REQUEST23 戻らぬコノエ

「また城ん中で大きな音がしたな……」



 夜の暗闇にひっそり佇む廃城を、城の外へ出てきた俺は仰ぎ見る。

 城内では激しい戦闘が繰り広げられているのだろうか。

 大きな衝撃音がする度に城が揺れて、経年劣化により脆くなった壁がちょっとずつ剥がれ落ちていく。



「アメリア、無事で良かったよ」

「もう、あなたってば。皆さんの前で恥ずかしいじゃないの。ほらっ、泣かないの」



 背後から聞こえた声に思わず振り返ると、地下牢に捕らわれていた人たちが感動の再会を果たしていた。

 ひたすら熱い抱擁を交わす若い男女や、泣きながらお互いの無事を喜ぶ人たちの姿があった。

 まだまだ気は抜けないし、全てが終わったわけではない。


 けれども、そんな光景を見て自然と俺も顔がほころぶ。

 今のところ誰々がいないという声は上がっていない。

 ということは、救える命を一つも欠けることなく、俺たちは救うことができたというわけだ。



「お、おいっ、クロヴァンどうした? しっかりしろ!」



 喜びも束の間。

 隣にいたクロヴァンが、まるで糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。

 突然のことで気が動転した俺は、つい声を荒げてしまう。

 忘れていた。今まで隙を見せずに振る舞ってはいたが、こいつは左腕を骨折しているだけでなく、かなりの深手を負っていたのだ。



「ははは……。なんつう顔してんだよ団長さん。こんなクズを心配してどうする。俺とあんたは敵同士だろうが……。ゲホッ、ゴホッ……!」



 呼吸の音に変な雑音が混ざっている。見るからに息が苦しそうだ。



「今はもう喋るな! 仲間が来たら治癒魔術をかけてやれる。だからそれまでの辛抱だ!」



 切羽詰まった俺の声で緊張が走る。

 今の今まで再会を喜んでいた人たちの声は一斉に止み、辺りは静寂に包まれた。

 一体これは何事だ、と姐さんも駆け寄ってきた。



「酷い怪我だ……。おい君! しっかりしたまえ!」



 地面にぐったり横たわるクロヴァンを挟んで、俺の向かい側に知らない女性が膝をつく。

 クロヴァンの知り合いだろうか。だが、今それを彼女に尋ねている余裕はない。


 ああ、ちくしょう! どうしたらいい。これから廃城の中にいるハクをさがしに行って間に合うか? いや行くしかねぇ。



「姐さん! 俺ちょっとハクを城内へさがしに――」

「ハクに、何か用?」



 背中に覚えのある重さと、甘いミルクの匂いを感じた。

 今すぐにでも会いたかった虎耳幼女が、俺の首に両腕を回して後ろからひょっこり顔を覗かせている。



「ナイスタイミングだぜハク! 急で悪いんだが、こいつに治癒魔術をかけてやって欲しいんだ! 頼めるか?」



 俺の言葉にコクンと頷いたハクは、クロヴァンの傷の具合を確認する。

 俺たちの深刻な顔を見て、ハクも表情を引き締めた。



「みんな、ちょっと離れてて」



 俺たちにそう言ったハクは、おもむろに目を瞑る。

 次の瞬間、膨大な青白い光がその身体から昇り立っていく。

 可視化できるほどに濃密な魔力は、ハクの腕を伝って右手へと集束していく。



「うん、いけそう」



 瞼を開けたハクは人差し指を伸ばし、目にも留まらぬ速さで虚空に魔術式を書く。



「――【聖母の祈癒レフェクティオ・ケルサス・アマデウス】」



 小さく魔術を唱えると、傷を癒す聖なる光がクロヴァンの全身を優しく包み込んでいく。

 これは魔術名が三語文にもなる最高難度の上位治癒魔術だ。

 その神聖なる光の眩しさに、周りにいる俺たちは目を背けてしまうほどだった。



「終わったよ。これで、この人はもう死なない」



 少しずつ聖なる光が弱まっていき、再び辺りには闇が広がった。

 ただ、さっきと違う点が一つある。

 あれだけ苦しそうだったクロヴァンの呼吸音が穏やかなものになっていた。



「心配しなくても平気。今は眠っているだけだから。あなたはこの人の傍にいてあげて」



 不安そうにクロヴァンを見つめていた女性に向かって、ハクが優しく声をかける。



「ああ、わかった。ありがとう。ありがとう」



 女性は目の端に浮かんだ涙を指で拭うと、クロヴァンの手を引き寄せるように握った。







「姐さん複雑な顔してるね。さっきまでクロヴァンを殺す気満々だったから仕方ないけどさ」

「……あの男には、生きて罪を償ってもらうことにしたのだ。彼女のためにもな」

「そっかそっか。ま、俺としては考えを改めてくれて良かったよ」



 俺と姐さん、そしてハクの三人は、クロヴァンと名も知らない女性から少し距離をとっている。

 なんとなく二人っきりにした方がよさそうな雰囲気だったからだ。

 なんだろうなこの敗北感。べ、別に悔しくなんかないんだからね。



「ねぇねぇ、だんちょ。あの人たち、恋人なの? そこはかとなく甘い雰囲気で、ちょっと近寄りづらい」



 ハクは俺の背中に隠れて、こっそり二人の様子を窺っている。

 興味津々だ。虎耳と白い尻尾が忙しなく動き回っている。



「はははっ。それは俺も同感だ」



 俺はハクの頭に手を置いて、耳に当たらないよう気をつけながら、純白の髪をワッシャワシャと撫でる。

 どういうわけかハクもコノエも、優しく撫でるよりこうしてやった方が喜ぶからだ。



