第6話 偽貴族、アルバート②
「これは……」
どういうことですか、という言葉を私は飲み込んだ。
どういうことかとは、こういうことである。エリンに曖昧な質問をしたってしっかりとした答えが返ってくるとは思えない。というか、大した答えを持っていないこともあるし、文字通り「こういうこと」と言われてお終いのパターンも多い。
エリンに心底真面目に付き合うと損が大きいのだ。今までのことで私は深く学んでいるのである。
私がやることと言えば、エリンの捜索と、エリンの助手と、後処理と、後処理と――
「ほら~大丈夫だったでしょ、リゼ」
今後の仕事を想像して憂鬱になりかけていたところ、リゼが底抜けで楽しそうに弾ませた声で話しかけてきた。私はため息を隠さずリゼに吐きつけると、言葉を続ける。
「何が大丈夫ですか。私は今後のことを考えると頭が痛いですよ」
地べたに転がったアルバートを一瞥する。アルバートはエリンの水魔法によって体の自由を奪われており、水の触手は口をも塞いでいて喋ることが出来なくなっていた。
さらには、口をモガモガしながら必死の形相で私とエリンを睨みつけており、怒りはまだまだ収まっていないのように見える。
「リゼ、しつこいよ。もう少し私を信頼してほしいものね」
「そう言われましても――」
「うるさいうるさい!」
エリンは私の続く言葉を予知しているかのような間で割り込むと、わざとらしく大げさに耳をふさいで見せた。このモードのエリンは話を聞いてくれない。
――いや、いつも聞いていないかもしれない。
そう思い直した私が半眼でうなづいて見せると、エリンは安心した様子で耳から手を離した。続けて意気揚々としゃべりだす。
「リゼが苦労することはあまりないと思うよ。だって、こいつを嘘つきの犯罪者として処理するだけだから」
「エリン様……」
処理、というお嬢様らしからぬ発言に目を覆いたくなってしまう。
というかそもそも、こいつの言動で動じない周りの住民たちも悪い。
何だこの奇妙な空間は。苦労するのは私だけなのか。エリンの言動で怒られるのは私だけなのである。エリンの父で雇い主でもあるエレスト侯爵の顔が浮かんでしまい、頭痛がしてきた。
「アルバート、調子はどう?」
思考があらぬ方向に向き始めた私を放って、エリンは転がっているアルバートの前に座り込んだ。今のエリンは女性用の乗馬服を身に着けており、あぐらをかいている。
「――ごほっ、ごほ! 貴様、俺を溺死させるつもりか!?」
エリンが人差し指を反時計回りで二回転、くいくいっとすると、アルバートの口をふさいでいた水の触手がただの水に変わった。彼の口内に残っていた水が暴れてむせてしまったようである。
苦しそうに顔を歪めるアルバートをワクワクとした表情で見つめつつ、エリンは続けた。
「取り調べの時間よ。リゼ、水鳥の親子丼……こういった場合はカツ丼って言うんだっけ? を持ってきて」
「何ですかそれ。ふざけてないで早く済ませてくださいよ。私にはこの後も仕事があるんです」
「取り調べだと? それはカイベルク公爵の息子である俺を犯罪者であると言っているようなものだぞ。無礼な! 身の程をわきまえろ!」
犯罪者呼ばわりは偽物呼ばわりと同様に我慢できるようなものではなかったらしい。刺すような視線を私たちに向けて威圧してくる。
エリンはその視線に怖がる素振りもなく、逆にアルバートを見据えた。
「あなたは同じようなことしか言えないわけ? やれ、公爵家が偉いだの。やれ侯爵家風情だの。そもそもそのボキャ貧具合と口調が貴族らしくないのよね」
……貴族らしくない口ぶりはあんたもよ。
「な、なな……」
「そういうところ。モノ申されたなら、貴族らしく気の利いた言葉の一つや二つ、言ってほしいよね」
そう思うでしょ? と言いたげにエリンがこちらを見てきた。私はその視線にうなづいて返すと、エリンの隣に並ぶ。
エリンがこの場面でわざわざ私になげかけをしてきたということは、つまるところ会話に入れということだろう。こんな以心伝心は会得したくなかったと思いつつ、言葉を重ねる。
「確かに、アルバート様の立ち振る舞いはあまり貴族らしいと言えたものではありません。ただ――」
「そんな貴族たちは腐るほどいる。って感じ?」
「……はい」
だからあんたもその一人なんだけども……。
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