REQUEST7 アルゼンタム武器防具店
日が傾き始めたティエーリの町を、俺たちは肩を並べて歩いていた。
「あ゛ぁー、くっそ! 重い上に前が見にくいなぁ! おい!」
武器や防具の製作に必要なワイバーンの牙、爪、皮、竜骨を丈夫な麻袋いっぱいに詰めて。
三人で分担しながら運んでいる最中である。もちろん俺の麻袋が一番重い。
見た目が十歳ほどのこいつらより、軽そうな麻袋を持って町の中は歩けない。
俺にだって男としてのプライドがあるからだ。
そう、たとえ俺が二人よりも圧倒的に非力だとしてもな。
「ガウェインさっきからうるっさい! それでも男か!」
「あだっ! あだだっ! ちょっ、コノエお前、蹴ることないだろ!?」
無事にいつもの狐耳幼女体型に戻ったコノエが、俺の尻を足蹴りにしながら口撃してきた。
つい数時間前までの近寄りがたい神々しさや、震え上がるほどの恐ろしさは全く感じない。
「二人とも、大通りでは恥ずかしいからやめて欲しい。そういうことはせめて、おウチに帰ってから。ね?」
「あっ、はい。すみません」
「はは、は。アタシも悪かったよハク」
冷めた眼差しに、冷たいお声。ハクの言葉には、有無を言わさぬ力が宿っていた。
大通りから外れてしばらく。細い裏路地を進んで十五分ほど過ぎた頃、ようやく我がグラディウス傭兵団の事務所が見えてきた。
「お前ら二人は先に帰っててもいいぞ? この距離なら三袋ぐらい俺だって持っていけるしさ」
両隣を歩くコノエとハクに、俺は目配せをしながら提案する。
麻袋で運んでいるこの素材の調達を依頼してきたルドルフ爺さんの店は、事務所のすぐ隣にあるのだ。
「ん?」
だが、戦闘大好きケモ耳幼女たちは、こいつ何を言ってるんだとばかりに首を振る。
「ああ、そうだった。そうだったよ。お前たちには別の目的があるもんな」
コノエとハクはキリッとした顔で頷く。
何故か二人とも尻尾をブンブン振っていた。
「それに、ルドルフ爺さんも孫を迎えるような気持ちで待ってるだろうし、よく考えたら俺一人で行くわけにはいかねぇわ」
そうこう話をしているうちに、事務所の前を通り過ぎる。
気づいたら[アルゼンタム武器防具店]の前に到着していた。
「よっこいせっと」
持っていた麻袋をいったん地面に置いて、立てつけの悪い引き戸をガラガラと開ける。
「こんちわー。爺さんいるかー?」
店の奥にある鍛冶工房まで聞こえるように、俺は声を張り上げた。
まれに爺さんが店番しないでその部屋にいることもあるからな。
「こんちわぁー! 爺さんいるかぁああー?」
「ええい、聞こえておるわ馬鹿者!」
「なんだ聞こえてんじゃん。返事してくれよ水くさいな」
「入ってきた瞬間に目が合ったのだからわかるじゃろうが!」
確かにばっちり目が合ったのは俺もわかった。
だって店に入った瞬間、ほぼ目の前にいたからね。
おそらく俺たちがくることを、今か今かと待っていたのだろう。
可愛いところあるじゃねぇか。ま、ルドルフ爺さんにとって、コノエとハクは孫のような存在だから仕方ない。
「いや、ごめんね。このやり取りも楽しくてさ」
「ふんっ。まあ、別に付き合ってやらんわけでもないわい」
「おいおい、爺さん。よしてくれよ、こっちが照れるだろ」
というお約束的なやり取りを繰り広げていると、後ろからコノエとハクがジトッとした視線を送ってくる。混ざりたいのだろうか?
「混ざりたくないわよっ! このバカガウェイン!」
「うおっ!? いきなり耳元にきて叫ぶなよ。そして当たり前のように心を読むんじゃねぇ!」
「アンタの顔を見りゃわかんのよ! 何年一緒にいると思ってんの!」
ていッ、やあッ、と俺の腹ばかりを狙って拳を打ち込んでくるコノエ。
こいつとしてはじゃれついてきているつもりだろうが、当たると結構な痛みを感じる威力だから困る。
「ちょ、ちょっと待てってコノエ! おお落ち着こうぜ? な?」
湧き出る冷や汗を背中に感じながら、この暴れん坊幼女を必死に宥めていると、
「ルドルフお爺ちゃん。ハクね、頑張ったよ」
俺とコノエの攻防戦など無視して、ハクはトテテッとルドルフ爺さんに駆け寄っていく。
「おお、ハクちゃん。いつもありがとう。助かっておるよ」
「ううん、気にしないで。お爺ちゃんにはお世話になってるから。それで、その……今日もいつもの、ある?」
「くっくっく、もちろんじゃ。上物を用意しているよ。ちょっと待っててな」
ルドルフ爺さんは悪い顔で口の端を吊り上げると、足早に店の奥の方へと姿を消した。
ハクが言った"いつもの"を取りに向かったのだろう。
「へえ、アンタなかなか腕を上げたじゃないっ!」
ブンブンと左右に激しく揺れる尻尾に、興奮して朱に染まった頬っぺた。
ダメだこの大精霊、完全に楽しんでやがる。
「いいわ! このアタシがとことん付き合ってあげるっ!」
必死に脇をしめて防御を固めている俺に向かって、腰の入った重い拳撃を叩きこんでくる狐耳幼女。
てゆうかコノエ! 今は俺をサンドバッグにして遊んでる場合じゃないだろう!?
