第29話 蛙と蛇⑫

 これはいったいどういう状「「「メメェ!!」」」のよ!


 私の心からの叫びは家畜羊、通称メメーの鳴き声でかき消されてしまう。


 目の前ではメメーの群れがフロッガーたちに突撃しており、混沌といって差支えがない。


「「「「メメェッッ!」」」」


「ゲロッ!?」


「ゲギャッ――」


 大胆に頭突きをかますメメーと突然の事態に慌てるフロッガー。この時点でエリンによる【スキューマ泡の手】の発動よりも場を乱せていた。


 本来は大人しい性格であるはずのメメーがこうも荒ぶる姿というのは珍しく、普段とのギャップも含め少なからず驚きを隠せない。


 今現在、メメーの群れとフロッガーが入り乱れる戦場で私は茨の籠を展開しその中で己の身を守っている状態。エリンも同様――あちらは水の膜によってだが。


「そのままフロッガーをぶっ飛ばせ!」

 侯爵令嬢にあるまじき発言をかましながらエリンはガッツポーズをして盛り上がっている。その様はまるで闘鶏に熱中している中年男性だ。


 あ、コケた。


 少女が未だ腰に抱き着いているのにも関わらず、はしゃいでジャンプをしたことでバランスを崩したようだ。


 少女とともに体勢を崩して地面を舐める。


 麗しき侯爵令嬢が顔から行ったことで地面とフレンチキスを敢行。しかし、己の領民の下敷きになったことは褒められるべきではなかろうか。


 貴族の義務。土の味がするノブレスオブリージュだ。


 そんなことを考えつつ意識を目の前の事態に戻した私は、魔力をべく行動を起こした。


 右手を開いて手のひらに魔力を集中。間髪入れずに虚空から一本の杖が現れた。


 赤木せきぼくで作られたバラが先端にあしらわれたそれは私の相棒。


 長く連れ添い数多の経験を共に積み重ねたそれは私の手によく馴染んでくれる。


「エリン、これがあんたの言う隙なのね? だったら地面とディープキスしてないで気張りなさいな!」

 もちろん、我が主への声掛け罵倒も忘れない。


 本当は今すぐに聞きたいことがたくさんある。なぜここで【スキューマ】なのか、メメーの大群が押し寄せた理由、等々。


 しかし、今エリンを問い詰める時間がないことは分かっている。ならばやるべきことは一つ、主の命令通りにするだけだ。


 杖全体を包み込みように周囲の魔力が集まり始めると、赤木のバラがにわかに光を放つ。


 ことは順調。メメーとフロッガーがぶつかり合ってわめく声という、正直に言って汚い歌声をバックにして私の杖が舞台に立つべく準備を整え始めた。


 そんなタイミング、水の膜の中でエリンが立ち上がる気配。


「せめてバードキスでしょっ……ディ、ディープなんて……」

 やはり変なところで恥じらいがあるらしい。極端な内股でモジモジするエリンの様子は中々拝めないレアな姿だ。


 フロッガーの背中に股を開いて座ったり、日ごろから「うんこ」と口にするにもかかわらず、ディープキス程度で顔を赤くするとは。


「ばっちりディープよ! そりゃもうぶちゅ~っと情熱的だったわね、ご祝儀は堆肥でいいかしら!?」


 あぁ、気分が高揚する。


 日頃の鬱憤を晴らしてストレスを解消しているわけでは断じてない、と言えばうそになるが、気分の高揚は八割以上私が持つ杖が原因だ。


 赤木の薔杖せきぼくのそうじょう


 隣国に存在する大規模遺跡ダンジョンの深層にて出土した古代の魔杖であり、当時深層に初到達、魔杖を発見した調査団からものだ。

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