第28話 蛙と蛇⑪

 戦闘中にも関わらず意識を分散させてしまうことの危険さは言うまでもない。


 分散ではなく意識の配分を行い、泡にまみれたフロッガーたちの迎撃を行うべく魔法を発動する。


 設置罠の恩恵を最大に受けながら茨を振り回している中、エリンは未だ【スキューマ泡の手】の行使を続けていた。


 エリンが侯爵令嬢としての場以外で髪を結ぶとき、大抵目の前の事態を収束に向けて動かしてしまう。


 髪を結ぶのは一種のルーティーンのようなもので、私がエリンの手綱を握るのを完全に放棄するタイミングでもある。


 こうなってしまったエリンは止まらない。


 しかし、今回ばかりは一切意図がつかめない。


 エリンの【スキューマ】の習熟度は【アクア水の手】よりもはるかに劣る。


 文字通り手足のように扱える【アクア】とは異なり、【スキューマ】はただひたすらに泡を放出することしかできない。


 泡発生直後に起こったフロッガーの硬直は既に解けている。もう他にプラス効果があるとは思えない。


 それに加え、私たちに迫ってくる気配も気になる。


「リゼ、命令!」

 慌ただしく思考を繰り返す私に、戦場においてよく通る声が降りかかる。


 エリンが命令を強調する。それすなわち、反論は絶対に許さないということ。


 いつものやり取りとは違う、明確な主としての意思表示。


 そして、迫りくる謎の気配。


 エリンの魔法の意味、落ち着いたその様子、水のアーチに流されていった牧場主。全てが謎の気配に関係すると言うならば、その答えを早く提示してほしい。


 度重なる魔法の行使によって戦線は維持できているが、それも永遠に続くわけではない。


 より長く続けば、いずれは瓦解する!


「隙を作るよ。魔力を練る準備をしてっ!」

 

「分かったわ……よっ」

 過剰とも思えるような自信を携えた目が私を射抜く。


 その眼差しを受け止めたのち、視線をフロッガーたちに戻して魔法を発動。複数本の茨を鞭のように振り上げて、振り下ろす。


「何度やったって無駄だ無駄ァ! おめぇらは殺されるしかないんだぜぇ?」

 デカブツの鼓膜を舐めるような声が聞こえてくる。しかし、今はそれに反応している時間はない。


 エリンの言う隙を少しでも大きくするため、できる限りフロッガーたちの到達線を後退させる。


 ――魔力を練るのはそれからよ!


「来る!」

 

 エリンの声が辺りに響く。それと同時、轟音の地響きとともに曲がり角から姿を現した家畜羊メメーの大群がフロッガーに突撃した。

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