第16話 所長に会う②
「まず屋台で振舞われた謎肉についてだが、もちろん鶏肉ではなかったねぇ」
間延びするレジィの話し方に若干のイラつきを覚えるが、ここで文句を言えば帰るまでの時間が伸びてしまうので我慢して続きを促す。
「ズバリ?」
「ズバリ、謎肉の正体はマッド・スネーク。ありていに言えば蛇の魔物かな。こいつらは水質の悪い水場を縄張りにするんだけどぉ、自前の魔法を用いて泥を出すことによって綺麗な水場を汚くして、己の住みやすいように変えてしまう性質も持つのさぁ」
「もしかして、食べるの控えた方がいい?」
え、今後も食べるつもりあるの?
「そこは問題ないよ。マッド・スネークは淡白でとてもおいしいし、食べ過ぎによる悪影響も心配ない。地方じゃ珍味として重宝されているらしいしぃ」
レジィはさらに、「かくいう私も調査で一回食べてみたが、ハマってねぇ。件の屋台に自ら買いに行ってしまったよ。アハハァ!」と続けた。
「その話はいいわ。さっさと続きを」
「リゼ嬢はせっかちだね。まぁそこも良いところだよ」
「……」
「分かった分かった。話を戻そう。マッド・スネークはこの国の全域に生息してる。セレジー周辺においては、東にある森に多くいるのねぇ。それで助手を現地に向かわせたんだけど、道中の湖で興味深い現象が起こっていてぇ」
「興味深い現象?」
エリンがオウム返しで問う。
「そうそう。実は、その湖がマッド・スネークの泥で濁っていたらしいの。それはもうどろっどろ。元の綺麗さは見る影もないってね。しかもその湖、もともとはフロッガーたちの縄張りだったはずなのにぃ、いるのは蛇どもだけ。フロッガーは一匹も見当たらないんだって~」
「フロッガー……」
「リゼ嬢は知ってるのかい?」
メモからぎゅるんっと視線を上げるレジィ。
人間から逃げる虫のごとく不気味な素早さだ。「キモッ」と漏れ出かかったの我慢した自分をほめたい。
「え、えぇ。人間の子供と同じくらいの大きさをした二足歩行する蛙の魔物よね。繁殖力が高くて簡単に大量発生するし、発達した両手で武器を使うし、社会性もあるから群れで行動するっていう、地味に強いやつ」
「正解! リゼ嬢は物知りだねぇ。自分で狩った経験もあったりするのかな? かな?」
「話が逸れてるわよ。ウチのご主人様も続きが気になっているはず――ね?」
私の予想通り、エリンは目を爛々と輝かせてレジィの話の続きを待っている。レジィはそれを確認したのち、視線を私に戻すと、呆れたようにため息をついた。
「こういう時だけご主人扱いは都合がよくないかい?」
「……」
「分かったよぅ」
相手のペースに乗るからダメなのだ。無視して乗らない、これに尽きる。
「――じゃあフロッガーはどこに行ったんだろうって話。周りに死体は一つも見つからなかったから、どこかに移動した線が濃厚だね。件の湖の近くで、フロッガーの群れが移り住めるような水場を探してみるとぉぉおお~~」
「みるとぉぉお~~?」
盛り上げるように語尾を伸ばしながら上げていくレジィに合わせるエリン。
ほどよくうるさい。
「ルーロー牧場の敷地内にある人工湖が見つかったよ。さらにぃ、蛇肉を提供していた屋台を出していたのが、ルーロー牧場の牧場主だったんだよねぇ」
レジィはにちゃっとした笑みを浮かべると、「このつながりは怪しいね?」と続けた。
確かに、正確な関与は想像できないが怪しくはある。
フロッガーの縄張りがマッド・スネークに乗っ取られる。フロッガーの避難先がルーロー牧場にある人口湖の可能性。牧場主が提供する鶏肉と称した蛇肉の屋台。
「怪しいよ! 面白そうだよ!」
エリンの琴線に何かが触れたらしい。大いに盛り上がるエリンを前にして、私の勘が危険信号をつかみ取る。
このままでは現地を見るために飛び出しかねない。
「で、真相は!? 実際はどうだったのかしら!?」
レジィにはさっさと事の顛末を話してもらおう。そうすればエリンの暴走を止められると思った私は言葉を重ねる。
「リゼ嬢、急かす必要はないぞ?」
「いいから! 早くしなさい!」
私の追及にどこ吹く風のレジィ。
――イライラが積み重なって倒壊しそうになってきたタイミングで、やっとレジィが口を開く。
「王研の調査はここまでだ。あとはエリン嬢、現地に見にいって確かめてみてねぇ」
「さすがレジィちゃん! 私のことをよくわかってる!」
バチンッとウィンクをしたレジィにエリンがパチッとウィンクを返す。
……は?
衝撃で沈黙してしまった私に、レジィのぎょろっとした目が向けられて……
「急かす必要はないと言ったじゃないかぁ。リゼ嬢とピクニック、いってらっしゃぁい……アハハァ!」
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