第20話 蛙と蛇③

「だから、今中を覗いてみたんだけど」

 エリンは私による再度の質問にも、あっけらかんとした様子で言葉を返してきた。要するに、言葉通りの意味。素直に木枠から様子を窺ったわけだ。


 私が目を離している隙に? 大胆すぎる。


「バレるかもしれないじゃない……」


「でも見ない限りは始まらな……まぁいいや。まず見て」


 大丈夫なの? という意味を存分に込めてエリンを見つめれば首肯を返してきた。


「……わかったわ」

 小さいため息とともに立ち上がり、木枠の角からゆっくりと中を覗けば……


「フロッ――」

 口を突いて出た声。咄嗟にバレてはまずいと思った私はガバッと右手で自らの口を塞ぐと、すぐに腰を落とした。


 肩を叩いてアピールするエリンに頷けば、エリンは「見たね」と小さくつぶやく。


 ……中で話していたのは二人。片方はセレジーの出店で蛇肉を焼いていたおじさん……おそらくルーローという牧場主。そしてもう片方は、だ。


 エリンと私が今、壁一枚を隔てた先に見ているフロッガーは異常としか言いようがなかった。


 人の言葉を喋るフロッガーなど見たことも聞いたこともない。普通の蛙と同じように鳴き、コミュニケーションをとる魔物がフロッガーであるはずだ。


 しかも、人と比べて言語能力の差が見られない。目を閉じて会話だけを聞いていたならば、片方が魔物だと気付けなかっただろう。


 それに気になるのは言語だけではない。サイズもだ。


 通常のフロッガーは人間の子供くらいの大きさにしかならない。しかし、目の前のフロッガーはおそらく、私よりも大きい。そこらの男性よりも頭一つ背の高い私よりもだ。


「で、やるのか。やらないのか。どっちだ?」

 フロッガーの枯れた声が重く響く。


「……」


「はっきり言えやぁ人間がぁ!」

 悲痛な面持ちで口を閉じている牧場主に焦れたのか、フロッガーは威圧するように声を荒げると牧場主に顔を近づけた。


「……きない」

 声を震わせて口を開く牧場主。かすれた声は私の元までは届かない。


「あぁ?」


「できな――」


「なんだって?」

 

 ……!?


 冷えた声だ。脅しをかけるように冷たく、低い声。


 変異体と思われる目の前のフロッガーより強い魔物と戦った経験のある私でさえ今の圧には驚いた。


 正面で相対している牧場主に至っては既に足をガクガクと震わせている。


 魔物そのものの強さとは関係ない。人の持つ恐ろしさチカラを魔物が持った時、こうも邪悪に成ってしまうのか……


「リゼ、あいつの注意を逸らして」

 引き続き中の様子を窺っていたエリンが言う。

 

「は、急に何を言っ――」


「よろしく」

 突拍子もないエリンの言葉。加えて、エリンは私が疑問を投げかけるより先に素早く扉の前に移動する。そのまま扉に手を――


 まさか、突入する気!?


 突然、どうして?


 何かを中に見た?


 私の中で様々な疑問と驚きが同時に立ち上がり、思考に負担がかかる。しかし、状況は私に余裕を持たせてはくれなかった。


 新しいフロッガーの気配!


 まだ姿は見えないが、立ち並ぶ小屋の影から数体出てくる!


ランソーン茨の槍ッ」

 地面に手をついて手のひらから魔力を漏出。地面を食い破るように出現した茨が【ソーン】よりもはるかに速いスピードで空気を切り進む。


「――グゲッ!?」

「――ゲロォ!?」


 タイミング良し。二匹のフロッガーが姿を現した瞬間、茨が二匹を串刺しにする。続けて右手を茨とリンクさせるように意識して動かして茨を操作。


 フロッガーを家屋の屋根に向かって放り投げた。これであの変異体フロッガーに叩きつける!


 気を逸らす? なら本体に攻撃しちゃえばいい。


 蛙は嫌いなのよ、私。

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