第12話
騒々しさから解放され、隼はキッチンへ立った。
心を落ち着かせるには最適な場所であった。
「今日はなに~?」
リビングから気だるそうに姉の
「チャーシューを使って、つまみはネギチャーシュー、晩御飯はチャーハンで」
「チャーシューってこの前の日曜日に隼が作ってたやつ?」
そう――と隼は返事をしながら、件のチャーシューを冷蔵庫から出した。
黒光りして、旨みが圧縮されたような重みが両手に感じる。
「よし。許す」
優がきっぱりと言った。
許可も下りたところで、隼は調理へと入った。
どうやら先に味見をされたようで端が少し削れている。
苦笑しながら、まな板へ移動し、その部分から切り落としていく。
つまみ用もご飯用も、どちらもみじん切りだが、チャーハンには心持ち小さめに切る。
続いてネギを用意する。
青い部分はチャーハンへ入れるためにみじん切りにして、皿に入れ、醤油とだし素で味付けをする。
白い部分はつまみに使うので、白髪ネギにして水につけておいた。
チャーハンにするご飯を解凍し、直に卵を落とし絡めておく。
中華鍋を熱している間に、白髪ネギを水から上げてチャーシューと合わせ、豆板醤とごま油で味付けをし、冷蔵庫へ。
その頃に充分に熱くなった鍋へごま油を引いて、用意していたご飯を炒める。
パラパラとなってきたら、ネギ、チャーシューを投入して、混ぜ合わせた。
良い匂い――と
隼は三人分の皿にチャーハンを盛り付けて、食卓へと運んだ。
由起子はこの後、お酒を飲むから少なめだ。彼女はご飯を食べずにアルコールとつまみだけで済ませようとするため、先に用意することにしている。
食べ始めると、話題は夕方のスペシャルブッキングのことであった。
母と姉にからかわれているが、狙ってできるものでもない。
(僕に落ち度はないはずだ――)
ラタヴィルと椎葉は吸血鬼絡みだし、千尋に関してはただのおまけだ。
波美だけはわからないが、同じく吸血鬼関係の要件だと思えば、納得はできる。
隼の気持ちも知らず、由起子と優は盛り上がっていた。
もちろん、椎葉は玄関を通ってきていないので、話題には登らない。それが唯一の救いだ。
ため息を小さく洩らしてチャーハンを口へ運ぶ。
もう少しごま油と醤油がきいてても良いかな――と、舌で次に増やす容量を想像しながら食べる。
吸血鬼――
今、隼と三人の娘を結ぶキーワードだ。
真相を知らない波美は別として、ラタヴィルと椎葉は隼をオトリにしているのではないかと疑ってしまう。
チャーハンを口にする。香ばしさに、チャーシューの濃い目の味が絡む。
ふと勘が走る。
(違う――)
ラタヴィルも、椎葉も、隼をオトリとは考えていない。
その直感に従う。
『違う』という結論に、無理やりでも理屈をつけてみる。
大事なのは理由――つまり吸血鬼の狙いだ。
吸血鬼は食事のために人間を襲っている。
目的は『血』だ。
犠牲者は四人から増えていない。吸血鬼は人を襲っていないのだ。
食事を疎かにしてまで、二日も続けて隼たちを狙ってきたのは何故か?
人間よりも美味しい血を見つけたから――。
(妖怪の血だ)
隼は思いついてしまった。
三日前、業務スーパーへ向かう隼が遭遇した現場。吸血鬼に襲われていた影。あれは人だったのか?
動きは赤垣に近かった。
同業者――その言葉が浮かんだ時、天城の屋敷で松ノ心の漏らした一言が繋がる。
『彼の相棒が二日前から連絡が取れないけど、一緒なのかな?』
そうか、あれは赤垣の相棒だったんだ――。
組織を蔑ろにして吸血鬼を追っている赤垣の理由がそこにあったのだ。
そして吸血鬼は味をしめた。
より強い力の血を狙うために、人ではない者を探した。
だから隼が狙われている――?
確かに道理は通るが、問題がある。
隼はそれほど妖怪の血が前面に出てきていない。八分の一以下くらいか。
椎葉は能力を使えるがそのものではない。四分の一ってところだ。
赤垣もそれと同じか、少し上。
となると、一番効率の良いのは――。
(ラタだ――)
吸血鬼の狙いは、やはりラタヴィルなのだ。
その証拠に椎葉がここへ来たではないか。
恐らく天狗たちは、吸血鬼の狙いがラタヴィルの濃いモンスター種の血だと推測したのだ。
だからラタヴィルを追っていた。
(となると、ラタを預かっている坂本さんが危ない――)
「隼、大丈夫?」
由起子が正面から心配そうに見ている。
優もスプーンを口に運びながら横目で見ている。
家族に心配をかけるわけにはいかない。
(たいした力もない自分が言った所で役には立たない――)
そう思い込もうとした。
チャーハンを食べる。
……全く味がしない。
美味しくない。
(おれに何が出来る?!)
迷いがあるのは分かる。
だが結論は出ている。
それに従うまでだろうに、何故かうまくいかなかった。
「隼はパパのこと、どんな人だったか覚えてる?」
由起子が唐突に言った。
隼は思考を戻しながら答えた。
「強くて、優しい人――」
「ママもそう思う。強いから優しいし、優しいから強いし。――でも強さって何だと思う?」
隼は母親の意図を掴めず、見返した。
とんちが利きすぎて返答には困る。
だが――
(だが答えは分かってる!)
病床の父親が語った言葉――隼はそれだけを心に生きてきた。
家族と愛するひとを守れ――
『愛するひと』には、昨日知り合ったばかりの妖精だって入るに違いない。
隼は残ったチャーハンをかきこむと立ち上がった。
「ちょっと出てくる。母さんのつまみは冷蔵庫の中にあるから」
「はいな」
隼は皿を洗い桶につけ、上着を掴んだ。
いってらっしゃーい――優の声に背中を押されるように玄関を飛び出した。
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