REQUEST24 再会と会敵

 姐さんに威勢よく啖呵を切ってからわずか数分後。

 再び廃城内へと舞い戻って来たわけだが、俺は道に迷っていた。



「いやいやいや、カッコつかなすぎだろ俺」



 時折聞こえてくる音を頼りに、奥へ奥へと進んでいるものの、この道が玉座の間へ続いているかはわからない。



「そもそも鼻が良いコノエとハクじゃあるまいし、今日はじめて来た廃城の内部構造とかわかるわけねぇよ。さっきはクロヴァンがいたからなんとかなってたけどさぁ! そして俺は方向音痴だしさぁああ!」



 苛立ちを声に乗せて叫んでみるが、むなしく壁に反響するだけだ。

 ハクの言っていたとおり、もうこの城の中にはコノエと、コノエと戦ってる奴と、俺しかいないらしい。


 夜の廃城ってだけで気味が悪いのに、行く道行く道視界に入るのは死体ばかり。

 敵と遭遇する可能性がないのはありがたいが、逆に人の気配が無さすぎて心細い。

 これもしかしてハクと一緒に来た方が良かったか? 

 それなら今すぐ戻って……いや道に迷ってるんだったわ。



「まあ、泣きごと言ってもなんの解決にもならねぇか」



 俺は強く首を横に振って、気持ちを切り替える。



「とりあえず今は、たまに聞こえてくる音のする方へ進もうじゃねぇの」



 そして気持ち新たに前を見据え、再び足を動かし始めた――のだが、



「ぐうぇッ!?」



 ドゴンッ!! という衝撃音が鼓膜を襲う。


 なんとなく左手をついていた壁が、いきなり俺のいる方向へ崩れてきたのだ。

 突然のことに驚く暇もなかった。つい先ほどまで中廊下の壁だった残骸に押し潰され、地面に突っ伏すように倒れる。


 目の前は真っ暗でお先も真っ暗だし、背中に積もった瓦礫の山が重くて苦しいし、俺はもうダメかもしれない。

 あれ、気のせいか? 意識も、だんだん、遠のいて……


 

「いっつつ。このアタシに膝をつかせるとはね。あの鎧男なかなかやるじゃない」



 ん? この声は…………コノエじゃねぇか!!



「お前は俺を殺す気かぁああああ!?!?」



 これが噂に聞く、火事場の何とやらなのか。

 肉体強化の魔術【勝利に捧げる凱歌カントゥス・ウィクトール】を使っていたとはいえ、今のは本気で危なかった。


 俺は手放しかけた意識を手繰り寄せて、崩れ落ちた壁の中から立ち上がる。

 いつもより視界が赤く滲んでいるような気もするが、そんなことは些細な問題だ。



「~~ッ!! ひゃあぁぁああっ!?」

「何が『ひゃあぁぁああっ』だ。可愛らしく驚いてる場合じゃねぇん――ゴフォアァ!?!?」



 腰の入った強烈な拳撃パンチが俺の腹にめり込む。

 これにはたまらず、殴られた箇所を押さえながら蹲った。


 って、あれ? どうして俺の足元にはこんなに血だまりが? 

 けどまぁ、そんなことは些細な問題だ。



「あ、相変わらず良い一撃じゃねぇか。だがしかし! これしきでやられる俺ではない!」



 両脚にぐっと力を込めると、不屈の精神で立ち上がる。

 ええ? 太ももがガクガクしてるって? 安心しろ、そんなの気のせいだ。



「…………ん? なんだ、ガウェインじゃないの。てゆーか、いきなり目の前に顔面血だらけで現れるんじゃないわよっ」



 コノエは俺の周りをぐるぐる回りながら、「なんでそんなにボロボロなの? ねぇ、なんで?」と不思議そうに訊いてくる。

 ええい、ちょこまかすんな鬱陶しい!



「いやいや! この怪我はお前のせいだからね! 壁ごと一緒にタックルかましてきたお前のせいだからね!」

「お、アタシの悪鬼羅刹あっきらせつみーっけ」

「清々しいほどに俺の話を聞いてないね! いつものことだけどね! ああもう。なんか頭がフラフラすると思ったら、額がパックリ切れちまってるじゃねぇか。俺の視界が真っ赤に染まるわけだよ……」



 コノエはタイルの床に突き刺さった大剣――悪鬼羅刹を引き抜いて、剣の腹を自分の右肩に乗せた。


 俺の言葉なんか全く聞いちゃいない。でも、コノエが思ったよりも元気そうで良かった。

 見た感じ大きな怪我もなさそうだし、ちょっと心配しすぎたか?



