第4話 水の都の放浪令嬢、ここにあり!④

「偽物? それはどういう――」


「偽貴族だと!? どれだけ俺を、カイベルク公爵家を愚弄すれば気が済むのだ小娘!」

 偽物呼ばわりはライン越えだったのだろう。アルバートは気色ばむと一歩前に踏み出してきた。エリンのことを貫くような目つきで睨んでおり、公爵家嫡男の標的になったことは間違いない。


 まったく、ウチのご令嬢はいつも余計なことをする……


 私はエリンの前に出ると、魔力を集中させて素早く呪文を唱えた。


ソーン茨の手

 詠唱を始めると同時、指先から魔力が延び出ていく感覚を味わう。長年使い続けてきた魔法は私になじんでおり、発動は容易かった。詠唱を終えると石畳を突き破って四本の茨の蔓が現れる。


「くっ――このっ、痴れ者がぁ!」

 茨はアルバートの両手足に巻き付くと彼をその場に拘束した。アルバートは拘束から抜け出そうと体を動かすが、すぐに棘が全身に突き刺さり悲鳴を上げた。


 それも仕方の無いことだ。私は自分が茨の魔法の扱いにおいて頭一つ出ていると自負している。宮廷魔導士にも引けを取るつもりはなかった。


 アルバートに巻き付いた茨の蔓は太く、棘も大きい。自分にこの棘が刺さることを想像すればぞっとする。アルバートは激しく動いたことで結構な数の棘が刺さったはずなので、痛みは全身に広がっているだろう。


 私は痛みで顔をゆがめるアルバートに近づく。


「……き、貴様、従者の分際で俺に何をしたのか分かっているのか? 俺が大事にすれば極刑は免れないぞ。いいから早くこの拘束を解け!」

 アルバートは額に脂汗を浮かべながらそう言った。言葉尻が震えており、痛みも限界が近いのかもしれない。


「アルバート様、ご無礼をお許しください。これはお互いのためにございます」

 いくらエリンが無礼を働いたとしても、いくらアルバートが公爵家の嫡男だとしても、アルバートがエリンに手をあげたりすれば問題になってしまうだろう。


 社交界でカイベルク公爵家の悪評が広まることはないだろうが、水の都の市井は異なるはずだ。民衆の言葉は馬鹿にならないものがある。噂になってしまえば王都に悪評が広まるのは難しくない。


 アルバートは私の言葉に思うところがあったのか、全身に纏っていた怒気が少し収まったのを感じる。


「アルバート様、申し訳ありませんでした。今拘束を解きます」

 茨が白く発光、次いで光が収まると茨は砂に変わった。

 

 あとはエリンに謝罪をさせて、私が菓子折りを持っていけば……


「ほ~ら言ったでしょ、リゼ。こういう直情的で家のことを考えない感じが偽物ポイントだわ」

 今後のことを考えて憂鬱になってきたタイミング、今まで沈黙していたエリンが口を開いた。


「なっ、な……」

 アルバートが驚愕してエリンを見つめる。その顔はすぐに怒りに染まっていき……


「エリン様!?」

 私はアルバートとエリンの間に入ってエリンの両肩を掴んだ。つまり、アルバートに背を向ける形になる。はたから見ればご主人様を身を挺して守るという風だが、実際はアルバートを守っているといっても正しい。


 この主、本当に余計なことしか言わない。


「……貴様ら、もしやカイベルク公爵家を愚弄しているのかッ!?」

 アルバートが激昂した。怒気をはらませた声は非常に圧があり、今背を向けていて心底よかったと感じている。


「さっきから公爵家、公爵家ってうるさいのよね。馬鹿にしてるのはカイベルク公爵家じゃない。アルバート、あなた本人だから」


「エリン様!? な、ななっ、なんてことを……」

 エリンは驚きで固まってしまった私を押しのけて前に出た。


「カイベルク公爵家は凄い家だわ。この国を初代国王と一緒に立ち上げた最初の貴族家であり、今も王政の重鎮。現当主は聡明な上に武の心得もある。非の付け所がないよね。あなた、本当にあの父親に育てられたの?」

 エリンから飛び出る怒涛の言葉に押しつぶされてしまう感覚。ストレスで胃が破裂しそうだ。それと同時、エリンの言動に些細な違和感も感じた。


「エリン様、カイベルク公爵家の――」


「リゼは少し黙ってて」


 ……この人、公爵家を敵に回すつもりなのだろうか。


「エリン様、これ以上は本当に……」


「リゼ、大丈夫だから。ちょっと後ろで見ていなさい」

 エリンはおもむろに黄色いリボンを取り出すと、透き通るような水色の長髪を後ろに高く一つでまとめた。いわゆる、アップのポニーテールというやつ。


「――よし、これでいいかな」

 エリンは何度かリボンのバランスや位置を調節していたが、納得するポイントが見つかったようだ。満足げにうなづくと、こちらに振り返った。


「これが終わったら家に帰るから、ね?」

 エリンはニッと口の端を上げ、目を細めるように笑った。


「――はぁ、しょうがないですね。約束は守ってくださいよ」

 私はこれ見よがしにため息をついて言葉を返した。


 家に帰ると決めたエリンを止めるすべを私は持っていないのだ。

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