REQUEST13 金狐の力

「喰い殺せッ! 【羅刹一閃らせついっせん】!」


 

 コノエが大剣を力強く横薙ぎに振るった。膨大な霊力は極光の斬撃となり、凄まじい勢いで青年へと迫る。

 青年はこれを短剣で防ぐのは無理だと判断したのか、瞬時に地面を強く蹴って跳び退った。まだまだ余裕があるのか、薄らと笑みを浮かべている。



「甘すぎるわねっ! そんなんじゃ、アタシの【羅刹一閃】からは逃げられないんだから!」



 コノエの叫びに呼応するかの如く、黒き光の斬撃は生きているように進行方向を変えると、距離を取ろうとしている青年をしつこく追尾する。



「あはっ! いつまで避け続けられるかしらね!!」



 無言で逃げ続ける青年を妖しい笑みで眺めていたコノエは、悪鬼羅刹を足元に突き立てた。

 そして四つん這いの体勢になり、左右の掌を地面に強く叩きつける。



「××××××!!」



 言葉にならない咆哮と共に、霊力を強引に圧縮したドス黒い光の球体を、大きく開いた口の前に生み出した。

 霊力の光球はしばらく不穏な音を上げて空間を歪ませていたが、丸く形が安定したのを合図に、コノエはそれを青年へ向けて解き放つ。



「――ッ、」



 後ろから迫りくる斬撃と霊力光球に挟み込まれるようになり、青年は顔色を変える暇もなく黒い光の奔流に呑まれた。

 衝突した二つの膨大なエネルギーたちは互いに反応し合い、行く当てを求めて天に届きそうなドス黒い光の柱を立てる。



「まだまだ行くわよっ! 奴を消し飛ばせ、アタシの可愛い子どもたち! 【狐火演舞フレイム・ウォールツ】!!」



 しかも追い討ちをかけるように、コノエの周りに浮遊していた蒼い火の玉が号令によって全弾斉射される。

 俺はここが戦場だということも忘れて、その圧倒的な迫力に思わず目を奪われてしまった。

 大精霊である金狐の悪魔のような高笑いが響き渡る。



「相変わらずお前のところの女狐は容赦がないな。オレの出る幕はなさそうだ。いささか悔いは残るが……これで仇は取れる。よしとしよう」

「ん?」



 姐さんの声で現実へと意識を戻された俺は、前を向いたまま辺りを警戒している背中を見る。



(今、これで仇は取れるって言ったか? なんのことだ?)



