第13話 エレスト侯爵邸にて①
朝日が窓から差し込み始めたのに気が付くと同時、私の耳が鳥のさえずりを聞き取った。
机の端に置いていた明かり用のロウソク――毎日使いすぎて執事長が遠回しに使用を控えてほしいと言ってきた――の火を手で仰いで消したのち、立ち上がって伸びをする。
体が悲鳴を上げて血を全身に張り巡らせていく感覚を味わいながら、欠伸をかみ殺した。
まったく、昨日もエリンには振り回されたわ……
鶏肉の件で盛り上がってしまったエリンを無理矢理引っ張ってくる形で侯爵邸に連れ帰ってきたのち、すぐさま仮眠。
夜が更け切った頃に起きだして魔法の研究を敢行し、今に至る。本当は睡眠時間を削りたくなかったのだが、研究中の魔法が魔法なので夜の方が都合がよかった。
「……よし」
短く気合いを入れ、パタパタと服のホコリを払い、自室から出る。
「リゼ様、おはようございます」
「おはよぅ」
廊下で遭遇した使用人が頭を下げてきたので軽く挨拶を返す。正直に言って未だに慣れないが、エレスト家に仕える者の中で私の地位はそれなりに高い。
そんなやり取りを複数回こなしながら到達した扉の前。この先はエリンの私室。ストレスの宝庫。
今日一日で蓄積するであろう疲労を想像して気分が落ち込むが、入らないわけにはいかない。
従者はご主人の傍から片時も離れてはならないのだ。もちろん就寝時は例外だが、エリンが起きた時には既に私が傍に控えている、という状況が理想。
正気の沙汰とは思えない生活――アルバートの時はエリンが私を撒いてしまったので例外。エリンのせい。私の過失じゃない。
「……」
エリンを起こしてしまわないよう音を立てずに扉を開け、廊下の光が中に入るのを防ぐためにさっと入室。
あとはエリンが起きるのを待つだけ……
「おはよう、リゼ。よく眠れた?」
「エリン様は既にお目覚めになっています。従者としての自覚が薄いのではないですか?」
イラッ。
「リゼ、どんまいっ。あとその苦虫をつぶして丸めて団子にしたおやつを食べているみたいな表情、結構好き」
「エリン様、やはりこの者は従者にふさわしくありません。解雇いたしましょう」
私の前にはサムズアップをして微笑むエリンと、紅茶の用意をしながらも器用にこちらを睨むメイド長――オーバスがいた。
「オーバス、私にも紅茶」
エリンの向かいの椅子を引いてドカッと腰を下ろし、顎をしゃくって紅茶を催促。
「……かしこまりました」
悔しそうに声を震わせながら準備を始めるオーバスに愉悦を禁じ得ない。
「リゼ、あまりオーバスをいじめないであげてね?」
エリンは私を咎めるでもなく、やさしい声色で告げる。
それを受けてオーバスが大仰に反応。
「エリン様っ、この不届き者に厳しい罰を求めます!」
もうシワも隠せない歳なのに、元気なことね。
「紅茶が冷めちゃうわ、オーバス。しっかりやりないさい、オーバス?」
「申し訳ありません、リゼ様……」
隠しきれない怒りを私に向けながら、紅茶を入れたティーカップを置くオーバス。
あらあら、手が震えていますわねぇ。
愉悦。
「もう少し優しくしてあげてよね~」
「そう言われても、って感じよ?」
私の返答にエリンは「いつも通りではあるか……」とこぼしたのち、オーバスの入れた紅茶に口をつける。
「おいしい! さすがはオーバスね。ありがとう」
「エリン様! ありがたき幸せっ」
エリンが褒めればオーバスはたちまち上機嫌だ。私に向けていた刺々しさが消え失せ、鼻歌交じりでベッドメイキングに移る。
まったく、調子のいい奴だわ。
オーバスはエレスト家のメイド長であり、エリンの乳母であったらしい。それもあってエリンとは親しげだ。
しかし、エリンの従者である私の方が地位は上。いくら私を嫌っていても強くは出られない。そんな微妙な立ち位置が故、エリンに直訴をするという形でいつも私に歯向かってくるのである。
その無駄な努力、健気よねぇ~。
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