REQUEST8 小さな依頼者―1

 とある週末の一日。

 世間的に今日は休日と広く認知されている天の曜だ。

 明日からはまた月の曜へと循環し、新たな週がはじまっていく。



「世間は休日だってーのに、傭兵団も楽じゃねぇな。依頼があったら休みだなんだと言ってられんし」



 ポケットから取り出した懐中時計を見ると、時刻は正午を少し過ぎていた。

 ふと空を見上げてみれば、低く垂れ込めた灰色の雲が広がっている。


 今日は朝からずっとこんな調子だった。

 うん。こりゃダメだ。いまいちテンションが上がらない。



「はぁ。それにしてもすっきりしねぇ天気だ。ま、こんな日は家でゆっくりしよう。今日は仕事も早く終わったしな」



 再び視線を足元へと戻した俺は、裏路地をゆーっくり歩いていく。


 途中、すれ違いざまで顔馴染みの子どもたちに尻を触られるが、いちいちそんなことであの子らを怒るようなことはしない。いつものことだからな。



「今夜の夕飯はローテーション的に魚か。今日こそはハクに横取りされないようにしないとな。たまには俺だって魚を食いたいし。つかその前に昼飯だよな。あとでルルフィに作ってもらお」



 それから歩き続けることしばらく。

 気分よく鼻歌を奏でているうちに、グラディウス傭兵団の事務所に到着した。


 ちなみに、今は珍しく俺一人だけだ。

 本日の依頼はコノエとハクに任せて、一足先に帰ってきたのである。

 俺の仕事は最初だけ顔を出して依頼主に挨拶することだったのだ。


 え? サボるなって? いやいや、そういうわけじゃないっての。

 まぁ、あれだよ。今回の依頼は俺がいてもあいつらの邪魔になっちゃうからさ。



「団長。帰ってきたらまず、何を言うんでしたっけ?」



 自慢の鼻歌を披露しながら事務所の中へ入ってくると、受付カウンターに座って本を読んでいたルルフィの視線につかまる。



「ん? ああ、ごめんごめん。愛しの義妹いもうとが綺麗すぎて見惚れてた。ただいま、ルルフィ」

「また適当なことを」



 盛大にため息をついたルルフィは、本を閉じると席を立って事務所の奥へ歩いてった。

 俺はそれを見送ったあと、とりあえず来客用(普段は俺の定位置)ソファの前に移動して。

 鞘に収まった黒剣ガラティーンを剣帯ごと腰から外すと、崩れ落ちるように腰を下ろす。



「おかえりなさい団長。これをどうぞ」

「おう、いつもありがとう。ルルフィの淹れてくれる紅茶は最高だから楽しみだ」



 湯気が揺らめき立つ白いティーカップとソーサーを受け取ると、まずは顔を近づけて香りを楽しんだ。

 おお、甘い花のような香りが鼻腔をくすぐる。この匂い、フラワレイディだな。



「ん? 電話か」



 ジリリリリッ!! と。

 どことなく優しい雰囲気が漂うこの空間を切り裂くように。

 ルルフィの執務机の上にある黒い魔術式電話が、けたたましく鳴り響いた。



「私が出ますよ、団長」

「おう、ありがとな」



 受話器を取ったルルフィに小声で感謝を伝えれば、彼女はにっこりと笑みを返してくれる。

 俺も笑みを返してから、電話の邪魔をしないよう音を立てずにソファへ戻り、そっと腰を下ろした。







 ルルフィが電話を終えたあとすぐに、新しい依頼でも入ったのかと思い尋ねてみる。

 すると、近所にある青果店の店主リーリンさんからの電話だということがわかった。


 彼女は店じまいを終えたら、売れ残った野菜と果物を持ってきてくれるらしい。

 ルルフィのコミュニケーション能力半端ない。いつの間にか近所の人たちと仲良くなってるし。



「ところで団長、コノエさんとハクさんはまだ仕事中ですか?」



 今は特に来客もないので、雑談を交わしながら二人で紅茶を楽しんでいる。

 傭兵団という存在はこのティエーリにグラディウス傭兵団だけではないので、ひっきりなしに依頼が舞い込んでくるというわけでもない。

 それに俺たちなんかは四人という小規模な傭兵団だから、ぶっちゃけ依頼が入りすぎても困るのだ。



「ああ。今頃あいつらは楽しそうに町中を駆け回っているはずだよ。依頼主さんから見れば、あまり良い気はしないだろうがな」



 二人が楽しみながらも一生懸命にやっている仕事は、依頼主さんと散歩中にはぐれてしまったという迷い犬の大捜索。

 このような依頼はうちの傭兵団では割と多い。


 今回のように見つけ出す対象が犬などの動物だったり、あるいは町の中で迷子になった子どもであったり、紛失した物をさがしてくれという場合もある。


 これらは他の傭兵団ではかねにならないからと断りがちだが、グラディウス傭兵団は違う。俺たちは"どんな小さな依頼でも断らない"を信条にしているからな。



「あまり神経質にならない方がよいのでは? 依頼主の方も、早く見つけてもらった方が喜びますよ」

「そっか。まぁ、そうだよな」



 こっちに顔を向けながら、「ええ」とルルフィが微笑む。



「そういや、いつからこうなったんだっけか」



 きっかけはなんだったのか。今となっちゃよく覚えていない。


"相手よりも早く見つけた方が、ガウェイン(だんちょ)に好きなお菓子を買ってもらえる"


 という俺にとってはあまり嬉しくないルールが、気がついたらできあがっていたのだ。

 最初はお菓子を奢りたくないがために、俺も加わって三つ巴の競争だったのだが、今ではコノエとハクの一騎打ちが基本になっている。

 冷静になってよくよく考えてみたら、本気のあいつらにこの俺が勝てるわけがないのだ。



「おーい、ルルー! ガウェインもう帰ってきてる? ちょっとアイツに相談があるんだけどっ!」



 噂をすればなんとやら。

 勢いよく事務所兼自宅のドアを開けて、コノエが尻尾をフリフリ帰ってきた。

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