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 猿渡はタイガの他にチンピラを五人ほど連れると、夜の繁華街に繰り出した。

 猿渡とタイガを中心にして、五人のチンピラが周りを取り囲むようにして繁華街を練り歩く。横幅を取るので迷惑この上ないはずだが、誰も猿渡達に文句を言うものはいない。すれ違う警察でさえ、注視はするがこちらの行動に積極的に干渉してきたりはしなかった。

 チンピラ達は何かを探すように周囲を見回しながら歩いており、タイガもつられて周りを見回すが、特に怪しい何かがあるというわけでもない。いい加減気になってきて、タイガは隣の猿渡に疑問をぶつけた。

「あの、今俺達は何をしてるんだ?」

「あ? シマのパトロールに決まっとるやろ」

「パトロールって……そんなもん、警察に任せたらいいんじゃ」

「お前、ホンマにアホやな」

 猿渡は呆れたような表情を浮かべながら、人差し指を立ててタイガに講義してくる。

「そら、このへんは警察も巡回に来る。でも警察だけに面倒事を解決させてたら、シマの連中からみかじめ料が取れんやろが。それに、他のギャングやヤクザどもが侵攻してきた時、警察は何もしてくれん。自分らのシマは自分らで守らんとあかんのや」

「はあ……」

 理屈としては理解できたが、タイガとしては色々納得しにくい部分が多かった。そもそも、みかじめ料の徴収など完全な恐喝行為だ。正当なことのように言われて納得できるわけもない。ギャング同士の抗争なども勝手にやれという印象なので、どうでもいいという感想しか湧かなかった。

 タイガが冷めた感想を抱いていると、猿渡は眼光を鋭くして続ける。

「それに、敵は他にもおるからな」

「梶のことか?」

「決まっとるやろ」

 猿渡は忌々しげに吐き捨てるのに、タイガは思わず疑問をぶつけていた。

「雑賀派と梶派って、何か因縁でもあるのか?」

「因縁なんてもんやない。梶は恭介を裏切ったんや」

「確か、レッドデビルズは雑賀が立ち上げたんだよな。裏切りってのは、組織の乗っ取りのことか?」

「……そや。まぁこのへんは周知の事実やし、説明したるか」

 猿渡は一度だけ咳払いしてから、雑賀と梶の因縁について語り始める。

「レッドデビルズっちゅうのは、元々七年も前に恭介、魚住、俺の三人で立ち上げたチームやった。元々は学校を中退したり、親と反りが合わなかったり、夢に破れて非行に走ってたガキどもを集めて、居場所を与えてやるだけのチームだったんや。来るものは拒まず、去るものは追わず、困ってるやつは助ける。たったそれだけのルールやったけど、誰かが新しい居場所を見つけて退団する時には皆で祝ってやったりして、家族みたいもんやったや。金なんかなくても皆で助け合って、毎日バカみたいなことして楽しくやってた。それが……梶が入ってきてから、何もかもが変わってもうた」

 猿渡は古傷の痛みに耐えるように、険しい瞳で遠くを見つめた。

「梶がレッドデビルズに入ったのは三年前、やつが大学を中退したのがきっかけやった。それまでのレッドデビルズは中卒とか高卒の集まりやったから、ビジネスのことをまともに考えられるやつなんておらんかったんや。だから恭介も俺も、梶の入団を歓迎してしもうた。梶が入ることで、少しは皆の生活を楽にできるかと思ったんや。それが俺達の最大の失敗やった」

「失敗?」

「最初は、梶の加入は大当たりだと思ったんや。梶は入団直後からいきなり結果を出しおった。あの優男顔を武器にして、俺らと同じような境遇の女達を集めて、会員制のラウンジを立ち上げたんや。テナント料とかは色んなツテで借金したらしいけど、ラウンジの売上であっちゅう間に回収しおった。ラウンジの客も、最初は大学時代のダチとかを中心に営業かけてたみたいやが、すぐに人脈を広げて色んな客が来るようになった。人脈が広がるにつれて、ヤクザ連中ともパイプができて、梶は一年足らずでキャバクラや風俗にも手を出すようになりおった」

 そこまで言うと、猿渡の顔いっぱいに苦いものが広がった。

「さすがにその時は、恭介も俺も魚住も反対した。レッドデビルズの理念はあくまで『非行に走るガキどもの救済』や。風俗なんてむしろ搾取やろ。そう言ったら、梶は『借金抱えた女には、高い報酬をもらえる仕事が必要だ。彼女を助けるためにも認めて欲しい』って反論してきおってな。恭介がほだされて認めちまったもんやから、梶のやつ調子に乗って風俗事業を拡大して利益を上げまくっていきおった。挙げ句、利益を自分と自分の手のものを中心に回るようにして、俺達のことをないがしろにするようになってきおった。梶派、雑賀派に分かれるようになったのはそのあたりからやな」

