REQUEST18 作戦確認

 ダニエラさんのご好意により、客間で美味しい夕食をご馳走になった。

 太陽は二時間ほど前に地平線へと沈み、黒く染まった空には頼りなく光る新月が雲の切れ間に見え隠れしている。


 今日は朝から空いっぱいに雲海が広がっており、いつもは燦然と輝きを放つ星たちの姿はほとんど見えない。

 夜襲を仕掛けるには悪くない夜である。天は俺たちに味方をしたようだ。



「みんな、準備は万全か?」



 客間とは別に待機部屋として借りている一室に、姐さんを含めたグラディウス傭兵団の面々が集まっていた。まぁ、面々と言っても俺とコノエとハクだけなのだが。


 ある者は俺の隣で一緒にベッドに腰かけたり、ある者は絨毯が敷かれた床にあぐらをかいて座ったりと。

 それぞれが思い思いの体勢で俺の声に耳を傾けている。



「夕飯の食いすぎで腹が苦しいとか、マジでなしだからな」

「あっははは! これから夜戦をしようって時に、そんな苦しくなるほど食べるバカなんてどこにいるのよっ」

「今まさに俺の目の前にいるよね。あれだけ食っといて、よくお前がそれを言えるよな」



 コツンと拳骨を床に座るコノエの頭に落とすと、「けぷっ」と可愛らしいゲップをした。



「……いやいや、今のアタシじゃないし?」



 そんなわかりやすい嘘で誤魔化せるわけないだろ。

 俺とハク、それに姐さんの冷たい視線が、一気にコノエの方へと集中する。



「よ、よーし! 良い具合に場も盛り上がってきたことだし? パパパーッと手短に作戦確認して、楽しい楽しい夜戦を始めましょうよっ! ねっ、ガウェイン?」



 実に切り替えの良い大精霊様である。

 はぁ。ま、こんなことで無駄に時間を使っている暇はないか。



「そうだな。じゃあコノエが言うように、パパパーッと作戦をもう一度確認するぞ」

「さっすがガウェイン! 話がわかる~。アンタのそういうとこ好きよ♪」



 ちょ、近い近い。てゆうかお前は何やってんの?

 顔を近づけて頬をすり寄せてくるコノエを片手で押し返しながら、俺はハクと姐さんに話しかける。



「盗賊団ルプスレギオが仮の拠点として使っているのは、おそらくこのルーフェから西へ十キロほど離れた名もなき古城――いや、廃城だ」



 ダニエラさんから得た情報によると、どうやら連中は長距離を移動中にリオデルク共和国にたまたま立ち寄ったらしく、この近くにある廃城で一時的な休息をとっているらしい。

 廃城に潜伏している奴らは、おそらく盗賊団ルプスレギオの全戦力だということ。


 姐さんの話を聞くに、こいつらは少数精鋭で何百という大軍ではないらしいし、上手くいけばここで奴らを壊滅させることができそうだ。


 だが、それでも数的には不利な戦闘になることは間違いない。いくらコノエとハク、それに姐さんが強いとはいえ、油断してはいけないだろう。



「作戦はいたってシンプル。夜目の効くコノエとハクによる奇襲だ。タイミングを合わせて二人が攪乱してくれている隙に、俺と姐さんはあいつらに連れてかれた村の若者たちと、巻き込まれたであろうマヤちゃんの親御さんを救出する」



 この家まで盗賊団の連中が奴隷として売るための若者や食料、そして金目のものを差し出せと脅迫に訪れた時、連絡係と思わしき者が遠距離通信用の魔具である声伝せいでん水晶に向かって、「こちらルプスレギオ斥候部隊。本隊、応答願います――」と言っていたのをダニエラさんが盗み聞いたそうだ。


 その後も断片的に聞こえるわずかな情報をかき集め、危険を覚悟で羊皮紙に書き記していたらしい。

 けれども、俺たちが門にいた奴らを倒すまでは、この重要な情報を外部へ伝えることも、騎士団に助けを求めることも叶わなかったと言う。

 奴らはルーフェを孤立させるために、二十四時間体制で村の出入り口を監視し、封鎖していたのだろう。


 連中が一時的な休息を終えてこの地を去る時、ようやく監視から解放されたダニエラさんが騎士団に助けを求めたとしても、すでに廃城はもぬけの殻というわけだ。

 実に手慣れたやり口である。



「……ここまでは大丈夫か?」



 ぐるりと三人の顔を見回しながら尋ねると、彼女たちは心強い頷きで答えてくれた。

 いつになく真剣な眼差しの三人を見て、味方であるはずの俺の背筋に震えが走る。

 無意識なのだろうが、特にコノエからは抑えきれない殺気が漏れ出ていた。


 さっきまでのおちゃらけた雰囲気は欠片もない。

 それほどオスヴァルトに逃げられたのが腹立たしかったのだろう。



「なぁ、みんな。そんなことはわかっていると思うかもしれないが、今回優先すべきことは一人でも多くの人を助けることだ。可能なかぎり救える命は救おう。いいな?」



 閉じた瞼の裏に焼き付いて消えないのは、頭を深く下げながら声を押し殺して涙するダニエラさんの姿。


『今もまだ捕らわれている村の皆を、村の仲間をどうか……、どうか一人でも多く助けて欲しい……』


 涙など見せるつもりはなかったのだろうが、抑えきれない気持ちと共に溢れ出てきてしまったのだと思う。

 きっと俺が想像している以上に、村長であるダニエラさんはとても苦しんでいるのだ。

 そんなダニエラさんをこの苦しみから解放してあげたい。



「わかっているわよ。今回ばかりは最初っから本気でいくつもり」

「さっきオスヴァルトとり合った時は、なんやかんや手加減して楽しんでただろ? だから逃げられた。違うか?」



 コノエに非難を込めた視線を送る。



「あの時は悪かったわよ。アタシとしてもあの男は気持ち悪かったから早く殺そうと思ったんだけど、戦いがいのある相手だと身体が勝手に加減しちゃうのよ。少しでも長く楽しむためにね」



 気まずそうに頬をポリポリと掻きながら、肩をすくめるコノエ。

 これだけ言っておけば今夜は大丈夫だろう。

 連れていかれた人たちの命がかかっている大事な作戦だ。

 コノエには全力で行動してもらいたい。



「ハクと姐さんもいいな?」



 こういう時でもいつもとあまり変わらないハクと、集中しているのか口数が少なくなっている姐さんに目配せする。

 コノエと違って、この二人には何も言わなくても大丈夫だとは思う。が、確認のためにも一応な。



「ハクは大丈夫。だんちょに、迷惑はかけないよ?」

「ああ、わかっている。この場での指揮官はガウェイン、お前だ。オレは与えられた役割を全うするだけさ」



 心強いじゃねぇか。この二人のことはやっぱ心配する必要がなかったようだ。

 よし。それなら、ひとまずこの場で確認すべきことはもうないな。


 現在の時刻は午後七時三十分を少し過ぎた頃。

 廃城までの移動時間を考えれば、そろそろ出発した方がよさそうか。


 作戦決行の時刻は午後九時前後を予定している。

 本当ならもっと奴らが寝静まった丑三つ時の奇襲が一番良いのだが、今は状況が状況だ。一人でも多くの命を救うためには時間が惜しい。



 しかし、どれほどの敵が待ち構えているのかわからない以上、後先考えずに突っ込むのは得策ではない。

 もちろんコノエとハクがいる俺たちは、龍族や魔族などの危険度ランクEX相当の敵が複数出てこないかぎり敗北はしないだろう。

 だが、廃城に潜伏している敵の数が予想以上に多いと、俺たちがその全てを無力化する前に、奴隷として売るために連れてきた村人たちを人質に取るかもしれないのだ。


 そうなってしまえば最後、追い込まれた盗賊団の連中は人質たちの命を奪いかねない。

 だからこの作戦にした。念には念を入れて、俺たち得意の夜襲戦法だ。奴らが混乱しているうちに倒して回る。



「頼りにしてるぜ二人とも。よし。俺から言うことはもう何もないな。それじゃあ早速――」

「悪いが、少しだけいいだろうか?」



 立ち上がろうとベッドから腰を浮かしたところで、頭上から姐さんの声が降ってくる。



「姐さん? どうしたんだ?」



 姐さんの方に顔を向けると、彼女はコノエに鋭い視線をぶつけていた。

 見るからに表情が硬い。何かコノエに言っておきたいことでもあるのだろうか。



「コノエ。もし機会があるならば、オスヴァルトの首をオレに譲ってはもらえないだろうか。身内の仇を取りたいんだ」



 姐さんの意志は固そうだ。

 自慢の長槍――緋刃カルディアの長い柄を握りしめながら、鋭い眼差しでコノエを見つめている。

 今は白い布でぐるぐると穂の刃の部分は覆われているが、その圧倒的な長さもあいまって威圧感は底知れないものを感じる。

 緋刃カルディアの長さは、背丈が百七十センチメートルほどある姐さんとほぼ同じぐらいだろうか。俺の身長よりかは少し短い。



「い や よ。あんのムカつく男はアタシの獲物なんだから。アンタは黙ってうちの団長の指示に従って行動してなさいな」

「ッ!? し、しかし……!」



 断られるとは思っていなかったのだろう。

 怪訝そうに眉間にしわを寄せた姐さんは、のんきにあくびをしているコノエに詰め寄る。

 一瞬にしてこの部屋の空気は張り詰め、息苦しさを覚えるような空間へと変貌した。



「……察しろよガーネット。お前じゃ勝てないと言ってるんだ。アレの強さは人間離れしている。仇を取るどころか、お前でも殺されてしまうぞ」



 コノエの紅く光る眼光に射抜かれ、「うっ」と声を漏らした姐さんは、石像のように固まる。



「…………すまない。少し我を見失っていた」

「ま、安心なさいな。このアタシが責任をもって殺したげるから」

「頼んだ」



 姐さんの気持ちは痛いほどわかる。さがし続けていた仇敵にようやく巡り合うことができたのだ。

 オスヴァルトが簡単に倒せる相手だったら、コノエだって今回ばかりは譲っていただろう。


 それにしても、あの姐さんが負ける可能性があるのか。

 コノエが言うんだから間違いはないだろうけど、この村に来るまでの道中で言ったように、姐さんは人間族ではかなり強い方だ。


 リオデルク共和国の騎士団はもちろんのこと、周辺諸国の軍部関係者からも熱心に勧誘を受けるほどである。

 そんな姐さんでも勝てないということは、最低でもそれ以上の強さということだ。

 一体あいつは何者なんだ? どうして盗賊なんかやってんだ?

 いや、考えるだけ時間の無駄か。



「話はついたようだけど……もういいの? 姐さん」



 俺は頃合いを見計らって、姐さんに声をかける。



「ああ、大丈夫だ。時間を取らせて悪かったな」

「ん? いいっていいって。別に言うほど時間かかってないしさ。気にしないでくれ」

「そう言ってもらえると助かる。ありがとう」



 さて。移動を始めるには時間的にもそろそろ良い具合だ。

 それに、もし予定より前に廃城へ着いてしまったとしても、作戦決行の時間を早めればいいわけだしな。



「よし。それじゃあ出発するか」



 俺は今度こそベッドから腰を上げて、一度ぐぐっと大きく身体を伸ばす。

 そしておもむろに目を閉じ、深呼吸と共に気を引き締め直した。




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