REQUEST11 竜車に乗って

 大空を覆っている雲の切れ間から、日の光が階段のように大地に降り注いでいるのが見えた。

 朝から続く曇り空のせいでずっと陰鬱だった気分が、少しだけ晴れた気がする。



「ねぇガウェイン。まずはアタシたち、マヤの両親がお見舞いに向かったっていう村に行くのよね?」



 車窓の真ん前に陣取って腰を下ろしていたコノエが、ふと流れていく景色から視線を外して俺に訊いてきた。

 現在、俺たちは同じく傭兵業を営んでいる守護社アマゾニアスから借りた竜車に乗って移動をしている。

 心地の良い涼やかな風が頬を撫で、新鮮な森の――緑の匂いが肺を満たす。


 しかし、竜に出せる最高速度で車を引いてもらっているため、乗り心地はあまりいいとはいえない。

 上に下に、右に左に、揺れる揺れる。

 だが、それでも今は一刻も早く、マヤちゃんの親御さんを見つけ出すことが重要だ。

 乗り心地のことなんて言っている場合じゃない。



「ああ、そうだ。とりあえず豊饒ほうじょうの村ルーフェに向かう。ご両親の足取りをたどりながら少しずつ情報を集めないとな。ただ、」



 二週間ほど前、ティエーリのとある酒場で傭兵団の代表が集まった時、最近この町で広まっているというよくない噂話を耳にした。

 集まった酒場では、ティエーリで活動する傭兵団同士で定期的に情報交換をするため、一月に一回ほどの頻度で飲み会的なものが催されている。


 おっと、話しを戻そうか。

 まぁ簡単に言ってしまうと、そのよくない噂話というのが今回の依頼と関係している可能性があるのだ。



「ただ、何よ?」



 コノエは歯切れの悪い俺の顔を軽く睨んで、その先を促すように言葉を投げかけてきた。


「今回の件な、このところ何かと話題の"盗賊団ルプスレギオ"が関わっている可能性が高い」

「話題の? なんなのそいつら」



 可愛らしく小首を傾げる大精霊様。その反応から察するに、どうやらご存知ないようだ。

 けれども、コノエがその名を知らないのも無理はない。


 こいつは良くも悪くも、あまり世間で起きていることに興味がないのだ。

 千年以上も生きている大精霊の立場から見ると、いちいち気にするのも面倒なんだろう。

 寿命があまり長くない俺たち人間族とは、一年一年の重みや価値観が違う。



「こないだ姐さんに聞いたんだよ、情報交換の場でな」

「あー、傭兵団の団長を集めた飲み会ね」

「飲み会言うな。まあともかく、どうやらその盗賊団の奴らがティエーリの近くに潜伏してんじゃないかって話があんの」



 盗賊団ルプスレギオ――こいつらはここ数年で一気に知名度を上げた盗賊団だ。

 厄介なことにこいつらは義賊と自称しており、自分たちのしている行為が正しいと本気で思っている。こういう連中はある意味、根っからの悪党よりタチが悪い。


 しかも、奴らの構成員のほとんどは東の亡国エギレンの元騎士団員で、平均的に高い戦闘力を有している。まぁ、これは全て姐さんから聞いた話だけどさ。

 身勝手な正義を振りかざし、何をやるかわからない連中には、死ぬまで関わりたくないと考えていた。

 だが、こうなってしまったのなら仕方がない。マヤちゃんのためにも奴らをぶっ潰す。



「そいつらは危ない連中なの?」



 コノエは腕を組んで小さく唸ってから、険しい顔で俺に訊いてくる。

 おそらく最悪の状況を考えているのだろう。ひょっとしたら、マヤちゃんの親御さんはもう……いや、やめておこう。



「頭のネジがぶっ飛んでるのは間違いない。でも俺たちはマヤちゃんと約束したんだ。必ずお母さんとお父さんを連れて戻るってな。そうだろ?」



 マヤちゃんは今、この竜車には同乗していない。

 ルルフィと一緒にグラディウス傭兵団の事務所でお留守番だ。


 もちろん彼女たち二人だけだと不安なので、この竜車を借りるついでに、心強い人たちに護衛をお願いしてある。


 今頃、守護社アマゾニアスの何人かが、すでに俺たちの事務所の中でルルフィたちを守ってくれているはずだ。

 少し護衛の料金は高くついたが、精鋭の戦士をよこしてくれた。安心していいだろう。



「そう、ね。約束したわ」



 重苦しい声でそう言うと、いつになく真剣な顔で頷く。

 コノエがこんな顔をするのは珍しい。



「うっし。じゃあこの話はいったん終了! とりあえず今はもしもの時に備えて、しっかりと体を休めといてくれ。お前は大事な戦力だからな」



 目の前であぐらをかいているコノエの両頬をつまんで、ビヨ~ンと引っ張ってやった。

 コノエは呆気に取られて固まっていたが、俺がその柔らかい頬で遊んでいると我に返って、



ふぉれはわはったけほそれはわかったけどふぁにふんのよなにすんのよ!」



 尖った八重歯を見せながら、紅い瞳をギラリと光らせる。



「痛ってぇ!? お前いくらなんでも噛むこたぁねーだろ?」



 コノエだって本気だったわけではないが、それでも噛まれたとこは赤くなって歯形がついていた。

 手加減するのなら、もう少し甘噛み的な感じでお願いしたい。



「アンタの自業自得よっ。このバカガウェイン」



 そう言い捨てて、「フンッ」と顔を背ける狐耳幼女。

 コノエは抱いている感情を俺に悟られないように、動きたそうな尻尾をぎゅっと両手で捕まえている。


 はっはっは、隠したって無駄だぜ。ほっぺたをムニムニされて悪い気はしなかったんだろ?



「まだルーフェに着くまで一時間ぐらいはかかるんだからよ。今っから険しい顔してなくてもいいだろってことだ」

「そうね。アタシ、少し焦ってたみたい」



 まるで悪巧みをしているような顔で、俺たちはお互いに声を出して笑い合う。

 今から変に気を張り詰めていても良いことはない。

 これぐらいリラックスしている方が、精神的にも肉体的にも楽ってもんだ。



「に、してもよ。いくらなんでもアンタは寛ぎすぎじゃないの? ハク」



 あぐらを崩したコノエは四つん這いになって近づいて来ると、俺の肩に寄りかかって眠っているハクに指でちょっかいをだす。

 見ての通り、今日の移動は白虎であるハクに頼んでいない。ルーフェには竜車でもかなり早く到着できるしな。


 それに、今回は盗賊団ルプスレギオとの戦闘は避けられないだろうし、ハクには貴重な戦力として体力を温存してもらいたかったのだ。



「ほれほれっ。ほーら、これならどうよ」



 遠慮のないつっつきに「うぅ」と眉をしかめるハクを見て、コノエは楽しそうにニシシと笑う。



「やめろってコノエ。こんな気持ちよさそうに眠っているのにかわいそうだろ? あんまり指でつついてやるな」

「何すんのよっ。アタシの楽しみを奪おうってのっ?」



 コノエの腕を掴んでやんわりハクから遠ざけると、今度は俺に標的を変えて絡んでくる。

 俺の頬なんてつっついたところで面白くないだろうにな。


 これでようやく、いつも通りのコノエに戻ったと思えば良いことだが、さっきまでの余裕がない感じの方が静かだし大人しいしで楽だった。



「なぁ、お前ら。後ろでイチャつかれると、あまり良い気分はしないんだが? というか、お前らのどっちか一人は隣にこい。そしてオレの話し相手になれ」



 涼やかな風に、肩まである少し青色がかった炎髪をなびかせて。

 彼女は竜車の御者台で手綱を持ちながら、前を向いたまま後ろの席に座る俺たちに声をかけてきた。

 苛立ちを隠そうともしないあたりが、ガーネットの姐さんらしいなと、俺は心の中だけで小さく笑う。



「いやいや姐さん。イチャついてなんかいませんて。コノエが一人で騒いでただけなんだからさ」

「そんな言い訳は聞かん。オレがイチャついていたと感じれば、すなわちイチャついているということだ」



 このちょっと口が悪い御者さんの名は、ガーネット・アマゾニアス。

 俺が普段、姐さんと呼んで慕っている傭兵業界の先輩だ。


 姐さんは接近戦を得意とする戦士なので、少しばかり全体的に筋肉質ではあるが、出るとこも出ていてスタイルは良い。特に腹筋の美しさは芸術的だと思う。



「なんだ? この歳にもなって、いまだ独り身であるオレへのあてつけか? あぁん?」



 ただ男勝りな性格が災いして、三十歳が間近に迫っている現在でも独身街道を突っ走っている。

 ここだけの話、これでもう少し性格が穏やかだったなら、惚れていたかもしれない。


 このリオデルク共和国で、一般的な結婚適齢期は十八~二十代前半。

 弟のように可愛がってもらっている俺の立場からすると、姐さんの将来が少し……いやかなり不安だ。



「はぁ? 御者の分際で偉そうに。アンタはただ黙って、目的地まで自分の仕事をしとけばいいのよ」



 俺を含め、コノエとハクも御者役ができないので、姐さんには代わりに手綱を握ってもらっている。


 本来、一流の傭兵である姐さんを雇うとなると高額な指名料が発生するが、ダメもとで〝一生のお願い〟を使ったら無料・・で引き受けてくれた。ありがてぇ。

 にしてもコノエ、どうしてお前はそんな喧嘩腰なんだよ。 



「ほう? 面白いことを言うな。この性悪女狐め」

「あ゛ぁっ? 今なんつったよ。アラサーの売れ残り女が」



 二人の会話でわかる通り、ガーネットの姐さんはコノエの正体を知っている。もちろんハクが幻獣族の白虎だってこともな。

 あれは確か、ハクが仲間になってからすぐのことだった。

 コノエの軽率な行動で、隠していた真の姿が姐さんに露見してしまったのだが、姐さんはいまだにこのことを誰にも言わないでくれている。


 これこそが、高い金額を支払ってでも姐さんにお願いした理由だった。

 こうすることで、いざという時にコノエとハクが本来の姿に戻って戦うことになっても問題はないのである。

 しかも姐さんは、一人の傭兵としてもかなり心強い。

 このリオデルク共和国の中で、姐さんに一騎討ちで勝てる人物は限られてくる。


 それほど人間族としては優秀な戦士――槍術士だった。

 幼女体型のままでも、十二分に戦えるコノエとハクではある。

 だが、それこそ紅炎龍クラスの強敵が現れた場合、この姿のままでは厳しいのも事実なのだ。



「はぁ……。コノエ、お前はいい加減にしろ。一時的とはいえ、行動を共にする姐さんに喧嘩売ってどうすんだよ」


 この二人は最初からそうだった。何故か、会うたび会うたび言い合いになることが多い。

 かと言って仲が悪いのかと思いきや、姐さんのところかうちの事務所で一緒に晩酌していたりもする。なんだよ、実は仲良いんじゃねぇかって思うよな。

 戦友とか悪友って感じなのかね? 俺にはよくわからん関係だ。



「うん、姐さんはとりあえず御者台に戻ろうか。疾竜たちが戸惑ってるし、何より危ないからね」



 と、そんなことを考えながらも、手綱を投げ捨ててこっちに来た姐さんを御者台に戻す。

 この人は何を考えているのだろうか。そういうことは心臓に悪いのでやめていただきたい。



「うし、わかった。そんじゃあコノエ。俺が姐さんの隣に座っから、お前は寝ているハクを見ていてく――」

「あっ、いいわよいいわよ。アタシがガーネットの話し相手になってやるわ。ほらっ、アンタは戻って引き続きハクの枕にでもなってなさい」



 俺の提案を遮ったコノエは、気がついたらもう姐さんの隣に腰を下ろしていた。



「むっ、女狐が話し相手か」



 豪快に「どっこいしょ」と隣へ座りこんだコノエを見て、姐さんはわかりやすく眉をひそめる。



「な に よ。アタシじゃ不満だっての?」

「いや、別にそういうわけではない。まぁ、考えようによってはあれだ。口うるさいお前が隣にいれば、眠気の心配はいらないだろうしな」

「いちいち癇に障る言い方するわよねアンタは。……こんの露出趣味の無駄乳女」

「いいだろう決闘だ! 今すぐ竜車から降りろ。オレがその首をぶった斬ってやる!」

「ハッ! やれるもんならやってみろやこの劣等種族が!」



 売り言葉に買い言葉。耳が痛くなるような罵詈雑言が飛び交う。

 前言撤回。やっぱりコノエと姐さんは水と油の関係だ。

 俺はもうこの二人の醜い言い争いを鎮める気も起きず、両耳に指を突っ込んでハクの隣に座る。


 そして、終わりそうにない口喧嘩を子守唄に、なんか色々と嫌になって静かに瞼を閉じた。

 あぁ、早くルーフェに着かねぇかなぁー。

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