第14話 エレスト侯爵邸にて②

 オーバスを苛め――イジるとストレスが幾分か軽減される。この感覚はとても気持ちがいい。


 紅茶を味わいながら次の手を考えているさなか、扉の外に人の気配を感じた。


「普通に入ってどうぞ。エリンは起きてるわ」


「失礼します。エリン様、今日はお早いお目覚めですね」

 私の言葉を受けて中に入ってきたのは執事長のアドラスだった。


 いつもは私、オーバス、アドラスの三人がエリンの起床を待つのだが、アドラスの言葉通り今日はエリンの目覚めが早い。


「まぁ、ね?」

 エリンは何かを含ませたような返答とともに、チラリと私を見る。


「アドラス執事長、おはようございます」


「オーバスさん、おはようございます。リゼ殿も、いい朝ですね」


「そうね」

 エリンの意味ありげな視線が気になる私は挨拶もそこそこに思考の底へ――


「エリン様っ。リゼ様はこの通り、使用人の間の会話もおざなりなのです。やはり、解雇を検討しては……」


 沈むことはできなかった。まだ水圧だって変化していない。


「オーバス、あぁオーバス。私は使用人ではなく、エリンの従者よ。そこのところしっかりね」

 私の訂正が気に食わないのか、厳しい視線をこちらに向けてくるオーバス。このやり取りに挟まれたアドラスは表情を一切動かさず、どこふく風。


 エリンは私たちの顔を見回したのち、苦笑しながら口を開いた。


「立場に関していえば、リゼが正しいよね」


「そんな、エリン様!」

 顔色が青くなるオーバス。


「けど、コミュニケーションはしっかりとった方がいいのは確かだわ。お互いに仲良くしてね」


「そうですよね、仲良くします。エリン様!」

 顔色が急激によくなるオーバス。


「急な方向転換で足首挫くわよ」


 オーバスは私の言葉を無視し、笑顔で「エリン様、お紅茶のおかわりはいかがなさいますか?」と忙しなく世話を焼き始めた。


 良い性格してるわ、まったく。


「エリン様」

 私とオーバスのやり取りの間で突っ立っていたアドラスが間を縫って口を開く。すると、エリンが居住まいを正した。


「今日のご予定をお伝えいたします。まずは――」

 

 アドラスがつらつらと述べるエリンの今日の予定をバックにして紅茶に口をつける。


「以上になります。では、わたくしは失礼致します」

 アドラスが慣れた様子で頭を下げる。


「エリン様。私も失礼致します。何かあれば何なりとお申し付けくださいませ」

 アドラスに続いてオーバスも退室するようだ。二人して頭を下げ、すすすぅ~っと扉の前まで移動した。


「ご苦労様、今日もよろしく頼むわね」


 ――パタン

 

 執事とメイドの長が退室し、エリンの部屋に静寂が訪れる。


 しかし、その静けさは長くは続かない。なぜなら、エリンがいるからである。


「ねぇリゼ」


「……何よ」

 エリンの上がった口角。嫌な予感をビンビンに感じた私は、図らずも低い声で返す。


「今朝、に調査を依頼したの」

 エリンはテーブルに肘をつき、両手で口元を隠すと、厳かな雰囲気で……


に!? ま、まさか昨日の件で……」


「そうだよ。さすがに今日の今日は無理らしいから、明日来てくれって言ってた」


 私は「明日って、十分優秀だよねぇ」と感心しているエリンの言葉に返すことなく、逃げ出したい欲を順調に高めていく。


 会いたくないわぁ……

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