第25話 蛙と蛇⑧

 エリンの戦闘能力が足りない。


 決して私のミスを霞ませて責任転嫁したいとか、普段振り回されてばかりなのでこんな時ぐらい責めたおしたいとか、そういうわけではない。


 理路整然とした根拠がここにはあるのだ。


 エリンは卓越した魔法操作技術を持っている。水の魔法の中でも基礎魔法に分類される【アクア水の手】を使い熟し、迫りくる大量のフロッガーを前にしてもそれで戦線を持ちこたえている。


 本来【アクア】は形を持った水を出すだけの魔法だ。動かしたり変形させたりするのは応用。


 この目まぐるしく流動する場において、その時々の状況に合わせて【アクア】を転用すること自体が絶技に等しい。


 普通の魔術師であれば【アクア】はもちろん、その他中級や上級の魔法を駆使して戦う。いや、駆使しなければ戦うことはできない。


 エリンが【アクア】のみで戦えていることがそもそもおかしいのである。


 つまり、言葉を選ばずに言ってしまえばウチの主人は天才だ。


 しかし、この状況を脱することができていない。天才のエリンに加え、基礎魔法を駆使して戦うことを教えた師匠である私エリンよりも強いがいてもなお、だ。


 ――エリンは魔法が二つ使えない。


 一つは既出の【アクア】。もう一つは戦闘において無用の長物だ。


 手札の少ないエリンが取れる行動は限られている。いくら応用を効かせられる【アクア】があったところで、数の暴力に迫られていては厳しい。


ランソーン茨の槍ッ」

 茨と銘打っておきながら棘を排して空気抵抗を抑えたそれが、エリンと少女の周りに展開する触手群に迫っているフロッガーを刺し殺した。


「エリン! もう少し気張りなさいなっ!」


「――」

 私の言葉と同時、エリンから無言の返事とも取れるような水の触手の体積増加。


 エリンが受け持つ一面の戦線そのものが押しあがる。


「それを、最初から、やりなさいよ!」

 新たに出現させた茨を三本、通りの中央を割るように鞭のごとく振り下ろす。


 鼓膜を揺らす激突音とともに地が揺れる。


 エリンにしがみついていた少女は無事のようだが、私の後ろに控えていた牧場主はバランスを崩して尻もちをついた。


 フロッガーも同様、すべてとはいかないが半数に近い数がバランスを崩して動きを止めた。

 

 ――今しかない!


「エリン!」

 茨の攻撃を維持しつつ、牧場主を置いて茨の防御壁から抜け出た私はエリンに肉薄する。


「何とかして隙を作るわよ。――私たちが魔力を充分に込められるくらい」

 

 隙。そう、隙だ。

 

 物量で負けている私たちが戦況を覆すには大規模の魔法しか方法がない。


 ここで重要なのは中級や上級といった分類的に強い魔法、ではない。エリンの【アクア】と私の茨魔法にどれだけ魔力を注げるかということだ。


 上級魔法が何故強いのか。それは発動するために必要な魔力量の下限がそもそも高いから。つまり、魔力を大量に必要とするからである。


 エリンの【アクア】は基礎魔法。よって下限の魔力量はないに等しい。でははどうなのか?


 ――こちらもないに等しい。


 時間と難易度が相応に上がっていくが、理論上どこまでも魔力を消費して発動することができる。


 普通の魔術師であれば上級魔法を発動した方が強いし早いし扱いやすい。【アクア】を上級魔法の下限魔力量に到達させるのは骨が折れる作業であり、メリットがない。


 しかし、【アクア】を文字通り自身の手のように扱えるエリンなら話は異なる。


 メリットがある。


「――分かった」

 エリンが間をおいてから言う。


 そろそろ動きを止めていたフロッガーが動き出す。私はその時間をもう少し伸ばすため、エリンの言葉を聞きながら再び茨を操作した。


「いい方法を思いついたよ、リゼ」


「もったいぶらないで早く!」

 本当に時間がなさそうだ。もう少しで再び先ほどまでの物量戦に逆戻りしてしまう。


 そんな焦りとともにエリンの方に振りかえれば、エリンはいつの間にか黄色いリボンで透き通るような水色の長髪を後ろに高く一つでまとめていた。


「牧場主、こっちに頂戴?」

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