おいしそうな匂いに誘われて

第10話 寄り道は必至①

「ふざけるな! あの子たちは家族同然なんだぞ? そんなことはできない!」


「うるせぇ! お前は俺たちの命令に黙って従っていればいいんだよ! さもないと――」

 目の前でほざく男に視線を合わせたのち、とある方を見てやれば――


「くっ……外道めが!」

 一瞬で男の気勢が削がれてしまう。


「弱い奴ほどよく吠えるんだ。何かを変える力も持っておらず、権利だけを主張する。惨めだな。グハハハハ! グハッ、グハハハハハハハァッ」







 水の都セレジーの中央広場を離れた私たち二人は、現在都の外縁部を歩いている。


 東西南北と四つの方向に広場からのびるストリート。その終着点をつなぐように都を囲む通りがあるのだ。


 一周ともなれば疲労は避けようもないが、北から中央、東、北へと戻るコースは丁度いい体のいいサボり


 エリンの「散策して帰りたい」という希望を聞き入れたのっかった私は、殊勝な面持ちを意識して傍らに控え、歩みを共にしていた。


 屋敷に帰ってからの方が面倒くさいのである。


「それにしても愉快だったなぁ。リゼもそう思わないかしら?」

 藪から棒。リボンをほどき、透き通るような水色の長髪をおろしたエリンが機嫌よさげに声をかけてくる。


 相も変わらず粗野と貴族感が入り混じった言葉遣いだ。


 ふとした瞬間であるこのパターン、エリンが期待する答えは「そうですね」の一択のみ。


 衛兵にアルバートを引き渡した時点で私は管轄外。あまり話題にも出したくないのだが……


「私としては面倒事を起こしてほしくはないのですが」

 

 エリンは私の反応に満足がいかなそうな表情。


 しかし、気にしない。むしろ意に沿わない言動を返したい。


 そんな考えを知ってか知らでか、喋りたがりのご主人はさらに言葉を重ねる。


「面倒事とは失敬な。我が都に蔓延り、悪辣の限りを尽くそうとした大悪人。逆賊のアルバートを手練手管を駆使して退治して見せた私が? 面倒事を起こしていたと?」

 声を張り、動作を大きくしたエリンが目を合わせてくる。


「尾ひれがビッチビチです。自分の都合のいいようにモノを言い換える技術はどこでお学びになったのですか?」


「私、あなたのご主人様。あなた、従者。オーケー?」


「オーケー。バット、ノーオーケー」

 

 分かっている。だが、関係ない。


 早速、殊勝な面持ちが崩れかけていると思い気を引き締める。


「機会があればその無駄な技術、ご教授ください」


「ん?」

 突っかかりのつもりで発した言葉。それを受けエリンがきょとんとした顔を浮かべ、首をかしげて見せた。


「リゼには必要ない技術じゃない? あなたには素晴らしい魔法があるからね~」


「……」


 こういうところだ。あっけらかんと恥ずかしいことを言ってくる。さも自分は純粋にそう思っていますよ、と言いたげな感じ。


 急に今までの会話の梯子を外されたみたいで、こちらのペースが乱されてしまう。


 若干の気まずさを感じながら歩いていると、前方に目立つ人だかりが見えてきた。


「おっ先!」

 エリンは目ざとく気が付くと、私が止める隙も無く人ごみの中に飛び込んでいってしまう。


「エリン様!?」


 小さな体はすぐに見えなくなった。まったく、侯爵令嬢という立場をあまり理解できていないように思える。


 不特定多数の一般市民にもみくちゃにされてしまうような場所へ、単身突っ込む気が知れない。


 このまま置いていってしまいたい気持ちでいっぱいだが、職務放棄をしたら後でどんな面倒事に巻き込まれるか……


 さすがに一緒にいる以上、言い訳はできないだろう。


 それに周りの目もある。水の都の令嬢エリン、そして従者の私。都民には顔が割れているし、放置して帰ってしまえばどんな話が広がるか分かったものではない。


 こほん。


「エリン様ぁ! お待ちください! お願いですから、お一人で行くのだけはやめていただけませんかぁ!?」

 無理矢理、脳内で動機づけを行った私は、周りに苦労人感を全開で醸しながら人ごみに飛び込んだ。





「はぁ、はぁ……エリン様!」

 思ったよりも揉みくちゃにされたが、どうにか人ごみから抜け出すことに成功。息も絶え絶え半分は演技で膝に手を突きながらエリンの名を呼ぶ。


「思ったより早かったよ。自己ベスト更新だね」

 顔を上げれば、いつの間にか私の横に並んでいたエリンが称えるように肩を叩いてきた。しかも、何度も頷いている。


 うんうん、よく頑張った……じゃないのだけれど。


「こんな場所で自分との戦いに興じるつもりはないで――うぐっ」

 もう何度目ともわからない苦言をオートで吐き出す私の口に、ふと何かが押し付けられる。


 反射的に吐き出しそうになったのだが、鼻腔をくすぐる香ばしい匂いがそれを思いとどまらせた。


 これは……お肉?


 視線をやれば、肉刺しの串を持ったエリンと目が合う。言いたいことはいくつもあったが、とりあえず串ごとお肉を奪い取ってかぶりついた。


 食べられるものは食べられるうちに食べておく。小さい時から習慣づけられた行動である。

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