第15話 所長に会う①
そこから過ぎる一日は早かった。
エリンの私室でともに朝食を済ませたのち、エリンがメイドたちにあれよあれよと着せ替えられていくのを眺めながら魔導書を読む。
王都からやってきた貴族との顔合わせでは、後ろで控えてエリンと相手との会話を聞き流しながら時間をつぶす。
外での予定を済ませた後はエリンの魔法の練習に付き合って疲労し、だるい体に鞭を打って個人での魔法研究。
オーバスを弄りながらエリンと夕食をともにし、ささやかな自由時間を味わってから就寝。
もう一度言うが、あっという間に一日が過ぎ去って翌日の朝。
エリンは私を従え、エレスト邸の裏に位置する王立総合研究所セレジー支部にやってきていた。
エレスト邸にも引けを取らない規模の研究所。つまり、水の都の最大建築の双璧をなす片割れ。本部支部ともに、日夜この国を潤す発明を生み出している。
「朝も早いし、迷惑じゃないかしら」
「楽しみぃ~」
私は「ほら、一回帰ってみない?」と止まる気のないエリンに言葉を重ねるが、まったく意味がないと実感してしまい気分が下がるのを避けられない。
分かっている。分かっているのだ。
こうなったエリンを止めることはできない。私が出来るのは嵐を前にした人間のように、ただ過ぎ去るのを待つのみなのである。
だけど、私は抵抗をやめないわっ……
決意を新たに
「エリン嬢! よく来てくれたね、お茶を出すからとりあえず中へ! まぁ、ウチにはティーカップなんてものはなくてだな。あるのは薬用の容器ぐらいだよ、アハハァッ!」
「レビィちゃん、昨日はごめんね? 急なお願い聞いてくれて本当に助かった!」
「ノンノンッ。感謝の言葉はいらないよ、エリン嬢。王研は国民が豊かな生活を送るため、国民が苦労をしないようにするためにあるのさ! ならば、助けを求められれば手を差し伸べる。当たり前のことだねぇ。しかし、しかしっ、お礼がしたいというのであれば、研究所に献金を頼むよぉ?」
声がでかい。セリフが長い。やっぱり圧が凄くて苦手だわ……
そんな私の思いを見透かしたのだろうか。不快感を感じた瞬間、ぎゅんっと首を曲げてこちらを見てくるレビィ。丸眼鏡の奥から覗く、丸眼鏡と同じくらい丸く見開かれた目が私を捉えて離さない。
「リゼ嬢もよく来てくれた! まぁ、君の場合はしぶしぶだろうがねぇ」
「えぇ、本当は来たくなかったのだけれど」
言葉を区切ってエリンを一瞥。
「おやおや、やはり君はエリン嬢に振り回される運命なわけだ! 実に愛おしいよぉ~」
「相変わらずハラスメントが歩いてるわ。羞恥心はないの?」
「さてエリン嬢、君の従者が私に対して無礼を働いてきているのだが。侯爵家当主の私に、だ」
先ほどまでのふざけた調子を引っ込め、底につくような声色で話すレジィ。
そう。こいつは頭おかしい癖して王研セレジー支部所長、レジィ・ノレジー侯爵なのだ。
さらにこいつら……
「リゼ、ごめんさいして!」
「……」
「リゼ嬢の真摯な謝罪、心に沁みたよ……。今日のことは水に流してあげよう」
「よかったね、リゼ!」
とっても相性がいいのである。
「――いかんいかん、立ち話がすぎるねぇ」
レジィはぶんぶんと頭を左右に振ってから言う。最初からぼさぼさであった金髪がさらにはじけた。
「調査は済んでいる。答え合わせと行こうじゃないか!」
前に積まれた大量の書物によって開けることの叶わない日除け。
テーブルは謎の図や文字が乱雑に書き込まれているメモで溢れて面が見えない。
私たちが座る椅子は足の長さがバラバラなのか一向に落ち着く気配がない。
言ってしまえばとても長居などできないレジィの私室に案内された私の気分は落ちに落ちていた。
「粗茶だが」
「ありがと~」
「……」
粗茶って自信満々で言う言葉だったかしら。
あぁ、帰りたい。
そんな思いを巡らせてしまう私を置いてけぼりにし、二人の会話は弾む。
やれ次の茶会はいつにするのか、やれ良いお相手はいないのか等々、心底どうでもいい話題が連なっている。
このままでは一生話が終わらないと悟った私は、誠に不本意ながら調査の結果を聞くことによって会話を進めることにした。
私が話を振れば、忘れていたと言わんばかりの表情でレジィが席を立つ。続けて大量の本が詰め込まれている棚をひっくり返しだし、待つこと数分。一枚のメモを取り出して戻ってきた。
レジィはそのメモを見ながら口を開く。
「まず屋台で振舞われた謎肉についてだが、もちろん鶏肉ではなかったねぇ」
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