第9話 偽貴族、アルバート⑤

「あなたの鏡水晶コンタクト、付け心地はいかが?」


「……?」

 アルバートはエリンの言葉にピンときていないようだ。疑問符を隠そうともしないその様子からは嘘をついているようには見えない。


 エリンも私と同じように感じたのか、多少の煩わしさを醸しながら自身の右目を人差し指で示すと、口を開く。


「その目に入れているもののことだよ」


「っ!?」

 ここにきてアルバートが露骨に焦りの表情を浮かべる。今までの激情に任せるような強気のものではなく、明らかに動揺を隠そうとする意志も感じられた。


 今までのなんちゃって推理とは違う、非常に有効な一手をエリンが放ったということだろう。しかし、その一手が持つ意味が私にはわからない。


 鏡水晶は視覚の補助を行う器具。王立総合研究所が数年前に開発し、貴族の間で爆発的に広まった代物だ。


 効果は確実。目に入れるという心理的負担、高い価格を鑑みても素晴らしい発明と言っていい。


 ここで私を悩ませる疑問が顔を見せてくる。


 エリンの口ぶり、アルバートの様子から察するに、彼が鏡水晶を付けていることは確実だ。


 しかし、それらの背景から考えれば、鏡水晶を付けているアルバートは本物のカイベルク家跡取りということになるのではないだろうか。


 現状、ロベリア王国内において鏡水晶を手に入れることのできる者は限られている。エリンは今、自分で自分の首を絞めて――


「しかも、珍しい……」

 エリンが私の思考を断ち切るようなタイミングで自信に満ちた口を開く。


「その鏡水晶、碧色付きカラーコンタクトじゃん?」


 ……なるほど。


 つまり、アルバートの目の色を確かめることで本物か否かを判断しようということか。


 カイベルク家は公爵の地位。王族の血が流れており、目の色はのはずだ。


 エリンはアルバートの碧色の目が鏡水晶のものであり、その下に別の色があると踏んでいるということだろう。


「な、何を言っ――ぐぁっ!」

 アルバートの反論が遮られ、苦悶の言葉に変化する。


 彼は今、先ほどエリンが顕現させた水の手によって両瞼を強制的に開かされていた。


 それも中々の強さでやっていると思われる。水の手の表面がうごめくと、浮いた血管のような筋が現れた。


 そのような細かいところ、魔法だしこだわらなくてもいいのだけれど……


「ごぼっ!?」

 エリンの魔法の精巧さに呆れていると、突如として口を塞いでいた水の触手が形を失った。不意打ちのような形となって口内に水が流れ込み、むせてしまう。


「リゼ、喋っていいから下ろしてくれる?」


「……分かりました」

 そういえば、まだ羽交い絞めしていたままだった。今回の攻防は私の完敗である。もうエリンの行動を止めることはできない――というか諦めたので、素直に従うことにしよう。


 拘束を解いてエリンを下ろせば、すぐにアルバートの元に駆け寄っていく。私もその後を追い、斜め後ろに立った。


「アルバート」


「くっ、やめっ……ろぉ。目が……」

 極端に見開かれた、正確には見開かされた両目でエリンを凝視するアルバート。正直不気味である。しかも呻くような声が絶え間なく――


「やっぱうるさい」

 エリンの一言ともに、再び水の触手を口に突っ込まれてしゃべられなくなるアルバート。


「あ、めっちゃコンコンって音する」

 それに加え、ノータイムで行われたお目目コンコン。その音からはアルバートが間違いなく鏡水晶を付けていることが分かる。


「エリン様……さすがに惨いです」


「ふぅっ――ふぅぅうぅ!」

 アルバートが声にならない声を上げた。


 それもそうだ。いくら固い鏡水晶を触られているとはいえ、文字通りの目の前を指が襲うさまは生物的本能にとてつもない恐怖を与えていることだろう。


 しかし、エリンは指を止めない。


 コンコンコン


 コンコンコンコンコンコン


 コンコンコンコンコンコンコンコンコン


 あ、こっち見た。


 怖い。


 ……


 …………


 ………………


「――エリン様、満足しましたか?」


「満足っていうか、飽きた?」

 こちらを振り向き、あっけらかんと言うエリン。そして後ろで涙を流すアルバート。

 

 惨い。


「リゼもやる?」


「やりたくないです」


 やっぱこの人、根に持ってる。


 その後、アルバートの目からは碧色付き鏡水晶カラーコンタクトが取り出され、元の目が黒色であることが判明。偽貴族であると断定された。

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