第23話 蛙と蛇⑥

 なぜ、魔物をわざわざ煽って刺激させたのか。


 面倒くさくなるエリンの機嫌を損ねるのを考慮しつつも、エリンの言葉を遮ってまでそれをした理由。


 それは、デカブツがからだ。つまり、私たち人とコミュニケーションが取れるということ。


 おまけに牧場主との会話を聞いただけで分かる流暢な言葉から、人と同様のレベルで会話が行えると判断した。


 ただでさえ変異体のフロッガーなのだ。通常の個体より巨大であるし、会話の能力はさらに厄介だ。


 私たちが知らない能力を持っている可能性も高く、警戒は怠れない。


 それは魔物との度重なる戦闘経験から、相手の力量を察することができる私であってもだ。


ソーン茨の手!」

 足元から茨を生やし、目の前のフロッガーに巻き付けて絞める。そのまま前方へ扇状に振り回した。


 複数匹をまとめて家屋の壁にたたきつける。


 ――では、未知の敵にどう対処するのか。


 答えは単純。キレさせる、である。


 人の言葉を持つ魔物の何が怖いかと言えば、会話による策謀だ。もっと小さい範囲でもいい。脅しや揺さぶりもそう。


 恐ろしい見た目や裏打ちされた力。戦うすべを持たない人であればただ逃げることしかできない魔物が、それらを背景にチラつかせながら魔の手を伸ばしてくる。


 詳しい事情はまだ分からないが、ルーロー牧場もそのパターンだろう。


 そして、非道ともいえるそれらは戦いの中でも行われる可能性が高い。


 例えば、エリンが今庇っている少女がデカブツに捕まれば、捕虜として脅しをかけてくるかもしれない。


 また、そう言った状況になった時、戦闘経験の少ない(多い令嬢などいない)エリンが適切に対処できるわけがなかった。


「エリン! 後ろよ!」


「分かった!」

 エリンの返事と同時、背後に水の触手が出現。迫っていたフロッガーが触手に吹き飛ばされる。


 件のフロッガーも数匹を巻き込んで後方へ。


 ――では、キレたらどうなるのか。


 正解は乱暴になる、だ。


 ただの言い換えと思われるかもしれないが、キレることでこちらは非常に戦いやすくなる。


 乱暴ということはつまり、野性味が増すということ。キレることによって、人間が持つ複雑な感情や、裏のある行動が排されて直情的になる。


 そうなってしまえば、喋る魔物もほとんどそこらの魔物と違わない。


 要は目に見えて戦いやすくなるのだ。


 デカブツは変異種なので暴走状態でも特殊行動があるかもしれないが、正常時よりはるかにマシである。


 知能のある魔物はキレさせる。竜のような頭の良すぎる魔物には効かないが、有用な手として知られていた。


 しかし、


「チクショウ!」

 自身の口から久しぶりと言えるくらいの荒い言葉が洩れる。勢いそのままに三本の茨を地面に叩きつけ、十数匹のフロッガーを巻き込みながらぺちゃんこに。


 失敗した。これは予想できた事態だった。


「ひぃ!」


「黙ってなさいっ。あんまりうるさいと放り出すわよ!」

 背後で「本当にあのリゼ様……?」とこぼす牧場主を無視して魔法を発動する。


 この状況、もう猫を被ってられる余裕がないわ……

 

 目の前にはフロッガー、フロッガー、一つ飛ばさなくともフロッガー。背後も同じ状況。


 既に小屋を脱出して十字路まで移動していた私たちは、四方から迫るフロッガーの対処に追われていた。エリンは水を、私は茨を、自身を守るように展開しながらである。


「フハッ、フハハハハ! どうした女ァ! そのままじゃ押しつぶされて死んじまうぜぇ」


 変異体フロッガーの魔法。それは、【仲間を呼ぶ】だ。


 私とエリンは今、二対多の大規模戦闘を強いられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る