「で、ガウェイン。どうしてこんなところでうろついてんのよ。盗賊団の奴らに連れてこられたのを助けたら、アンタはガーネットと城の外で待ってる手筈になってたわよね?」



 トントンと肩の上で剣身の蒼黒い大剣を弾ませながら、コノエが紅玉の双眸で俺を睨み上げる。



「そんな顔すんなって。お前が心配になって見に来たんだよ」

「……へぇ。ふーん。アタシを心配してくれたんだ」



 どういうわけか、前髪をいじり始めるコノエ。モフモフ尻尾が右に左に激しく揺れている。

 一体どうしたのだろうか。俺には理由がわからず首を傾げる。



「ところでコノエ。オスヴァルトは見つけたか?」



 俺の問いかけに、コノエはふるふると首を振って、



「……この城にアイツはいなかったわ」



 と吐き捨てるように言う。



「やっぱそうだったか。となると、今お前が戦ってる相手ってのは――」

「チッ。話は後よガウェイン。アンタはここでじっとしてなさい」



 コノエは俺の声を断ち切るように言って、先ほどできた壁の穴に鋭い眼差しを向ける。

 黒衣を纏った狐耳幼女の可愛らしい身体からは、研ぎ澄まされた殺気が溢れ出ていた。



「……そろそろ諦めて吾輩に殺されたらどうだ? 侵入者」



 俺とコノエの前方、およそ二十メートル先。

 コツコツと軽快にタイル床を鳴らしながら姿を見せたのは、頭から足先までの全身を板金鎧プレートアーマーで固めた奴だった。

 頭部に被ったプレートヘルムのせいで、どんな顔をしているのかは拝めない。



「んん?」



 うわっ。板金鎧が俺の方を見てやがる。威圧感が半端ない。



「また新たな侵入者か。オスヴァルトの奴め、どこで何をしておる。こういう時に役に立たぬのなら、何の為にルプスレギオにいるのだ!」



 おいおい、どうしたんだ? 板金鎧がいきなり裏拳で壁を壊しやがった。



「……まぁいい。今は目の前の侵入者共を排除することが最優先だ。しかし、吾輩の一撃を受けてほぼ無傷とはな……」



 この野太い声と背格好から察するに、奴が男であることは間違いない。

 それに声を聞いた感じだと、歳は俺よりもだいぶ上のようだった。年季の入った声をしている。



「へえ? アレ、攻撃のつもりだったの。弱すぎて全っ然わからなかったわ」



 やはり俺の思ったとおり、コノエの相手はオスヴァルトではなかったようだ。

 となると、こいつがクロヴァンの言っていた〝ブレン〟という総長か?

 もしそうであるならば、こいつが盗賊団ルプスレギオの中で一番偉い奴ってことだな。

 それなら話は早い。この男をぶっ飛ばせば俺たちの勝利だ。



「はっはっは。抜かしよる抜かしよる。それでこそ殺し甲斐があるというものだ」



 板金鎧の男が歩み寄って来たことによって、俺はあることに気がついた。

 こいつは異常なほどに上背がある。本当に同じ人間なのか? 

 俺もそれなりに身長は高い方だが、頭二つ分は違う。まるで大きな壁を前にしているような威圧感だ。



「さぁて、サービスタイムは終わりよ。我らが団長様に無様な戦いは見せられないんだから!」



 コノエは両手で大剣の柄を握りしめると、霊力を流し込みながら正眼に構える。



「ふむ。最近の若者は元気があり余っているようだな」



 板金鎧の男は、籠手ガントレットに守られた左の掌を前方に突き出すと、



「だが、あまり吾輩を甘く見ない方がよいぞ? 獣進じゅうしん族の小娘よ」



 重心を落とすように体勢を低くして、右手に握った片手半剣バスタードソードを頭上より高く構える。



「またそのヘンテコな構え。戦いづらいったらないわね」

「ヘンテコとは失礼なことを言う。これこそが我が祖国に伝わる、エギレン剣術の伝統的な構えだ」



 その構えだけでも十分に特徴的だが、それよりも気になるものが他にあった。



「あいつの掌に描かれたタトゥーは何だ? いくらなんでも趣味が悪すぎるだろ。色も赤っつうか血が乾いたようにしか見えねぇし……」



 掌と言っても、肌に直接それが描かれているわけではない。

 左手を包む籠手に刻み込まれているのだ。

 見たこともない文字の羅列と、悪魔のような絵柄がな。

 何かの《まじない》の一種か、あるいは《宗教的なもの》なのかはわからない。



「ゆくぞ小娘。次こそは確実に仕留める。我が名はブレン・ファルガン。ルプスレギオの総長なり。いざ、参る!」

「ハッ! やれるもんならやってみろよ!!」



 それぞれ武器を構えた二人は、しばらくその場に静止したまま睨み合う。

 瞬く間に張り詰めた空気が広がって、息をするのも躊躇ってしまうほどだった。



 カンッ。



 何の前触れもなく、渇いた音が静寂を破る。

 崩れてきた天井の破片が、地面を打ちつけた音だ。

 小さく響いたこの音を合図に、コノエと板金鎧は互いに動き出した。


 相手より先に刃を振るうため、まるで野に放たれた獣のように、前へ前へと戦場を駆ける。

 それから一瞬の空白を経て。刃と刃がぶつかり合う金属音が闇夜を切り裂く。

 始まったのだ。ただひたすらに命を奪い合う戦いが。




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