第38話 貴族のお仕事
「
「チェックメイト」
思わずそんな言葉が突いて出る。
エリンを360度捉えるべく生み出した茨が四本。上下左右から襲い掛かる中、エリンは身を守るべく水球を生み出していた。
しかし、その判断は間違いである。
生み出した水球に体を落としたエリン。その中で水の抵抗力によって勢いの減衰した茨を見て満足げに笑うのが見える。
私は続けて茨を複数展開。デカブツを捕えた時の要領で茨の籠を作り、水球を囲い込んだ。
そのままゆっくりと籠を絞めていけば、エリンの拘束が完了する。
「……!?」
籠が小さくなり始めた辺りで聡明な我が主は私の意図に気が付いたようだ。
焦った様子でアクアを解除。浮力を失ったエリンは茨の籠に受け止められる。
「私の勝ちね」
勝利宣言を受けたエリンは不満げに頬を膨らませた。
「ぶぅ~」
「それ、現実で言う子っているのね。初めて見たわ」
茨の籠を解除。続けて二本の茨を伸ばす。その先には侯爵邸の名に相応しい大きさのテラスがあった。
大理石を切り出して作ったらしいテーブルに置いてあったティーカップを二つ絡めとると、一方をエリンへ。もう一方を私の元へ持ってくる。
やっぱり運動の後は冷たい飲み物に限る。そんな思いと共にアイスティーに口を付け、疲労と口内の不快感をさっぱりと流しとった。
「で、今日も私にアドバイスは無いの?」
エリンはティーカップに口を付けてから言った。私はその言葉に定型で返す。
「面倒くさい。自分で考えなさいな」
まだもぶつくさ言っているエリンを無視し、息を整えるべく深呼吸。
エリンは腐っても聡明な侯爵令嬢だ。自分で考えれば自身の改善点などさらに腐るほど出せるだろう。
私は弟子の自主性を重んじる教育スタイルだ。
「エリン様、リゼ殿」
ふと、私たちの名前を呼ぶ声。
「アドラス、どうかしたの?」
いつの間にか私たちのすぐそばに執事長のアドラスが立っていた。アドラスはエリンの言葉にお辞儀で返す。
「そろそろ
王務。つまり、王族関連の仕事ということだ。
エレスト侯爵家は水の都の管理を任された貴族家。セレジー内に限って言えば王族と同等の権利を持っている。
そんな背景もあり、王族関連を王務、エレスト家関連を侯務と呼称していた。
「あ、思ったより経ってるね。ごめんアドラス、すぐに準備するわ」
エリンは侯爵邸の二階辺りに設置されている大きな時計を確認したのち、邸内に足を向けた。
確かに、いつもより訓練の時間が20分ほど長引いている。
セレジーで正確な時刻を知ることの出来る場所は三か所のみ。エレスト侯爵邸、王研、中央の噴水の三つだ。
あとは一時間を四分割した簡易時計が複数個所。そして二時間おきの鐘の音になる。
じゃあ私はエリンが準備をしている間暇をつぶしていようかしら。
「リゼ殿」
アドラスはリゼに付いていかず、私室に戻ろうとした私を引き留めた。
「本日はリゼ殿もエリン様とご一緒にお願いします」
「……というと?」
「こちらでお化粧をさせていただきます。衣装も式典用をご用意いたしました」
私の厄介事センサーがアラートを鳴らす。しかし、エリンならまだしもアドラスのはあまり逃げるビジョンが思いつかない。
それはエリンが思いつきのわがままであるのに対し、アドラスのは決定事項であるからだ。
「セレジー博物館での記念式典、本日は王族の方がご臨席なさいます」
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