「ところで、あの人は何者なんだ? 姐さんは何か事情を知っているんだろ?」



 撫でる手は止めずに、俺は姐さんを見て尋ねる。

 確か彼女は、姐さんと一緒にクロヴァンのもとへやって来た。



「うむ。実は彼女――いやユティはな、どうやらあの男に命を助けられたらしいのだ」

「クロヴァンに命を?」



 姐さんの話によるとこうだ。

 村に住むユティというあの若い女性は、盗賊団ルプスレギオに捕らわれた際、激しく抵抗をしたらしい。


 そして、不運にも奴らの一人に怪我を負わせてしまい、逆上したそいつに剣で殺されそうになったそうだ。

 その時に身体を張って助けてくれたのが、クロヴァンだと言う。



「名前はわからないが赤みがかった茶髪と右頬にあった傷跡は覚えている、とユティが言っていてな。オレはそれを聞いてあの男のことが頭に浮かんだんだよ。まさかあの男が? と思ったがな」

「そういうことだったのね」



 しかしクロヴァンよ。いくらお前がユティさんの命の恩人とはいえ、膝枕なんかされて羨ましいぞこの野郎。目が覚めたらちょっとそこ代われ。



「ああ。それでオレは二人を一度会わせてみようと思い、ユティを連れてお前たちのところへ向かっていたら、ガウェインの大きな声が聞こえてきたというわけさ」



 姐さんの話を聞いて、俺はクロヴァンらしいなと思った。正直なところあまり驚きはない。

 あいつとは出会って数時間程度の仲だが、根っからの悪党じゃないってことは、行動を共にしたことでなんとなくわかっていたからだ。

 そんな簡単に人を信用するな、って姐さんに怒られそうだけどさ。



「いっ!? あぶなッ!!」



 ドゴオォォンッ!! と。

 城内で再び大きな音がしたかと思ったその時、全長一メートルほどの城壁の残骸が上から降ってきた。

 俺は咄嗟にそれを身体を投げ出して避ける。



「……ふぅ。心臓に悪いったらねぇな。それにしても、コノエの奴は何をそんなに暴れているんだ?」



 しっかりとした造りとはいえ、ただでさえこの廃城は建てられてから数百年の時が流れている。

 このままいくと冗談抜きで崩壊してしまうかもしれない。



「……おかしい。コノちゃんにしては時間がかかりすぎている」

「? ハク、それはどういうことだ?」

「ハクが一足先にだんちょのところに戻って来たのは、城内にいた敵をほとんど倒し終わったから。残っている反応はコノちゃんを除けば一つ・・だけだったし、任せていいやって思ったからなの」



 ハクが廃城の外へ出て来てから、かれこれ二十分は経っている。

 コノエが苦戦してるっていうのかよ。まさか、また手加減して遊んでるんじゃ。

 いや、それはないと思うが。



「城の中でもコノちゃんと会わなかったし、ハクちょっと心配。大丈夫かな?」

「うーん。でもよ、相手がオスヴァルトだったらありえるんじゃないか? 戦いが長引いてるとか……いや、それはねーか」



 そういえばコノエのやつ、俺たちと別れる前にこんなことを言っていた。



『――やっぱりおかしいわね』

『――ごめんガウェイン。ちょっとアタシは先に行くわ』

『――どういうわけか城の中に気配を感じないのよ。だから実際にこの目で確かめてこようと思ったわけ』



 オスヴァルトの気配が廃城内から感じられない、と。

 ということは、今コノエが戦っている相手はオスヴァルトではない?


 

「だんちょ、行くの?」



 ハクは青い瞳を光らせながら、言葉短く訊いてきた。



「おう。ちょいと面倒だけど、迎えに行ってくるわ」

「ふふっ」

「ん? どうして笑うんだ」



 小さな手で口を押さえると、ハクが肩を揺らして笑う。

 俺には笑った理由がわからなくて、思わず間抜けな顔を晒してしまった。



「やっぱりさ、だんちょって優しいよね。というか、親バカ?」

「バカってなんだよ。てーか、俺はコノエの親じゃないっつの。せめてお兄ちゃんだろ。年齢的に」



 手をヒラヒラと振りながら、ハクに向かっておどけてみせる。

 そんな俺を見て、この虎耳っ娘は楽しそうに笑っていた。



「今コノエがどこにいるかわかるか? ハク」



 ハクは「ちょっと待って」と俺に言って、スッと両目を閉じる。



「コノちゃんは大きな部屋にいるよ。玉座の間ってやつかな? やっぱり誰かと戦っているみたい」

「わかった。ありがとな。じゃ、ちょっくら行ってくるわ」

「うん。気をつけてね」



 ハクと軽くハイタッチを交わした後、俺は姐さんの方に顔を向けて、



「というわけだ悪い姐さん。俺が戻ってくるまでの間みんなのこと頼んだ。じゃあ行ってくる。……また後でな!」



 口早に捲し立てる。引き止められるのは明らかだしな。

 俺は腰にある黒剣ガラティーンの柄に左手を添えて、崩壊しかけている廃城に向かって走り出した。



「おい、待てガウェイン! お前が行ったところで何ができるというのだ!」



 後ろから姐さんの叫ぶ声が聞こえる。だが俺は立ち止まらない。

 確かに今の俺は戦力にはならねぇさ。姐さん。


 けどよ、コノエの傍にいてやることはできる。あいつは誰よりも強いけど、誰よりも脆いんだよ。

 グラディウス傭兵団の団長として――いや、家族として俺は……俺は、あいつの隣にいてやりたいんだ。

 だから、



「待ってろよコノエ! すぐに行くからな!」




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