 姐さんの呟きが少し気になったが、独り言っぽかったので聞こえないフリをした。



「そうだね。しかも、あれでまだ本気じゃないってところがもう半端ないよね」



 傭兵という仕事を続けている以上、俺たちはそれなりに命の危険を感じたことがある。

 だが、それでもコノエの本気は見たことがない。五年近く一緒にいる俺でさえ、な。

 俺にとっては死にそうな状況も、コノエにとってみればそうではないということだ。

 あいつはいつも笑いながら、そして楽しそうに、俺を窮地から助け出してくれていた。



「姐さん、これは流石に勝負あったじゃないか?」

「油断はならんぞ。だがまぁ、人間があの直撃を受けて軽傷ということはあるまい」



 凄まじい霊力が渦巻く中心に視線を送りながら、すでに俺はこれからどうするかを考えていた。コノエの勝利を確信しているからだ。

 姐さんは油断するなと言うが、十中八九あいつの肉体は原形をとどめていないだろう。


 さてと、まずは姐さんが倒した中で息のある奴を見つけて、詳しい情報を聞き出さないといけないな。

 俺は肩に入れていた力を幾分か緩めて、現在の状況を確かめるために離れた場所で戦うハクの方へ顔を向ける。


 ハクの前に立ち塞がるのは、荒々しく両手剣を振り回す男が一人と、その後方で魔法杖を持った女が一人。

 足元にはすでに多くの自称自警団員が氷漬けにされて倒れており、順調にハクが数を減らしているのが一目でわかった。


 氷属性の上位魔術【女神の氷涙デア・グラキエース・ラクリマ】を唱えたのだろう。

 だいぶ距離がある俺のところにも、風に乗って凍てつく冷気が流れてきている。

 ハクの方も大丈夫そうだな。それなら俺は自分にできることをやろう。



「姐さん。ハクの方もあらかた片付いたみたいだし、俺たちはまだ息のある奴を見つけて――」

「アッハハハ! 世界は広いなぁ! こんな可愛いお嬢さんが、これほどの力を持っているとはね!」



 俺の言葉を掻き消すように、聞こえるはずのない奴の声が耳に届く。

 おいおい嘘だろ? あの直撃を受けてまだ立ち上がれるのか? 俺がほんの少しだけ目を離した隙に何が起きたってんだよ……。



「へぇ……? 思ったよりもやるじゃない」



 コノエは地面に突き刺していた悪鬼羅刹を引き抜き、もう一度ゆっくりと正眼に構える。

 その口ぶりから察するに、コノエも奴が再び立ち上がるとは思っていなかったようだ。



「ああ、今のは気持ち良かったなぁ。これほどの痛みを感じたのは久しぶりだよ」



 懐から取り出した治癒結晶とみられる翡翠色の塊を右手に掴むと、青年は「メーデイア=【聖者の祈癒レフェクティオ・ケルサス】」と呟く。


 たちまち結晶は輝きを放ち始め、青年の全身にある痛々しい傷をあっという間に治していく。


 治癒結晶にはあらかじめ治癒魔術が封印されており、『メーデイア』という解放呪言のあとに魔術名を唱えることによって、誰でも魔術を使用できるという仕組みになっていた。


 ただ、この魔結晶には魔術師たちが一つ一つに治癒魔術を封印しているため、市場で出回る数もそれほど多くなく、単価がとても高い。



「気に入ったよ、可愛いお嬢さん。気が変わった。君は僕のコレクションに加えてあげよう。歓迎するよ」



 傷が消えた青年は右手をコノエの方に伸ばし、白い歯を見せながら底気味悪い台詞を吐く。

 僕のコレクションて……お前、正気か? 誰にものを言ってると思ってんだよ。相手は血気盛んな鬼畜精――大精霊様だぞ。



「は? コレクションに加えてあげよう、だって?」

「うん、死ぬまでずっと可愛がってあげるよ。あ、でも君だけに構ってあげることはできないから、そこは少し我慢してね。他のコレクションたちも放って置けないからさ」



 あとその上から目線はやめておけ。それは確実にコノエの反感を買うだけだ。



「何様よアンタ。てかキモいんですけど」

「手厳しいなぁ。でも、いずれ君も僕の虜になるさ。そんな男の傍にいるより、僕のもとに来る方が君も幸せだと思うけど」

「……もういい。黙れ。お前は不愉快だ。死ね。ただただ死んでゆけ」



 コノエは血も凍りそうな声で片眉を跳ね上げる。

 ほら見ろ。機嫌を損ねちまったじゃねーか。

 でも急にキレたな。まさか俺のことを悪く言われたからか? だとしたらありがとう。俺の変わりに怒ってくれて嬉しいぞ。



「あらら、怒らせちゃった? 僕、何か気に障るようなこと言っ――」

「黙れと言っている」



 青年の声はそこで不自然に途切れる。

 顔面を狙ったコノエの強烈な蹴り撃によって、最後まで言葉にすることができなかったのだ。



「チッ。まったく足癖の悪いお嬢さんだよ」



 蹴り飛ばされて地面を転がっていくが、青年はすぐさま体勢を立て直す。



「お仕置きが必要だね!」



 そして、両手に持った短剣を逆手に握りかえると、狂ったような笑い声を上げて走り出した。

 コノエに蹴られた青年の側頭部は、それほど重傷ではなさそうだ。薄ら血が滲んだ小さな裂傷しか見えない。

 おそらく咄嗟に自分から後方へ跳躍して、蹴りの威力を軽減したのだろう。おそろしい男だ。



「しぶとい奴め」



 コノエは憎悪に満ちた紅玉の双眸で青年を睨み、腰を落として両脚にグッと力を込める。

 静止すること数秒ほど。コノエが目にも止まらぬ速さで飛び出した。


 気味の悪い笑みを浮かべている青年に剣先を向けて、一直線に前へ前へと地を駆ける。

 そこから激しい剣技の応酬が始まった。

 凄まじい速度で斬り合う二人の動きを目で追うのは、なかなかに難しい。



「あの男、伊達に盗賊団ルプレギオの幹部ではないということか。笑いながらコノエの動きについていっている。忌々しい」



 俺の数歩前に立ち、険しい顔で長槍を構えている姐さんが小声で言う。

 おっ、姐さんもあいつの動きを追えてるのか。流石に目が良いな。

 でもそれより、今ちょっと聞き捨てならない単語が出てきた。



「その口ぶりだと、姐さんはあいつのこと知っているみたいだな。盗賊団ルプスレギオの幹部だって?」

「ああ、そうだ。間違いないだろう」



 やはりこいつらはルプスレギオの連中だったか。噂は本当だったようだ。

 マヤちゃんの親御さんが帰ってこない原因に、この盗賊団が関わっている確率が高くなった。

 俺が考えていた可能性の中で最悪な状況かもしれない。頭の中を嫌な映像が駆け巡る。



「もっとも、顔までは知らなかったから最初は気付けなかったがな」



 ここからでも姐さんが眉間にしわを寄せているのがわかる。

 何かあの男に、個人的に思うところがあるのだろうか。



「派手な紫紺の髪に、対となる二振りの短剣……間違いない。あいつは盗賊団ルプスレギオのオスヴァルト・フォルミーカだ」



 ギリリッ! と姐さんの歯を食いしばる音が聞こえる。



「あいつと過去に何かあったのか? 姐さん」



 俺は普段、こういう他人の内面に踏み込むようなことはしないように心掛けている。

 だが、この時ばかりは訊かずにいられなかった。

 姐さんがここまでの怒りを俺に見せるのは、出会ってから初めてのことだったからだ。


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