第10話 地下水脈
街を出てしばらくすると、先ほどまでは勇ましい様子で歩き続けていたフィーの足取りが急に遅くなり始めた。
(なんだ、一体どうしたんだ・・・?)
男は疑問に思ったが、あんな話を聞いたのだからさすがのフィオナも冷静になって考えてみると不安になってきたからだろうと思った。
隣から顔を覗き込んでみると、やっとさっき離したと思った腕をまた掴まれてしまった。フィーは男を見上げるようにして顔を向けると、
「あの話、今考えてみるとなんだかおかしいと思えるんだけど、お兄さんなら分かるように説明してくれるよね?」と聞いてきた。
「今分かっていることは、水が怪しいということだけだ。何が原因かはこれから探してみないと何とも言えない」
「それは調べてみないと分からないけどさ。でもね、やっぱり変な感じがするよ。
村人の中でも被害にあった人と合わなかった人がいたんだから。
水源に問題があるならみんなが被害にあっていておかしくないはずでしょ?」と困惑した様子でフィオナは言った。
それでも男は「今はとにかく一刻も早く水源に向かうしかない。
水に問題があるなら早く解決しなければ。水が使えないなんてことはこの村では考えられない事だろう。この暑さの中では住民が文字通り干からびてしまうからな。
フィー急いでくれ」
と、それだけ答えると自分の腕を掴んでいたフィーの手を静かにほどき、先へと案内してくれるように頼んだ。
それにしてもまだ家をでて数刻しかたっていないというのに、もう喉が渇いてきている。
男はフィオナが家から持ってきた水をぐいっと飲み干して、フィーにも水を飲むようにと言った。
でもその水だって危ないかもしれないのに、飲んじゃだめだよ!とフィーは不安そうに言った。
今まで家で水を使っていて不調が出たことがあったか?
それに何かおかしければ、私が先に気が付いているはずだ。
その水は問題ないだろう。だから安心して飲んだらいい。
水源に着く前に君が干からびてしまったら困るからな。
そう言われてフィーはおそるおそる水を飲み始めたが、やはり大分歩き回って喉が渇いていたらしく、最後の方にはごくごくと美味しそうに飲んだ。
フィーはやっぱり肝が据わっている。男は口には出さなかったがこれまでの彼女がしてきた旅や生活の中でその性質が培われたのだろうと、頼もしく思いもしたが、その可愛い姿からすると少しかわいそうな気もした。
きっと彼女の家の仕事を考えれば、このくらいの方がいいんだろうがな・・・。
街から半刻も歩いただろうか、二人とも服が重たくなるほどに汗だくになりながらやっと村の水源まで辿りついた。
そこは村人の住まいよりも高地にあったが、実際に水が流れている場所は地表からは大分離れた深い場所で、地下にあった。
地下水脈か・・・。
男はそこで水の流れを観察し、汚染や毒がないか見る為に心を静めてそのエネルギーの波長を調べた。
そして手の平で水をすくい、口に含んでみた。
やはり見た通り問題ないようだな。
フィーは飲んでも大丈夫?と聞いてきたが、
ここの水はきれいだから大丈夫だ、何の違和感もなかった。味やエネルギー的な異変も感じられないかったからな。他にも普段水を利用している場所はあるか?と尋ねると、
フィオナは村の全ての水源はここだが、実際に村人たちが水を汲みに来ている場所はここよりも少し下った場所にあるというので、そこへと向かった。
さっきの場所から数十分もしない場所に、地表から少し低い場所にある横穴の開いた洞窟の様な空間が広がっており、そこに降りていくと足元には冷たそうな水が豊かに流れていた。
地上はあれほど乾燥した砂地だというのに、地下ではこれだけの水脈に恵まれているとは、不思議な土地だな。
男はそう思いながらフィオナの案内で村人たちの水汲み場に辿り着くと、
ちょうど台のようになった岩場があり、そこには壺が置かれていた。
壺には見たこともないような不思議な赤色の紋様が全体にびっしりと描かれていた。
どうもこの村で見かけたものとは大分違うようだが。
そしてさらに気になるのは・・・
その壺を中心に岩場の周囲に漂っている青黒い霧の様なエネルギーだった。
「ねえ、お兄さんここはどう?やっぱりここが原因なのかな」
岩場に近づこうとするフィオナを制して、
「危ないからここから先へはいくな!」と叫んだ。
彼女を岸壁の水が触れない場所へと抱き上げて移動させると、
男はその場所を詳しく調べ始めた。
「村人は皆ここで水を汲んでいると言っていたが・・・」
「うん、この珍しい赤い模様の壺で水をすくって持って帰るんだよ」
壺が置かれた岩場の周りから水に毒気が広がっているということは・・・
壺を取り上げてみると、その底には濁ったエネルギーがもやのように溜まっていた。
毒の発生源はこれだ。
「フィー、見つけたぞ。この壺が原因だ」
「うそ!みんなこの壺を珍しがって使ってたのに。これのせいなの?」
「ああ、壺に毒があって、少しずつ流れ出していたんだろう。
素材に入っていたのか、それとも染料か、もしくは壺の中に目で見ただけではわかりにくい毒物が知らずに入っていたのか・・・?
少量なら問題なさそうだが、多分毎日飲んでいたら・・・」
「だから身体の強くないお年寄りに最初に異変があったのね」
「多分そうだな。健康な者なら体内で解毒できる可能性が高い。
個人差があったのもそのせいだろう。
だとしても、私はこれまで水には違和感を全く感じなかったのだが・・・
やはりフィーの家の庭のあれのおかげか」
「うん、そう、うちは庭に井戸があるでしょ。
あそこの水はさっきの水汲み場よりもっと上の水源の近くから来ている水だったから毒の影響を受けずにすんだからでしょう。
昔からきれいで美味しい水を飲みたいとうちの先祖が工夫してくれたから、そのおかげで助かったのね。
あの壺は外の村で珍しい壺を見つけたからって、骨董店の店主がわざわざ皆で使えるようにとあそこに持ってきたっていうのに、こんなことになるなんて」
「外から持ってきた物はどんなものか分からない物もあるからな。
やはり用心に越したことはないということを肝に銘じなければ。
善意からであっても不用意な行動は他人を危険にさらすこともある、今回のことでそう学ぶべきだな」男はこれまでの旅を思い出しながらフィーにそう話したのだった。
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