REQUEST12 村の自警団

 豊饒の村ルーフェ、出入り口門の前。



「あのー、そろそろ通してくれませんか? 俺たち本当に急いでるんで」



 二十分ほど前にこの場所に到着した俺たちは、いまだ村の中へと入ること叶わず、自警団だという村の人たちに包囲されていた。


 皆それぞれが武器を持ち、質の良さそうなお揃いの防具を装備している。

 なんなのその高そうな防具、ちょっと羨ましいんだけど。



「身分証明だって何事もなく済んだわけですし、お願いしますよ」



 国の認定傭兵団の証である"銀盾の徽章"で身分を証明したわけだが、いまだにこのありさまだ。

 まさか村に入る前から壁にぶち当たるとは。幸先が悪い。



「本当に申し訳ありません傭兵団の皆様。今は誰も村の中に通すな、と村長から命じられておりまして」

「盗賊団ルプスレギオの連中を警戒しているからですか? ということは、この村にも噂は流れてきているようですね」

「ええ、そうです。村長はかなり神経質になっておられるようで」



 物腰が柔らかくて人の良さそうな青年が、困った顔で何度も俺に頭を下げる。

 いや、ちょっと待ってくれ。そんな対応されると、なんか俺の方が悪者みたいな雰囲気になっちまうじゃねぇか。



「気持ちはわからなくないですけど、俺たちは正規の傭兵団ですよ。俺たちが盗賊団に見えます?」

「あはは。それもそうですね。なら、こうしましょうか。あなた方の武器を、一度全て預けていただいて――」

「ねぇ。アンタたちに一つ訊きたいことがあるんだけど」



 と、ここまで俺の少し斜め後ろに立ち、腕を組んで沈黙を守っていたコノエが会話に入ってくる。

 お願いだから穏やかに頼むぞ。お前はやけに喧嘩っ早いところがあるから。



「? はい、なんでしょうか。可愛いお嬢さん?」



 見るからに高圧的な幼女の問いかけにも、優しく笑みを浮かべながら対応してくれる青年。

 なんかすまん。うちのコノエはこういう奴なんだわ。決して悪い精霊ではないのだが。



「アンタたちさ、どうしてそんなに血の臭いが全身に染み付いてんの?」



 コノエがそう言った瞬間、この場の空気が変わったような気がした。

 言葉では表現しづらいが、空気が重くなって張り詰めたような。そんな感じだ。



「……あっはははは! 君はとても鼻がいいんだね」



 青年は不意をつかれたように言葉を失っていたが、すぐに我に返って楽しそうに笑いだす。



「それはおそらく、今朝早く狩った魔物たちのものだね。定期的に僕たち自警団で、村や田畑に寄って来る魔物は討伐しているんだよ」

「ハッ! 今朝早く狩った魔物の血ですって? アタシの嗅覚を舐めるんじゃないわよ」



 彼の答えを聞いたコノエは、鼻で笑ってから嫌らしく口の端を吊り上げる。

 青年をはじめ自警団の面々が、その様子をゾッとするほど静かに見守っていた。



「特にアンタ、この混ざり合った濃厚な血の臭い。日常的に殺しをしていなきゃ染み付くはずがないのよ」



 コノエは獰猛な獣のように笑みを深めて、挑発するように全身の霊力を高めていく。

 ボッ、ボッ、ボッ、と。いくつもの蒼い火の玉が何もない空間から現れた。浮遊する火の玉はコノエを守るように囲んで揺らめいている。



「しかもアンタさぁ、魔物だけじゃなく人間も数えきれないぐらい殺しているわよね。誤魔化しきれるとでも思った? ねぇ」



 張り詰めた空気が一気に壊れる音が聞こえた。

 コノエのすぐ後ろにいた自警団員が、無言で剣を上段に構えて斬りかかる。



「いきなり何すんのよ。礼儀がなっていないわね」



 しかし、その剣がコノエに届くことはなかった。

 コノエから腹部に強烈な蹴り撃をくらった自警団員は、地面に何度も叩きつけられながら勢いよく転がっていく。


 街道脇の木に衝突したことでようやく身体は止まったが、無残にも傷口は破裂したように深く抉られており、それきりもう動くことはなかった。


 見る者によっては、何が起きたのかわからなかっただろう。

 瞬きをする間もない、刹那の攻防だった。



「あらら、悪いわね。アンタが驚かすから本気で蹴っちゃったわ」



 ヒュッと風を切り裂くように脚を振って、コノエはこびり付いた赤い鮮血を払う。

 これが開戦のきっかけとなって、激しい乱戦へと突入した。

 奴らはアイコンタクトで瞬時に四方向に散らばると、流れるように襲いかかってくる。


 無駄のない動きに、統率のとれた連携。

 どうやらこいつらは嘘をついていたようだ。動きが自警団のそれではない。

 俺の目には、ティエーリ支部の騎士団連中よりも明らかに練度が上に見えた。



「ガーネット! アンタはウチのお荷物――じゃなかった団長を守ってなさいっ!」



 コノエは斧を振りかぶった大男に飛びかかり、そいつの首を握り潰しながら姐さんに叫ぶ。



「言われずともそのつもりだ。任せておけ!」

「おいコノエふざけんな! 今お前、俺のことお荷物・・・って言ったな! 言ったよな!」



