REQUEST17 小さな希望―2
それから案内されたのは広い客間と思われる一室だった。
部屋に入ると、ダニエラさんに勧められて豪華なソファに腰を下ろす。
うちのソファよりも大きい。これかなり高いんだろうな。
コノエとハクは当たり前のように俺の両隣に陣取って座った。ちょっと狭いが我慢できないほどではない。
長方形のローテーブルを囲むように、同じ種類のソファが四つ配置されており、ダニエラさんは俺たちの真向かいにあるものに座った。
姐さんはどのソファにも座るつもりはないらしく、窓際に立って外の様子を眺めていた。
ゴードンさんはもうこの場にはいない。妻と孫が心配しているだろうからと、先ほどダニエラさんの家の前で別れた。
色々と事が落ち着いたら改めて挨拶に行くつもりだ。
「長旅、大変だったろう。大したものは出せないが、これで一息ついてくれ」
おそらく事前に準備していたのだろう。
俺たちを客間に案内したダニエラさんは一度部屋を出て、すぐに紅茶が淹れてあるティーカップをお盆に載せて戻ってきた。
ローテーブルに置かれたティーカップからは、白い湯気がモクモクと立ち昇っている。少し熱そうだ。
「……ふぅ。では、早速で悪いが話を始めよう」
もしかしたら、ダニエラさんはあまり眠れていないのかもしれない。
紅茶を口に含んで喉を潤した彼女からは、隠しきれない疲労感が滲み出ている。
「まず、私の方から訊いておきたいことがいくつかあるのだが、問題ないだろうか」
ダニエラさんの問いに俺は頷きで答える。
まずこちらとしては、少しでも信頼してもらうことが先決だ。
そのためなら、いくらでも彼女の疑問に真摯に答えよう。
「ありがとう。では一つ目に。門で我々を監視していた盗賊団の者共を、君たちが倒してくれたというのは本当かな?」
広大な田畑を含め、ルーフェの周りには強力な防御結界術式が張り巡らされている。
だが、唯一あの門のところだけは結界をあえて展開しておらず、そこから村の人々や行商人たちは出入りをしていた。
俺は魔術に関しては専門外でどうなっているのかはわからないが、ハクによると魔術を発動する時に文字列を書き換えて術式を発動すれば、門の前だけ結界が発動しないようにすることが可能らしい。
もちろん、村の周囲を全て強固な防御結界で完全に閉め切ってしまえば、今よりも安全ではある。
しかし、それだと一度術式を発動してしまえば村の中からは出られないし、逆に外からも入って来られなくなるというわけだ。
現在の技術力では、出入りする時だけパッと消したり、パッと発動し直すことはできないらしい。
「はい。懲らしめておきました。運良く生き残った奴らも強力な魔術で拘束しています。逃げることもできないでしょう」
「おお、それはよかった」
「……ただ、言っておかなければならないことがあります」
「ん? 何かな?」
「ゴードンさんから聞いているとは思いますが、一人、危険な男を取り逃がしてしまいました。部隊の指揮統率をしていた相当な手練れです」
俺の隣で大人しくしている大精霊さんが、狐耳をピクッとさせたのがわかった。
こっそり横目で様子を窺ってみると、眉間にしわを寄せて難しい顔をしていた。
正直この話をコノエの傍でしたくはなかったが、ダニエラさんに訊かれてしまったのなら仕方ない。
すまんなコノエ、嫌な思いをさせちまって。
ティエーリに戻ったらアズミ屋の油揚げを買ってやるからな。
「ああ、聞いているよ。だが流石だな。門の近くに二十人はいただろう? しかも指揮官の奴を倒せぬまでも撤退まで追い込むとは……」
「安心してください。私の仲間は尋常じゃなく強いですから」
「君たちが来てくれたのは本当に奇跡だな。ルーフェ唯一の出入り口であるあの門を盗賊団の連中に占拠され、昼夜問わず不審な動きをしないよう監視されていた私たちは助けを呼ぶこともできなかった。あいつらに殺されてしまった自警団の皆も、これで少しは浮かばれるだろう。……よかった、よかった」
俺の言葉を聞いて、ダニエラさんはホッと胸を撫で下ろしていた。
まるで見えない何かから解放されたように、少しだけ表情から険しさが消えた。それほど追い込まれていたということだろう。
「しかし、門の警備はどうしようか。このまま放っておいたらまたすぐに連中が兵を送り込んでくるだろう。自警団を失った今、我々に武器を持って戦える者は……」
「それは心配しなくても大丈夫」
ハクは自分の尻尾をフニフニしていた手を止めると、伏せていた顔を上げて話に参加してくる。
なんだよハク、お前ちゃんと話を聞いてたんだな。ずっと興味なさげに俺の肩に寄りかかってたから少し驚いたぞ。
「ん? 君は」
「名前はハク。グラディウス傭兵団の中では、いっちばん魔術が得意なの」
ハクは若干誇らしげな顔で、ダニエラさんに自己紹介をする。
「見ての通りこの子は
視線を送りながらそう言うと、ハクは「うん」と頷いて気持ち姿勢を正した。
こういうところコノエと違ってしっかりしている。
「門のことなら、とりあえず安心していい。元々あった村の防御結界術式の外側に、ハクが入口のない急造の防御結界術式を上書きしてきたから。それに魔術の罠もいくつか仕掛けてあるし、そう簡単にはここまで入ってこられないよ」
「おお……! それはすごい。ハク殿ありがとう」
「別に、たいしたことはしていない。だんちょに頼まれたからやっただけ」
ハクはプイッと顔を背けて、ぼそぼそと呟いた。
ダニエラさんはそんな仕草に首を傾げながらも、「ありがとうありがとう」とハクの手を強く握って上下させる。
気にしないでくださいダニエラさん。ハクはただ照れているだけですから。
「ふぅ。まだまだ解決しなければならない問題は多いが、今夜は久しぶりに少しは眠れそうだよ。だが、一つ訊いてもいいかい? ハク殿」
「なに?」
「それだと、しばらく私たちは村の外へ出られないのでは?」
ごもっともな意見だ。急造の防御結界術式とはいえ、ハクの張ったものはそれなりの強度を誇るからな。
「確かにハクが解呪しないかぎり、防御結界術式を維持する魔力が尽きるまでは、この村から出られない。でも、その点についてはだいじょーぶ」
「? それはどういうことだろうか」
ダニエラさんはやや身を乗り出し、ハクからの答えを待っている。
「だんちょ?」
チラリとこちらに目配せして、ハクが視線で何かを訴えかけてきた。
ふむふむ。ハクはおそらく「言ってもいいの?」と訊きたいんだろうな。
遅かれ早かれダニエラさんには、今夜の計画について伝えるつもりだった。
それがほんの少し早まったところでなんら問題はない。
俺はその問いかけに頷いて答えると、ハクは再びダニエラさんに向き直る。
「結界は念のため張ったんだけど、どっちみち今夜中に盗賊団をやっつけて、そのあとハクが術式を解呪することになっているの。だから、それまで我慢してくれればいい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます