第26話 蛙と蛇⑨

ソーン茨の手!」

 地を破って現れた茨たちが壁となってエリンの生み出した水を補強する。


「ソーン! ランソーン茨の槍ッ――ソーンッ」

 茨魔法の連続発動。自身の魔力が一度にごっそりと消えていくのを感じ取り、痛みを訴える内臓。


 魔力に余裕はあるがストレスには違いない。


 肉体と精神にかかった痛みを無理矢理に引っ込めて腕を振るえば、茨が空気を切り裂いてフロッガーに直撃。槍となったそれは十数匹をまとめて串刺しにする。


「行けェ! あの女をぶち殺すんだッ!!」

 迫りくるフロッガーたちのさらに奥、視線の先には両腕をだらんと下げ、こちらを血走った眼でにらみつける巨大なフロッガーがいた。


 しわがれた声は私の耳に嫌な感触を残してくれる。


 今すぐにでもあの下卑たる笑みを浮かべたデカブツに一発ぶち込んでやりたい。しかし、今の私はそんな余裕を持ち合わせていなかった。


 ――エリンの意味不明な言動は今に始まったことではない。


 しかし、しかしだ。


 私は牧場主と話すことがあるからその間、何とか持ちこたえてね。


 エリンが放った言葉が脳内で先ほどと同じスピード、同じ声の調子、同じ息遣い……というか本人の声で再生される。


「さすがにっ、無理が……あるわよ!」

 文句を糧に力へと変えて魔法を発動。私が受け持つ三面にすし詰めのフロッガーたちの中に茨を遠隔顕現させる。


 加減が難しかったが感覚を頼りにして余計に魔力を注ぎ、続いて茨の支配権を放棄。


「――バンッ」

 私の言葉に合わせたかの如く私が合わせたのだが茨が走る。


 ビタンッ――と茨が跳ねながら凄まじい勢いで旋回。多数の断末魔がデカブツの不快極まりない声をかき消した。


 ――つまるところ、私の支配下から逃れた茨が暴走したのである。余計に魔力を込めたことでその余剰分が消費されるまで、茨は固定の攻撃トラップに変わった。


 通常の【ソーン】よりも手間がかかるので現状使いどころが難しかったのだが、無理を通しての発動に成功したことでいくらか余裕が生まれる。


 先ほどエリンの水に合わせて展開した茨がそろそろ突破されかねない頃合いだ。


 エリンはまだ牧場主と話しているのか戦線に復帰していないため、私が四面すべての対応を強いられている。


 設置罠のおかげで生まれたわずかな余裕を使って再度茨の壁を展開した。


 しかし、この状況も長くは続かないだろう。いち早くエリンには戦線に戻ってきてもらいたい。


「まだなのエリン!? そろそろ限か――い、よ……」

 苛立ちと焦りが半分――実際は苛立ち七割でエリンに水を向けた私は、目の前の状況に言葉尻をつっかえた。


 そこで私が見たものは――





 雲一つない晴天。


 水の都セレジーの東に位置する平原には、大地を撫でるように走り抜ける風が一筋。


 しかし、ことルーロー牧場においてはその風を意識する者などいない。


 闘争本能をむき出しにし、獰猛な笑みを浮かべて叫ぶ変異体フロッガー。


 頭目の指示に従い捨て駒に等しい消費を強要される蛙たち。


 迫りくる危険に対処するすべを持たず、ただ震えることしかできない少女。


 その状況を打破しようと懸命に動く女は二人。


 彼らの間には命のやり取りがあった。命の灯火が消えない時はなく、血なまぐさい匂いが辺りにたちこめる。


 大量に投入されては死んでいく蛙たちの未練が集まり、呪いになってもおかしくないこの凄惨たる現場にて今――


「じゃあ、頼んだよ!」


「そ、それっはぁ聞いてな――」


 一筋のが架かった。

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