REQUEST9 小さな依頼者―2

「ん? お前が俺に相談だって?」



 コノエが相談とはまた珍しいな。

 俺はソファに座ったまま、狐耳幼女に顔を向ける。

 ここで疑問に思うことが一つ。慌ただしく帰ってきたコノエは一人だった。


 ハクはどうしたのか。迷い犬さがしの依頼はどうなったのか。そんなに急いで何を相談したいのか。

 聞きたいことはいくつもある。



「おっ、いたいた! ガウェイン見っけ!」

「おう、見つけられた。んで、そんな急いでどうしたんだ?」

「ちょっとアンタに相談……てかまぁ、助けて欲しいことがあるんだけど」

「助けて欲しいこと? って、ちょっと待て。いったん状況を整理させてくれ。まず依頼はどうした? 終わったのか?」

「それなら安心なさいっ。犬っころはちゃーんと見つけて、もう依頼主に引き渡してきたわよ。もちろん、依頼料も忘れずに口座へ振り込んでって伝えてきたわ。ちなみに、今日の勝者もこのアタシっ!」



 ぶいッとピースサインをしながら、コノエは自慢げな顔を俺に向ける。



「そいつはおめでとうさん。ところでハクはどうしたのよ。まさか勝負に負けて拗ねちまったとか?」

「拗ねる? あっははは! 違う違う。ハクは今――」

「ただいま。あ、だんちょが事務所にいてよかった。……マヤ、怖がらなくても大丈夫。だんちょはちょっと顔はあれだけど優しいから。安心していい」



 事務所の中に入ってきたハクは、コノエが開けっ放しにしていたドアをそっと閉める。

 え。俺って顔怖いの? 確かに初めて会う子どもには、この眼帯のせいでよく怖がられるけど。俺って顔怖いの?



「おかえりハク。そんで、さ」



 これまで静かに事の成り行きを見守っていたルルフィと、俺の視線がハクに――ではなくてその隣に向けられる。



「その女の子はどうしたんだ?」



 淡い翡翠色の髪を左右の高い位置で二つに束ね、両肩にかかる長さまで垂らした少女が俺の目に映っている。

 背丈はハクとコノエとだいたい同じくらいだろうか。

 もちろん見知った顔ではない。目の前にいる女の子と会うのはこれが初めてだ。



「この子の名前はマヤ。帰り道の途中に出会った。マヤ、みんなに挨拶できる?」



 言いつつハクは、手を繋いでいる女の子――マヤちゃんに目配せをする。

 自分に注がれている視線に居心地が悪くなったのだろう。

 短く「うぅ」と声をもらしたその女の子は、不安そうな面持ちでハクの後ろに隠れるように縮こまった。







「事情はわかった。要するに、行方不明になったマヤちゃんの親御さんを俺たち傭兵団で見つけてあげられないか、ということだな?」



 ようやくこの場に慣れてきて落ち着いたマヤちゃんが、目に涙をためながらも必死になって話してくれた。

 マヤちゃんのご両親は四日前にティエーリを出発したっきり、今もまだ帰ってきていないらしい。

 夜には帰るからとマヤちゃんに伝えて出かけたそうなのだが、それきりご両親が帰ってくることはなかったようだ。


 補足すると、ご両親の目的地はこの町から少し離れたルーフェという村だそうで、そこに住むマヤちゃんのお婆さんをお見舞いに向かったとのことだった。どうやらお婆さんは、農作業中に怪我をしてしまったらしい。


 ずっと悲しそうだったマヤちゃんが、唯一お婆さんの話をする時だけ「とっても優しくて、抱きしめられると温かくて、大好きなおばぁちゃんなの!」と嬉しそうに声を弾ませていた。

 こんなにお婆ちゃん子のマヤちゃんを、どうして一人だけ残して行ったのか。普通なら疑問に思っているところだろう。


 自分だけお留守番だった理由は、マヤちゃん本人も聞かされていないらしい。

 けれども俺には、親御さんがこうしなければならなかった理由がなんとなくわかった。

 最近この町で流れている"物騒な噂"を考慮してのことだろう。



「うん。帰ってくる途中に騎士団の詰所の前で泣いているマヤを見つけてね。どうやら騎士団の奴らに最初はお願いしたらしいんだけど、門前払いにされたみたいなのよ」

「事情はだいたい把握した。あいっかわらず、ティエーリの騎士団連中はダメだなー」



 本当なら、俺たちの税金を財源に高い給料を受け取っている騎士団が、こうした問題にも積極的に取り組む義務がある。


 しっかりと自分たちの職務を全うしてくれるなら、俺だってこんなカネの話なんてしない。

 だけどさ、昼間っから詰所で酒飲んで賭け事している奴らを、俺たち国民はとてもじゃないが信頼することなんてできない。


 残念ながらこのティエーリ支部の騎士団は、士気が低い上に腐っている。

 あまり公にはならないが、騎士団員による理不尽な暴力や、恫喝によって金品を奪われることも少なくない。


 以前一度、首都アヴァロンにある騎士団本部に匿名で告げ口してやったが、あまり事態は良い方向へ向かっていないのが現実だ。

 俺には内部でどんなことが起きているのかはわからない。だが、騎士団という組織も一枚岩ではないのだろう。



「それはアタシも同感。それでさ、ガウェイン。どうにかアタシたちで、この子の願いを聞いてやれない?」



 コノエは前のめりでローテーブルに両手をつき、向かい側のソファに座る俺にそう訴える。

 強い意思を宿した紅玉の瞳が煌々と輝いていた。

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