第31話 蛙と蛇⑭
「
エリンの持つ水杖が輝き、リボンが波打つ。ひと際濃い魔力の本流が姿を変え、エリンの基礎魔法が発動した。
現れたのは水、大質量の水だ。
エリンの背後、水流は鎌首をもたげて私たちを睨んでいる。日差しを遮るように君臨し、作り出した影は巨大生物と相対しているような気さえ感じさせてきた。
その光景に思わず息をのむ。生命の根源からくる恐れ。死の恐怖。自然そのものと言えるような存在を今、間近で目の当たりにしている。
災害。そんな言葉が頭をチラついた。
「くっ……
ボケっとしている場合ではない。強引に意識を魔法へと戻し、再び魔力を練り上げる。発動したのは慣れ親しんだ茨の基礎魔法。
すると私とエリンの足元に茨が出現。すぐさま私たちの腰に巻きついた。これで私たちはここから動くことはできない。
「私、漁師って仕事に興味があるの。獲れたてのお魚を船の上ですぐさま食べてみたいじゃない」
エリンが突如変なことを口走る。しかし、私は言葉を返すことが出来なかった。
いつもなら、「それどころじゃないでしょ!」と文句を垂れる場面のはずだ。
先ほど牧場主を吹っ飛ばす前に言っていたエリンの言葉を思い出す。
――
「とっても面白そう」
騒がしい戦場でエリンの透き通った声だけが耳を撫でる。
エリンが水杖からの魔力供給をストップした。
そして操作には発動とは別に魔力が必要だ。エリンはたった今その行為を放棄した。
――息を止めること。
私たちは迫りくる水の本流に飲み込まれた。全身に撫でるような圧力がかかり、表し難い不快感が襲ってくる。
それに痛い。激流が持つ力はとてつもなく、生身の人間が気軽に触れていいものではないのだと悟った。
体が不自然に曲がる感覚と、水中での浮遊感。脳が危険だとけたたましい鐘の音を鳴らしている。
しかし、先ほど生み出した茨が私を地面とつなぎとめてくれていた。目をつむり息を止め、根源から湧き出るような恐怖を抑え込むべく意識を保つ。
波にのまれる経験なぞしたことがない。これからもしたくないしするつもりもない。
ただ一つ分かったのは、水の中は思ったよりもうるさいということだった。
時間にしてみれば一瞬。しかし、私にとっては永遠にも思えるくらいの長さだった。
服が濡れている。髪も重い。それに寒い。
重なる不快感をどうにか押しのけて目を開ければ、先ほどまで混沌を極めていた戦場が綺麗さっぱりになっていた。
入り乱れた蛙とメメーはおらず、茨によって地面に縫い付けられた私とエリンと少女がいるのみ。
「こんな経験は二度とごめんだわ」
魔法を解除。茨が砂となって消える。自由になった体を動かし、重い足取りでエリンへと近づく。
「大丈夫? 大変な思いをさせてごめんね」
少女を庇うように守っていたエリンは、体が自由になるやいなや少女をゆっくりと抱き上げる。背中をさすってあげれば、すぐに少女は静かになった。
「……死んだの?」
「冗談でもそういうこと言わない!」
エリンが眉を吊り上げて怒鳴ってくる。あまり見ることのない表情に驚いていると、続けて「寝ているだけだよ」とつぶやいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます