第18話 蛙と蛇①

「――」

 茨によって絞められ悲鳴をあげることすらかなわず、フロッガーが静かな死を迎える。


「チッ」

 気を付けたつもりだったが少量の血が飛び散ってしまったようだ。濃紺のマーメイドスカートに目立たないにしろ確かなシミが付いた。


 華麗な私をさらに引き立てる衣装。私は自らの体に関わらず、己を飾るモノに妥協をしない。己の魅力に文字通り汚点がついたことに苛立ちを覚えて亡骸に目を向ける。


 相手は魔物。情けはない。もう一度、無残に細切れにしてやろうか――


「あぁ汚れっ。リゼ、落ち着いておちけつ~」

 亡骸の体に這わせたままの茨に再度命令を下そうと人差し指に意識を向けたのと同時、エリンの呑気な声が鼓膜を揺らす。


 その直後水の玉がぽんっという音とともに出現。シミの部分に吸い付くように接触した。疑問符を浮かべる間もなく、水球はその中に血の赤を混ぜ合わる。


「色は抜けたから、ね? そのチクチクした雰囲気怖いからやめよ?」


「……ありがと」

 茨を一瞥してその機能を停止させる。砂となって形を失っていく茨が亡骸に降りかかるが、それくらいは良いだろう。


 現にエリンは矛を収めた私に向かって気持ち悪いニヤニヤした笑みを浮かべている。もしかしたら気づいていないだけかもしれないが。


「お礼はいいから、その代わりこの後真面目に付き合ってよね」


「もとよりそのつもりよ。――ここまで来ちゃったのだし」


「それはどうだかねぇ。じゃあ、行こうか~」

 エリンのこう……生暖かい視線を受ける。ちょっと雰囲気がレジィ臭い。嫌い。


 そんなご主人ともにルーロー牧場と書かれた看板の下を通り過ぎる。


 入口付近に動物はおらず、一階建ての建造物が集まっていた。中を確認しないまま進んでいるのでおそらくだが、倉庫などが集まっている場所なのだろう。


 地面は土でありながら平面。目立つ凹凸やぬかるみがないことから手入れが行き届いていることが分かった。


 しかし、一つ通常の牧場にはないものが存在していた。


 足跡である。四本で先が丸の形をした足跡。これは間違いなくフロッガーのモノだ。それが至る所に散見していて気持ちの悪い様相を呈しており、牧場に何とも言えない異常さを醸し出していた。


「これは、結構な数がいるわ……ねっ」


「確かに。確実に群れになってる……よっ」


 十字路に出たと同時、左右に気配を感じた私は左手をかざして茨を顕現。フロッガーの口にさるぐつわの要領で茨を這わせつつ、全身に至らせたそれで絞め殺す。


 エリンは右手をかざして水球を顕現。フロッガーをその中に収めると、ゆっくり溺死に追い込んでいった。


 水球の中でもがくフロッガーを見ながらつい呟く。


「なんか、こう……貴族らしくない戦法じゃないかしら」

 ノブレスオブリージュと言うが、これは中々反した行為な気がする。令嬢というよりは拷問官ではなかろうか。


 その私の言葉を受けてエリンが結構な勢いで振り返る。


「仲間を呼ばれたら大変じゃん。これが一番確実な方法!」

 心外と言いたげに語気を強めたエリンは「最善手を取ることが重要」と続け、動かなくなったフロッガーを確認してから水球のコントロールを手放した。


「まぁ、実戦的といえば聞こえはいいのかし――」


「いい加減にしろ! もう俺は耐えられないっ!!」


「「……」」

 突如、前方から男の叫び声がこだました。無言で顔を見合わせる私とエリン。


 位置的には視線の先、周りと比べてひと際大きい建造物からだろうか。


「リゼ、クサいねこれはぁ……」

 自身のセンサーが面白そうな事態を察知した様子のエリンがにやぁと笑みを浮かべる。なおそのセンサーは感度がバグの尖った仕様だ。


「少しレジィ臭いのやめてほしいわね」


「え、レジィちゃんと? 嬉しい」


 男の叫び声を前にして、閉まらねぇわと私は思った。

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