 しかし、そこはさすがに守護社アマゾニアスを率いる総隊長さんだ。

 姐さんはすでに俺の前に移動してきており、

 眼前に使い込まれた長槍――緋槍カルディアを構えている。


 もちろん俺だって、ただ立ち尽くしているだけじゃない。

 体勢を低くして周囲を警戒しつつ、腰に下げたガラティーンの柄に右手をかけておく。



「姐さん悪いな。恩に着る」

「気にするなよガウェイン。悔しいが、あのちんちくりんな姿でもコノエとハクの方がオレより強い」



 姐さんはくつくつと楽しそうに笑いながら、俺からあまり離れぬように熾烈な命の奪い合いを繰り広げていた。

 その激しさゆえに、視界の端々にいくつもの火花が明滅する。

 これは下手に動かない方がよさそうだ。姐さんの迷惑になりかねない。



「まぁでも、死ぬまでには一度くらいあの憎たらしいコノエに手合わせで参ったと言わせてやるさ!」



 そう言って、姐さんは挑戦的な笑みを浮かべる。研ぎ澄まされた力のある眼差しはコノエにも劣っていない。

 負けず嫌いな姐さんのことだ、内心すごく悔しがっていることだろう。



「あはははっ! 気が利くじゃないかガーネット。ガウェインのことは頼んだよ!」 



 俺の無事を確認したコノエは次に、複数人を相手に一人で立ち回っているハクに視線を送る。

 それにつられて、俺もハクがいる方に顔を向ける。

 あいつ俺たちからだいぶ離れたところで戦ってるな。



「ハクってば相変わらず健気ねぇ。あの子にとっちゃ、ガウェインの安全が最優先。その優しさを少しはアタシにも向けて欲しいわ」



 おそらくハクは、俺からできるだけ奴らを遠ざけるためにそうしているのだろう。

 やはり我が家のケモ耳幼女たちは二人とも頼りになる。なんか俺一人だけ足を引っ張ってすまん。



「んん? 寝起きだからかしら。ちょっとぎこちないわね」



 コノエの言う通り、ハクはまだ眠たいのか、いつもより動きが少し悪い。

 だが、それでも武装した連中を圧倒していた。心配するほどではないだろう。



「おーいハク! 一人でも多く狩った方がガウェインの撫で撫でだ! いいなっ!」


「だんちょの、撫で撫で……!」



 それを聞いたハクは虎耳をピクピクッとさせる。

 俺のいるところからだと表情はわからないが、その小さな背中からは抑えきれないやる気がほとばしっている。見るからに動きが良くなった。



「うっし。それじゃ、アタシもハクに負けないように始めましょうかねっ♪ 少しは楽しめそうな奴もいるようだし面白くなってきたわ」



 コノエはニヒヒッと無邪気に笑いながら、何もない虚空から剣身の蒼黒い大剣を引き抜く。

 この武器はコノエの愛用している聖剣で、名を『悪鬼羅刹あっきらせつ』というそうだ。


 コノエの話によると、大精霊のさらに上の存在である〝神〟をも殺す豪剣らしい。

 ただこの大剣、なかなかのじゃじゃ馬で、自らにふさわしい主人を選ぶ。

 本当に聖剣なのか疑わしい。実は魔剣だったりしない? それ。



「さぁ、出番よ悪鬼羅刹っ! 好きなだけ食べていいから力を貸しなさい!」



 どこか邪悪さを感じる笑みを浮かべながら、両手でしっかり握りしめた大剣へと叫んだ。



「遠慮はいらないわ。今日は初っ端からそこそこ全開でるわよ」



 悪鬼羅刹はその言葉に呼応するように、剣身をさらに蒼黒く煌めかせる。

 ドクンッ、ドクンッ! と脈動を始めたそれは、まるで生きているように見えた。

 悪鬼羅刹という聖剣は、コノエの莫大な霊力を糧に真の力を発揮する。



「おや、防がれてしまった。なかなかやるね、可愛いお嬢さん」

「……へぇ。アンタ、やっぱり楽しめそうだわ。他の有象無象共とは質が違う」



 俺が瞬きをして再び瞼を開けると、コノエと青年は互いの武器と武器を合わせて激しく押し合っていた。

 コノエの禍々しい霊力を纏った大剣と、青年の対になった二本の短剣がぶつかり合い、甲高い金属音を奏でている。



「わかるかい? そうだよ、僕は君の言う有象無象共よりはだいぶ強い。一緒にしてもらっては困るね」



 こいつはやばい。俺の中の本能が警鐘を鳴らしている。

 見た目こそ初めて会った時と同じ優しげな笑みを湛えているが、全身からは隠しきれぬ殺意が漏れ出ていた。



「ふーん。ま、そんなことはどうでもいいわ。それよりさ、暑っ苦しいからそろそろ離れてくんない? どうせこのまま頑張ったってアタシは殺せないわよ」



 紅い瞳をギラリと光らせて、コノエは鋭い牙をチラつかせながら悪態をつく。

 青年は何を思ったのか、殺すつもりで振り下ろしたはずの短剣を収めると、軽快なバックステップで一気にその場から離脱する。

 そして、狂ったようにひとしきり笑うと、声を弾ませてこう言った。



「いいね! いい! 壊しがいがある子は大好きだ! あぁ楽しみだよ。君は死ぬ間際、どんな美しい声を聞かせてくれるのかな?」




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