お前だって"いつもの"が欲しくて、ルドルフ爺さんのとこまでついてきたんだろぉお!?
「ほれ、ハクちゃん。今日は新しい味に挑戦してみたんじゃ。食べてみておくれ」
「ありがと」
いつの間にかこの場に戻ってきていたルドルフ爺さん。
爺さんは鮮やかな紅色の細長い何かを、瞳をキラキラさせているハクに手渡した。
「とても、綺麗」
これはいわゆる、アイスキャンディと呼ばれるものらしい。
俺の地元やこの城郭都市ティエーリでは見かけないが、爺さんの故郷では老若男女に広く親しまれているそうだ。
もちろん、ハクが握りしめているアイスキャンディは、ルドルフ爺さんの手作りである。
「そうだろう、そうだろう! 今回はブラッドベリーを材料につくってみたんじゃ。甘さは控えめではあるが、爽やかな酸味がたまらんぞ」
「楽しみ。いただきます」
可愛らしい牙を光らせたハクが、大きな口を開けてアイスキャンディを頬張る――
「あーっ! こらハク! なに一人で抜け駆けしようとしてるのよっ。アタシも食べる食べる食べるぅ!」
その寸前で、ついにというか、ようやくというべきか。
コノエが出し抜こうと企んでいたハクに気づく。
「だって、コノちゃんはだんちょとお楽しみしてたから」
ハクはコノエにも聞こえるように、「ちっ」と短く舌を打ち鳴らした。
「アンタ今、舌打ちしたわよねっ!? ふふっ、ふふふっ。いい度胸ねハク。それならどちらが上か! その身体に直接教えてやるんだから!」
「コノちゃんがその気なら仕方がない。なら、ついでに勝った方が今日の夜だんちょと寝る権利を得るってことで」
静かに闘志を燃やしたハクは、尻尾の毛を逆立てているコノエに向かって言う。
これはやばい。二人の尻尾がボワッと太くなった。
「あちゃー。こうなると、ほぼ確実に喧嘩になるんだよなぁ」
あっ。そういえば今日の夜って、コノエがベッドに潜り込んでくる日だったな。
いつからだったか、こいつらは勝手にローテーションを組んで、夜な夜な俺のベッドにくるようになった。
一応説明しておくが、別にいかがわしいことをしているわけではない。
同じベッドの上で一緒に朝まで寝るだけである。健全だ。
「なっ!? ふ、ふふ、ふざけんじゃないわよ! どうしてそんな話になるわけ!? これはもともと、アイスキャンディの」
俺だって最初は断っていたよ? でも、こいつらなかなか言うことを聞かなくてさ。
結局のところ、こっちが色々と面倒になって諦めたってわけだ。抱き心地は良いしな。
あ、そうそう聞いてくれよ。この件で一つ驚いたことがあるんだ。
実はこのローテーションに、あのルルフィも参加しているんだよ。
毎度毎度、顔を真っ赤にしてまで律儀にやってくるんだけど、どうしてなんだろうな。
「負けるのがこわいんだ。コノちゃんは」
虎耳幼女は鼻で笑いながら、わざわざ背伸びをしてコノエを見下ろす。
それでもあまり身長差はできないので、見ているぶんには微笑ましい光景だった。
「な、なぁガウェインよ。そろそろあの子らを止めた方がいいんじゃないのか?」
コノエのアイスキャンディを持ったまま、ルドルフ爺さんはおろおろと俺に助けを求めてくる。
でも悪いな。不甲斐ないけど今のあいつらには関わりたくない。
「ん? どうしたのじゃガウェイン」
不安そうなルドルフ爺さんに、無言のまま爽やかな笑顔を披露して、
「あっ、おい。どういうつもりじゃ! それはコノエちゃんの……」
俺はなんの躊躇いもなく、爺さんの持つアイスキャンディをかっさらう。
「おっ! これすげぇ美味いじゃん。なぁ爺さん、次からは俺にもアイスキャンディつくってくれよ」
この時、俺は確かに全身で感じていた。
血走った眼で俺を睨みつけるコノエの殺気をな。
あっ、これは本気でダメなやつだ。
狐耳幼女が凄まじい形相でこっちに走ってく――
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