第27話 蛙と蛇⑩

「なっ――」


 魔法と蛙が入り乱れるこの場においてそぐわない一筋の虹。


 上空、呆けた叫び声に驚いてそちらを向けば虹が私の視界をいっぱいにしてしまう。


 なぜ、雲の一つもない晴れやかな日に虹が架かっているのか。疑問に思うよりも先に答えは示されていた。


 一瞬、私とエリンがいる範囲に満ちた魔力が消えたことによって生まれた間隙を知覚。それに合わせて生まれた大質量の本流がうなりをあげる。


 無から水が生まれるわけはなく、間隙に見合う量のそれがエリンの足元から溢れ、虹と同様に綺麗なアーチを作り上げていた。


 そこで私ははたと気づく。


 あの呆けた叫び声の主は誰だ? 


 ここにいた人間は私と、エリンと、少女と――


「牧場主!?」


「正解! 赤点回避だやったねぇ」

 思わず口をついて出た言葉に反応するエリン。


 それと同時に水のアーチが根元から消えていき、質量の減少に反比例するように新たな水の触手が多数展開した。


「その語尾が伸びる感じ、レジィを思い出すからやめなさい!」


「なんでリゼがレジィのこと嫌ってるかわからない……なぁ!」

 語尾の尻上がりに合わせてエリンの【アクア水の手】が炸裂。茨の壁を取っ払った一面にいたフロッガーに触手による殴り込みが決まった。


「今すぐに説明を……と言いたいところだけど、この状況を打破する目途が立っているのよね?」

 非常に癪ではあるのだが、こういう時のエリンには盤面をひっくり返す力が宿っている。


 私が癪から生まれた苛立ちを晴らすべく茨を振るったタイミング、エリンの口角が上がる。


「もちろん。安心しなって! 従者は主を信じて黙ってついてくるものよ?」


「時には主の奇行を諫めるのも従者の役割じゃないかしら?」

 言外に「お前のせいで私は苦労させられてるんだけど?」と思いを込めて吐き捨てる(蛙の処理は抜かりなく)。


「ふぅん……いつも私に反抗ばかりしている割に、従者の自覚があったの?」

 いつも以上に令嬢らしく言ったエリンはさらに「嬉しいわね」と続けた。


「……チッ」

 無視だ。こういう時はスルーに限る。


 分が悪くなったら勝負を投げ出す。降りは負けではない。次に備えるためのステップだ。


「――あ、早いじゃん」

 そんな私の思いを知ってか知らでか、いつも通りの粗野な言葉遣いが混じるしゃべり方に戻ったエリンが言う。


「はぁ?」


スキューマ泡の手

 私が疑問を呈しようとするのを遮ってエリンが持つ二つ目の魔法を発動。


「スキューマ!? エリン、それは――」


 攻撃には使えない。


 そのセリフが私の口から出ることはなく、エリンによる【スキューマ】が大量の泡を生み出した。


 私たちがいる十字路の中央だけにとどまらず、泡はすさまじい勢いで規模を増してフロッガーたちに襲い掛かる。


 しかし、大量の泡たちは攻撃力を持たない。


 その勢いに気おされたフロッガーは少しの間動きを止めたが、自身の歩みだけ、むしろ時間経過だけで消えていく泡に対しての危機感を早々と捨て去った。


 エリンの足元から無尽蔵に増加する泡と、気にも留めずに押し進んでくるフロッガー。


 私はこの泡の意味を推し量ることが出来ず、ただただ困惑。一旦エリンの奇行を無視してフロッガーの迎撃に意識を戻した。


 ――しかし、すぐにその意識を分散させることになってしまう。


「何か、大群がこっちにくる……?」


 フロッガーたちとは違う、何かが地響きを引き連れて迫ってくる気配を感じ取った。

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