第3話 水の都の放浪令嬢、ここにあり!③
観光地としても名高いセレジーの大噴水。そこは都を代表する名所であり、常日頃から観光客や住人であふれかえっている。
それに加え、集まる群衆をターゲットにして店舗や屋台が軒を連ね、様々な目的を持った人々が入り乱れる様は王都にも引けを取らない。
この広場を訪れた人々はきまって、「熱気を感じた」と口にするのだ。
物見遊山に期待を膨らませる者や、一攫千金に意思をたぎらせる者が作り出す独特の空気感は、その気ではない人々を心変わりさせてしまうほどの力を持っていた。
しかし、今日は少し趣が異なるようだ。
大噴水正面、広場のメインといえるような場所で二人の男女が向かい合っている。
その二人を中心にして人だかりが出来上がっており、さながら二人の舞台役者によるショーのようだ。
そこに一人、背の高い赤毛の女性が人ごみをかき分けてやってきた。彼女は思わずといった風に言葉をこぼす。
「な、なんなのよ。これは……」
赤毛の女性――リゼは頭を抱えながらうなだれた。
「エリン様、頑張れぇ!」
「そっちの兄ちゃんも負けるなよ!」
「バカ! 変なこといって目をつけられたらどうすんだ。気をつけろ!」
多くの人々が思い思いに叫び盛り上がるこの空間にて、私だけは胃が痛む思いを味わっていた。
「――エリン様、これは一体どういう状況ですか?」
私は群衆に囲まれながら胡坐をかいて座っている我が主――エリンに話しかけた。エリンは私に視線をよこすことなく、しかしウキウキとした様子で言葉を発する。
「あらリゼ。見て分かんない? 大捕り物よ!」
粗野な言葉遣いとお嬢様言葉が入り混じった奇怪なしゃべり方をするこれが私の主――エリンワース・エレスト。通称、水の都の放浪令嬢だ。
「見てわからないから聞いているのです。私にはエリン様が大衆の面前で股を開いているようにしか見えません」
「下品な言い方をしないでよ! 私は胡坐をかいているだけ。ま、股を開くなんてそんな……」
エリン様は私の言葉に顔を赤くして答えた。
……いやあなた、いつも「うんこ」とか普通に言っちゃうタイプの人でしょう。なぜそこで恥じらう。
「胡坐の時点で下品ということを理解してください――で、実際のところどういう状況なんですか」
「お前、こいつの従者か? この生意気な小娘と同じようにかわいがってやるから覚悟しろよ!」
ふとそのような叫び声。一旦エリン様から視線を外し、そちらを見る。
「……どちら様ですか?」
エリンと相対する形で青年が座っている。
「俺はアルバート・カイベルク。王都貴族であるカイベルク公爵家の跡継ぎだ! 格下風情が俺に盾突くとは、まったくもって不愉快極まりない」
青年――もといアルバートは私を睨みつけると、「従者の態度も気に食わんな」と吐き捨てた。
「カイベルク公爵家……」
言われてみれば青年はとても良い身なりをしていた。上質な絹で作られた貴族服に高価そうな装飾が散りばめられたマントは芸術品のようだ。
何より顔が良い。黄金比率と言って差し支えのない整った顔のパーツ。透き通るかのような青い瞳は大きく、まるで宝玉だ。加えて、それらを支える艶を持った金髪をなびかせており、面食いの私からみてもイケメン。
王都貴族、しかも公爵家といわれても遜色はない。
「エリン、よくもまぁこんな面倒事起こしてくれたわね。最悪よ、マジ」
エリンに顔を寄せ、周りに聞こえないように囁いた。
「まぁまぁ、リゼ。大丈夫、何も問題はないからね」
エリンの能天気な言葉に私は思わずため息をついた。
カイベルク公爵家は王都貴族の中でもトップの位置にいる家だ。対してエリンは侯爵家の娘。家格で言えば向かいにいるアルバートの方が上。この場を収めてもどっちみち面倒事になるのは確実だ。
跡継ぎがこの場で何をしようが事態の収束ははかれる。しかし、裏で公爵家からのアクションがあれば対応の面倒度合いは跳ね上がるだろう。
それほどまでに公爵家と侯爵家の力には歴然とした差があった。
「で、エリン。そろそろ真面目に経緯を教えて頂戴」
「なるほど……」
「でしょ? 私はなぁーんにも悪くないわ!」
唸りながら黙ってしまった私の姿に、エリンは私が何も言えなくなってしまったと勘違いしたようだ。得意げにこちらを見ながら胸を張った。
ちなみに、ここにきて初めてエリンがこちらを見た。
……非常にムカつく。
「もっと穏便に済ませることが出来たでしょう。私は呆れて何も言えなかっただけです」
エリンから顔を離し、斜め後ろである元の立ち位置に戻る。
「え~~~、ケチッ」
……事情はこうだ。
エリンが広場内を散策していた時、住人に絡んでいるアルバートと遭遇したらしい。
その住人というのが若い女の子で、見るからにアルバートに言い寄られている感じだった。女の子はあからさまに貴族であるアルバートに対して強く言い返せず、エリンには困っているように見えた。
実際、貴族に不快な思いをさせてしまえば自分の身、引いては家族に危険が及ぶ可能性がある。街中で見かけた女を誘拐をして妾にする、という貴族も存在していると聞いたことがあるし、アルバートも似た類なのだろう。
エリンはその女の子とアルバートの間に割り込んで女の子を逃がした。そのことでエリンはアルバートの怒りを買った、というのが事のあらましだ。
私はアルバートがエリンに決闘を申し込んだ直後にやってきた、ということらしい。
「カイベルク公爵家に盾突いたこと、後悔させてやるからな。今更謝罪しても許しはしないぞ!」
アルバートが血走った目でこちらを睨みつけてくる。
「エリン様、どうするのですか? 私はもう既に、カイベルク公爵家に謝罪の品を持っていく姿が想像できます――私がですよ、私が」
「大丈夫、大丈夫。さっきも問題はないって言ったでしょ。リゼが謝罪に行く必要はないわ。だって――」
エリンは振り向いてこちらを見ると、ニッと口の端をあげながら一度言葉を止めた。こちらが首をかしげて見せれば、再び口を開く。
「だって、このアルバートは偽貴族だもの」
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