第30話 蛙と蛇⑬
「いい、いいわよ……」
思わずそんな言葉が口から洩れる。
それに加え、杖が媒介となって体内魔力と体外魔力の親和が促進されている。感覚が過敏になっているから分かる。今の魔力練り上げは最大効率だ。
「リゼ、そのまま頑張って!」
恥じらいの内股から復帰したエリンが右手をかざして杖を呼び出す。
エリンの水色の髪を彷彿とさせる鮮やかな空色をしており、杖の先端から末端にかけて流水を表すようなリボンが一本、走っていた。
ロベリア王国の根幹を分けた四つのうちの一つであり、各都の主のみが持つことを許された代物だ。
水の都では公表こそされてないものの、既に現当主のビレナード侯爵から一人娘のエリンワースに受け継がれている。
つまり、エリンは水の都の正統後継者――
そんな意味を持つ杖が今、蛙の殲滅に使われようとしているのだから変な話なわけで。
「ふんっ」
再びエリンが令嬢らしくない声と力の込め方で杖を地面に突き立てる。するとエリンの足元から線状の水が高速射出された。
向かう先はメメーの突進から逃れて動き始めた蛙たち。数こそ多くないが、水と茨の障壁を取っ払ってしまった私たちには大きな敵だ。
魔力溜めで無防備を晒している今、武器で襲われたらひとたまりもないだろう。エリンの攻撃によって、現在微妙なバランスが保たれているということだ。
――さらに、驚くべきことがある。
過敏になった魔力感覚があるから分かる。エリンは今、魔法発動と魔力溜めを並行して行っている。
卓越した魔力操作。戦闘技術は高いわけではないが、やはり魔法のセンスが凄まじい。
先ほどの戦闘で余裕がなさそうだったことから、メメーによって蛙たちの動きが止まっているからこその芸当だろう。
しかし、吸って吐くを同時に行っているに等しい行為だ。驚かずにはいられない。
……魔法の稽古中に逃げ出そうとするのをやめてくれれば、もっと伸びるわね。
「そっちの魔力はどうなの!?」
こちらの横に逸れた思考を遮るような声。さすがに魔力の運用負担が大きいのか、エリンは額に汗を滲ませており、声も穏やかな様子ではない。
メメーに突き飛ばされて目の前に倒れてきたフロッガーめがけて杖を振り下ろして殴殺。念のため首元を踏みつけながらエリンの方へ向き直る。
「もう少――」
「何やってるお前らぁッ!? 動物風情に苦戦しやがって、はやくあの女二人をぶち殺せぇッ!」
私の声がデカブツに遮られる。邪魔されたことに腸が煮えかえるほどの不快感を覚え、杖を握る力を強めた。
「……チッ」
蛙たちの後ろ、私たちを血走った眼でにらみつけるデカブツに向けて中指を立てる。力任せに体重をかけ、殴殺したフロッガーの首を踏み抜いた。
生暖かい感触が右足に走る。確認しなくても分かる。血が飛び散ったのだ。しかし、今はさほど気にならない。
デカブツは妙に人間臭いようだ。私の中指の意味を知っているのか、本能で感じ取ったのか、先ほどまでの血走った感情とは別の怒りを表情にして睨んできている。
その姿に私は思わず興奮した。
今からその顔を絶望の淵に突き落としてやる。そしたらお前はどんな言葉を吐くのだろう。めちゃくちゃに気になるじゃないか。
「その感じ、リゼと初めて会った時のことを思い出すわ。そっちのリゼも私は好きだなぁ」
……突如、記憶の底をほじくり返されるような悪寒を覚えるが無理矢理抑え込む。
杖を掲げて示すのは準備万端の合図。先端にあしらわれた
「リゼに合わせるよ、いつでもどうぞ!」
エリンのゴーサインと共に、水杖の周囲の魔力濃度が急激に高まっていくのを感じ取る。あちらも牙を剥く気がありあまっているらしい。
「
エリンの高速射出を生き残った蛙たちが私たちに迫る。身の危険を本能で感じたのか、勢いに必死さが見て取れた。
しかし、私はお構いなしに魔法を発動。
デカブツの背後、津波と錯覚してしまいそうになるほど大質量の茨が顕現。続けて意識を集中し、茨を操作していく。
時間にしてコンマ数秒。さながら蜘蛛の巣のような幾何学模様を空中に描き出した。
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