第39話 ホウレンソウ
セレジー博物館。水の都でも有数の観光名所であり、それ相応の価値ある宝や歴史遺産が収蔵、展示されている場所。
そういったものに興味の無い私でも、一度は行ってみてもいいかと思って足を運ぶくらいには有名どころだ。
個人では一回だけ、エリンに付いていって数回程度見に行った経験がある。
今回は仕事としての来訪になるのだが、
「これ、美味しいね」
馬車に揺られている道すがら、軽食をつつくエリンに私はけだるげに声をかける。
「私、今日のこと聞いていないのだけれど」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
エリンは人差し指で唇を拭うと、あっけらかんとした様子で言う。私はそんなエリンにため息を返した。
「あんたがセレジー博物館に行くのは知っていたわ。だけど、王族が付いてくるってのは想定外よ。それに――」
ドレスの裾を掴んで持ち上げる。
「こんなに窮屈なドレス、動きづらくて仕方がないわ」
「エリン様に仕えているのですから、それくらいの身だしなみは当たり前です。従者としての自覚が薄いのではないですか?」
馬車に同乗しているメイド長のオーバスが口を挟んでくる。
「産卵期の雌鳥が紛れ込んでいるみたいね。オーバス、探して追い出しなさいな」
オーバスは鋭い目つきを取り繕わずに私を一瞥。「ふんっ」と聞こえてくるくらい露骨にエリンへと向き直る。
「エリン様、お色直しをしましょうか」
「ん~」
エリンはオーバスの言葉に応えるように目を閉じて口を突きだす。
私は窮屈さを紛らわすように息を吐くと、背もたれに体を預けた。
コルセットがキツイ。明らかにキツイ。オーバスを筆頭にメイドたちが数人で私とエリンのコルセットを締め上げたのだ。
エリンも私と同等かそれ以上に負荷がかかっているはずだが、そんな様子はみじんも感じさせない。
そこはやはり貴族らしいと言えばそれまでかもしれないが。
ちなみに、私が深紅のドレスにロングウェーブ。エリンが空色のドレスにハーフアップという感じ。
「リゼ、顔に出てるわ」
窮屈さと揺れと同居しながら時が過ぎるのを待っていると、エリンが声をかけてきた。そこでやっと上体に力を入れてエリンを見る。
「そもそも、私はコルセット無しでもナイスなプロモーションなの。スタンダードが最善なのよ」
「はいはい、分かった分かった。もうそろそろ着くから外面だけ用意しておいてよ」
イライラが募っていくが、今回ばかりはエリンが正しい。それは分かっているつもりだ。
貴族や王族が連なる場所に限ってのみ、エリンは私よりも優れている。
「……仕方がない」
姿勢を良くして深呼吸。
「どうかしら?」
口の端を少しだけあげてふわりと微笑む。それを見たエリンは頷き、オーバスは眉をひそめた。
「ばっちりだよ」
「落差に愕然としますね」
「外面に関して言えばエリンもそうよ? オーバス」
そう言ってニヤリとすればオーバスが急に立ち上がる。
「エリン様はこの女とはちがっ――」
馬車のスピードが落ちていく。急に立ち上がったオーバスは体をふらつかせた。
「気を付けてね、オーバス。そろそろ着くよ」
「すいません……」
オーバスは意気消沈して腰を下ろす。
エリンは頷き、それから私たちを見回した。
「じゃあみんなで、外面外面!」
エリンは謎の掛け声とともに右手を掲げた。
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