 言ってしまえば、革新派の梶と旧体制派の雑賀といったところだろうか。話を聞いていると、確かに梶という男のせいで組織全体が狂ってしまったように感じる。

「加入から二年で、梶はあっという間に組織を私物化していった。入団希望者は金目当てで梶のところに行きよるし、俺達雑賀派からはどんどん人が引き抜かれていったんや。いつの間にか梶が実質的なリーダーとか言われるようになってて、今となっちゃレッドデビルズの理念は完全に崩壊してもうた。あげくの果てに、コロナ禍になって風俗の売り上げが落ちたもんで、梶派の連中は違法薬物の取引にまで手を出し始めおった。こっちは仲間や理念、大事に掲げてきたレッドデビルズって看板まで足蹴にされとるんや。これが裏切りでなくてなんて言う?」

 猿渡の気持ちは理解できたが、同時に梶が何を考えていたのかもなんとなく理解できてしまった。

 大学を中退して行き場を見失っていた梶は、レッドデビルズというぬるま湯のようなチームと出会った。人員はそれなりにいて、組織に対する忠誠心もある。この連中をうまく操れれば、大金を稼ぐことも夢ではないのではないか。梶はそう考え、巧みにレッドデビルズという組織を操縦してきたのだ。その結果、組織を拡大化した上に私兵も増やし、莫大な富を得ることに成功した。

 あるいは――梶もまた、爪弾き者の救済を考えていたのかもしれない。結局のところ、金がなくては誰かを救済することなどできない。金をより多く稼ぐことこそが、チームメンバーを助けることに繋がる。そう考えていた可能性はなくもない。

(そんな甘っちょろいやつとは思えないけどな)

 間宮里穂殺害の犯人がレッドデビルズのメンバーだったとしても、梶は躊躇なくその犯人を消すつもりだ。その冷酷さを考えれば、彼がレッドデビルズや仲間のことを、道具以上とは考えていないのが明白だった。

「梶がやばいやつだってのはよくわかった。それで、あんたらは梶をどうするつもりなんだ?」

「決まっとるやろ。これ以上、レッドデビルズの名前を使って暴走させるわけにはいかん。梶を潰して、元のレッドデビルズを取り戻すんや」

「潰すって……組織力はあっちのほうが上なんだろ? そんなこと可能なのか?」

「うちを舐めるなや。これでもあいつら相手に何度も張り合ってんねん。こないだも幹部候補のガキを襲撃して再起不能にしたり、梶派が経営してる違法な風俗店を通報したりして、あっちの戦力は少しずつ削っていってるところや」

「はあ……」

 タイガは生返事をしつつ、ふと疑問に思った。

(雑賀派の連中、思ったよりも梶派の情報をつかんでいるんだな)

 資金力も組織力も盤石な梶派に比べて、雑賀派はどう見ても梶派に生かされているとしか思えなかったのだが……猿渡の言が事実なら、雑賀派も情報戦ではかなり善戦しているようだ。どうやって情報を収集しているのか謎ではあるが、タイガの目的とは関係なさそうなので、そこにそれほど興味は湧かなかった。

「それで、最終的に梶派の勢力を全部削いだら、あんたらは梶をどうする気なんだ?」

「別に取って食ったりはせん。ただ、お灸をすえてレッドデビルズから叩き出すだけや。殺しなんてやって、レッドデビルズの名前にこれ以上泥を塗れんしな」

「そうか」

 うなずきながら、タイガは察してしまった。

(レッドデビルズの看板を気にして過激な行動を起こせない雑賀派と、レッドデビルズの看板など毛ほども気にしてない梶派……雑賀派が押し負けてるのも道理だな)

 話を聞いているだけでも、梶が金や利益のためならなりふり構わずなんでもする男だとわかる。そんな男を相手取っているというのに、呑気にチームの名誉などを気にしていては、一生かかっても雑賀派が梶派を追いやれることはないだろう。

 猿渡の横顔を見ながら、タイガは色々言いたい思いをこらえて口をつぐんだ。間宮里穂の事件についても聞きたい気持ちはあったが、入団していきなりその話題を持ち出したら、潜入目的だと気づかれる恐れがある。ここは時間をかけて慎重に行くべきだろう。

(今はとにかく、真面目に仕事をこなして信頼を得ることが先決だ)

 その結果として、自分が忌まわしいギャングの一味に身を堕とすことになろうとも。

 冷たい決意を握りしめながら――タイガはギャング達を追いかけるように、より深い夜闇の奥へ足を踏み出した。

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