうして、猿渡は俺に奇襲の情報を漏らしたんだ?)
雑賀が「信用できない」と断言している相手に情報をもらすなんて、普通に考えてありえない。猿渡の雑賀への忠誠心を考えれば、尚更タイガに情報を漏らすなど考えられない。何らかの思惑があるのは間違いないが、それが何なのか、今のタイガには理解できなかった。
(いずれにしても、この情報を利用しない手はない)
事情をすべて説明するわけにもいかないが、犬飼には「レッドデビルズを辞めるかどうか」の回答期限が短くなったことを伝えておくべきだろう。
タイガは廃ビルの端まで移動すると、早速犬飼にメッセージを送る。
『例の話だが、明日中に答えを聞かせてくれ』
『急だな。何故だ?』
『詳しくは言えないが、事情が変わった』
しばし間を置いてから、犬飼から『わかった』と短い答えが返ってくる。
それに安堵してから、タイガは巡回の招集がかかるまで壁際で時間を潰すことにした。
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