第8話 偽貴族、アルバート➃

「――エリン様。お、落ち着いていただけましたか?」

 今にもアルバートに飛び掛かりそうになっていたエリンを後ろから羽交い絞めにして取り押さえる。


「リゼ、離しなさい! 私が落ち着いているように見える? あと、下ろせ!」


「絶対ヤダわ。今あなた下ろしたらまた彼に獣みたいに襲い掛かるに決まってる」

 周りに聞こえないように声を落として言えば、恐怖歌劇に登場する幽霊さながらの首曲げを見せてエリンがこちらを睨んでくる。


 見苦しいその姿に気分を良くした私は、「こうすればあなた、地に足がつかないものね」と続けて口の端を上げて見せた。


 そう、エリンは私と比べて背が低い。私が頭二つ分以上は抜けているのだ。軽いし簡単に持ち上げられて、拘束は容易いのである。身柄を抑えるという点においては非常に有効な手だ。


 あとはどうにか気を紛らわせてしまえば――


「なんてね、リゼ!」

 自信を滾らせたエリンの声。今後のことに意識が行ってしまっていた私は、そこでエリンの魔力が辺りに漏れ出ているのに気が付く。


「あらぁ!?」


 つまり、いつも通りにエリンを捕えた気になって油断していた私は、エリンが魔法を発動していたことに気が付かなかった。


 転がったままのアルバートを囲むように地面から水の触手が二本現れる。


 アルバートを拘束している触手と違い、先端が人間の手のようになっていた。それに遠くから見ただけでも分かる精巧な作り。


 ムカつく主の魔法の腕を見せつけられ、いい気分ではない。


「次からは魔法の発動を阻害することよ。リゼはまだまだザルだわぁ?」

 心なしか私の真似をしているような口調と仕草――いや、確実に真似ているうえに煽っている――を見せたのち、大きく息を吸い込んだ。


「この無礼者には自白をしてもらう! 強制で! 拒否権はないよ!」


 ……自白を強制とは、それもう自白じゃないのでは? というかウチの国でも自白の強制は犯罪だわ。


「エリン様! さすがにお痛が過ぎます。いい加減に――むぐっぅ!?」

 これ以上貴族の恥は晒せない。そう思いエリンの口を塞ごうとしたところ……


「やっぱり甘いね。だから私に

 

 エリンがおもむろに向けた目線を追うと、私の死角から新しい水の触手が伸びているのが見えた。


 口を塞ぐつもりが先に塞がれてしまった、と。


 これでは詠唱が出来ない。私のもう一つの武器と言える色仕掛けもエリンには使えない。


 ゆっくり全身の力を抜いていく。エリンはそんな私を見て満足そうにうなづいた。それはもうムカつく笑顔である。


「さあ、アルバート。今まさに化けの皮をはがされようとしている気分はどう?」

 エリンはアルバートを前にしてかがむと、冷えた笑みを見せつける。


「――ふん。俺は偽物ではない。お前こそどうなんだ? 公爵家を敵に回しているんだぞ、娼婦候補」


「もうそんなことを言われても動じはしない。草食動物を恐れる魔物はいないもの。あぁ、今から剥がしたあなたの皮で何を作ろうか、考えるだけでワクワクするなぁ!?」


 あ……効いてるわね、これ。


「……こほん。で、アルバート」

 エリンは気を取り直すようにわざとらしい咳ばらいを敢行。これ見よがしに身に着けた乗馬服のホコリを払うと、アルバートをまっすぐ見据える。


「あなたの鏡水晶コンタクト、付け心地はいかが?」

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