第19話 蛙と蛇②

 ただ事とは到底思えないような激しい男の叫び声。その発生源だと思われる家屋は私たち二人の位置からまっすぐ進んだ場所にあった。


 このまま接近するのは簡単。しかし、またフロッガーに見つかると面倒くさいことになる。退けるのは簡単なのだが、顔もまだわからない渦中の人物にバレることは避けたい。


 それに先ほどの叫び声、内容からするに言い争っている相手がいることは確実だ。そちらに気取られるのもよろしくない。


 黙ったままエリンの方を見れば、緊張した面持ちでこちらに振りかえったエリンと目が合う。二人して静かに頷くと、エリンが先んじて歩を進めた。気配を殺して私も続く。


 フロッガーは社会性を備えて武器を手に持ち戦うとはいえ、所詮は魔物。気配は丸出しなうえ、鳴き声や足音なども垂れ流しだ。


 故に接近してきていればすぐに察知できる。幸いというべきか今のところ気配は感じない。


 油断はせず、ゆっくり、確実に件の家屋を目指す。


「――――!」


「――――!?」


 先ほどの叫び声と違ってはっきりとは聞こえないが、何やら人がしゃべっている様子は分かった。


 やはり、言い争っている。


 しゃべっているのは二人……だろうか。他にも中にいるかもしれないが、確実に芳しくない状況であることは分かる。


「だから――といっているだろ!」


「お前――生意気なこ――ぶっ――ばす、ぞ!」


 近づけば近づくほど言い争う声が鮮明になってくる。どうやらヒートアップしてきているようで、さらに聞こえやすくなってきた。


 ……コクッ


 エリンが一足先に件の家屋の元に到着。壁に張り付くようにして周囲の様子を窺うと、私に向かって無言の頷きののち手招き。


 ここに来てわざわざ反抗する気は一切ない。その指示に従ってエリンのすぐ隣に控える。


 すると、二人の会話が鮮明に聞こえてきた。


「ふざけるな! あの子たちは家族同然なんだぞ? そんなことはできない!」


「うるせぇ! お前は俺たちの命令に黙って従っていればいいんだよ!」

 ある種怯えが混じったようではあるが強気に言葉を発する男性の声に続き、腹の底をガンガンと殴られるようなドスの効いた声がする。


 後者に至ってはガラガラ感や侮りの感情も読み取ることが出来て酷く不快だ。


 人と人とが争う様子。ルーロー牧場に魔物であるフロッガーが蔓延っていることとのつながりがあるかははっきりしないが、どうしたものか――


「さもないと――」

 私が状況の判断に迷っている中、後者であるガラガラ声の男が含みを持たせるような口調でしゃべりだす。

 

「くっ……外道めが!」


「弱い奴ほどよく吠えるんだ。何かを変える力も持っておらず、権利だけを主張する。惨めだな。グハハハハ! グハッ、グハハハハハハハァッ」

 前者の男の気勢が目に見えて(私は見ていないが)削がれたようで、弱弱しく侮辱の言葉を吐きつけるのみになる。


 それを受けたガラガラ声の男は気を良くしたのか、声のボリュームを一段と大きくして笑い出した。


 ――下卑たるものだ。嘲笑の意がふんだんに込められたその笑い声は、相手を格下だと決めつけ、上に立つ自分に酔いしれているからこそ出せるもの。


 決定権を握り、己が相手の命や尊厳まで如何様にでも出来ると考えるそれは歪んで原型を失くしてしまった強者の傲り。


「……リゼ」


 酷く不快で汚らわしい、人の皮を被った化け物の思想だ。


「リゼ!」


「な、なによ?」

 エリンは私の両肩をガシッと掴むと力任せで向き合わせた。至近距離で見つめあう私とエリン。


「今中を覗いてみたんだけど」


「……なんて?」

 言葉はしっかりと聞き取ったが、理解が出来ない。思わず素直に聞き返した。

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