第7話 偽貴族、アルバート③

「……はい」

 エリンの淀みない補足に一拍置いて言葉を返す。この場に関係のない貴族たちに飛び火する可能性大なので、エリンの明け透けな物言いにひやひやしてしまう。


 しかし、従者として主の言葉を無視することはできない。内心で嫌がっていても、体裁というものがある。躊躇いがちに肯定の意を示すしかなかった。


「それはそうなんだよね。地位や権力を笠に着て大柄な態度を取る貴族が多いこと多いこと」

 エリンは大げさに肩をすくめて見せたのち、厳しい目をアルバートに向ける。


「じゃあ理由二つ目。こいつ、変に貴族の知識が偏ってるのよ。ちぐはぐで気持ち悪いことこの上ないと思わない?」


「それはどういう……?」

 エリンの言うことが理解できず、質問に質問で返してしまった。しかし、エリンは気にするそぶりも見せず、むしろ自ら語りたいというように続ける。


「高級な衣服に剣、毛先まで手入れされたツヤツヤの髪や言葉遣い――は悪い意味で貴族らしい。私のこともそうだけど、エレスト侯爵についてもある程度の情報を持っていそう。でも――」

 エリンはそこで言葉を区切り、再び人差し指をくるっと振った。すると、アルバートを拘束していた水の触手がうごめきだし、彼が宙に浮かび上がる。


 まるで吊られた罪人のようだと思ったが、それは事実だったと思い直す。そんな様子を目の前に住民たちはいくらか落ち着いたようだ。エリンが何とかしたのだと思ったのである。


 胡坐をかいていたエリンだったが、アルバートと高さを合わせるように立ち上がると、今日一の鋭い目を彼に向けた。


「あの名乗りは何かしら? 貴族が貴族に対して剣を抜いた時点で、それは正真正銘の戦争。両家の誇りと存在を懸けた真剣勝負なの。無駄に名乗って相手に詠唱の隙を与えるなんて愚の骨頂。やるならすぐに斬りかかってくればよかった」


 確かに、エリンの言う通りだ。剣を抜いた時点で、エリンが応じた時点で、二人の勝負は始まっていた。ロベリア王国において、貴族同士の決闘の際に名乗らなければいけないというルールはない。


 むしろ、我が国における決闘には超実戦的ルールが採用されており、互いが了承した時点で真剣勝負が開始される。


「決闘の作法を違えるなんて、貴族としてあるまじき行為だよ」


 アルバートが名乗りをせずに剣を振っていれば、先手を打てる可能性があっただろう(それでもエリンが先に魔法を放つだろうが)。


 その有利性を捨て、決闘という貴族の誇りと存在を懸けるような事柄の作法を違えるのは、貴族としての矜持を持っていないと同義。


 ちなみに――


「名乗りは決闘の際にするものじゃない。するのは国と国との戦争時のみ。アルバート、お前は貴族の作法をんじゃない?」


「……確かに、俺は作法を間違えていた。しかし、俺だって人間だ。間違いの一つや二つはあるだろう。お前だってそうだ」

 エリンの度重なる追及を受けてもなお、敵意の残った強い目つきのアルバート。まだ負けていないといった雰囲気だ。実際、言い訳には等しいが筋は通った主張を続けている。


「それにお前の言ったことはすべて推測だろ。俺が偽貴族だって明確な証拠を出せよ。そうしないとお前の家は取り潰しだ。堕ちて娼婦にでもなっちまうかもな」


「こいつぅ……」

 エリンが貴族令嬢にあるまじき歪んだ表情をしてアルバートを睨みつける。先ほどまでの余裕あるふるまいはどこへやら。在野の絵師が広めてしまいそうなほど珍妙な怒り顔である。


 ……この人、本当に大物貴族の令嬢なのだろうか。


 さらに、アルバートは水の拘束による痛みを感じさせながらも、口撃を繰り出してくる。


「お前、貴族としては微妙な顔立ちだが、娼婦の中で比べりゃ一級品だと思うぜ。実際に堕ちたら俺が買ってやるよ。あ、でもちょっと――」


 嫌な予感がする。主に私の胃にまつわる――


「胸が、な。一級娼婦としては物足りないかもしれん」


「ひょっ!?」

 自分でも驚いてしまうくらいの素っ頓狂な声を上げた私は、その勢いのままガバッとエリンの方を見る。


 そこには……


「ふしゅぅ~~~」

 

 悪鬼がいた。


「こいつ、完璧にライン越えたっ、ライン超えたぁああ!? 奥歯ガタガタ揺らしてあげるから歯ぁ食いしばりなよ! あんたのケ――」


「それ以上はいけません! 我慢を……貴族令嬢として、どうかっ」

 

 さようなら、私の愛しい消化器官たち……

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