#25 機械じかけの押しかけ少女
ヤタローの召喚に応じて出現した、緑髪の機械人の少女。
外見はヤタローよりひと周り小柄な、肌色メタリックボディーに白レオタードの多関節人形。
しかし同じ機械人でも、グローズと異なり、四肢の各関節部の継ぎ目が小さく、ほとんど目立たない仕上がりになっている。ボディ全体のフォルムも、ごく自然な曲線により、すっきりと洗練されていた。
また顔の造形も、グローズよりさらに精細で解像感が高い。遠目からは生身の女性とも見紛うほど、きわめて精巧なつくりの少女型フィギュア――という外観だった。
ただし、その顔に、表情の変化はない。まったく無感情の無表情である。
機械人の少女は、わずかにヤタローと目を合わせるや、すぐさま背を向け、ヤタローを守るように立ちはだかった。
グローズの存在を感知し、ヤタローへの説明より、そちらの対処を優先すべきと判断したらしい。
一方グローズは、唐突な闖入者の出現に、戸惑うような素振りをみせたが、すぐさま態勢を立て直した。
グローズの両手が唸りをあげ、指先から猛然と機銃掃射を放つ――。
少女の肌色のボディは、グローズが浴びせかけてくる弾丸すべてを、さながら豆粒のごとく弾き返した。ダメージは皆無らしく、まるで動じたふうもない。
やがて、弾が尽きたか、グローズの攻撃が止まる。
おびただしい硝煙漂うなか、両者は静かに対峙した。このとき、ヤタローは完全に脇に追いやられている。
「敵性判定。排除――」
そう囁くように呟くや、機械人の少女は、緑の髪をなびかせ、まっすぐグローズへ向かって踏み込んだ。
目にも止まらぬ速度で素手の拳を振りあげ、グローズの顎へ叩き込む。
ただ一撃で、グローズのボディは鮮やかに宙を舞った。
けたたましい物音とともに、グローズは床に落ち転がり、動かなくなった。
決着は一瞬。あまりにも実力が違いすぎた。
グローズを沈黙させると、機械人少女は、ゆっくり身を翻して振り向き、呆気に取られるヤタローのもとへ歩み寄った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「EC-2123DEMボルガード、召喚に応じ、参上しました」
ヤタローの前に立ち、自己紹介する機械人少女。
声は、いかにも少女らしくトーンの高い、透明感のある声音ではあるが、ただ台詞を棒読みしているような、まったく感情のこもらぬアナウンスだった。
「ますたー。ご命令をどうぞ」
(何がどうなってる?)
まだ状況についていけず、動揺気味のヤタロー。
ともあれここは、説明を求めざるをえない――。
「ええと……その、ボルガード……?」
ヤタローが、おそるおそる訊ねると。
「はい。EC-2123DEMボルガードです。ますたー」
緑髪の少女は、淡々と答えた。会話は普通に可能なようだ。
「次元回廊にいた、あの?」
「はい。そのEC-2123DEMボルガードです」
「……倒したはずですよね?」
「はい。先の戦闘は長時間に渡り、複数の個体から攻撃を受けましたが、最終的に個体名:ヤタローの連続攻撃により、EC-2123DEMボルガードは機体耐久力を上回る損傷を受け、コアを除く全部位の機能を停止しました。同時に、エリアガーダー権限が別機体へ移行し、AIのロックが解除されました。この時点より、EC-2123DEMボルガードは次元回廊エリアガーダー任務より除外され、搭載AIによる自己判断能力及び、それに基づく自律行動が可能となりました」
先日、次元回廊でヤタローたちに「討伐」されたことで、「ボル」はエリアボスの役割から解放され、自由な思考や行動が可能になった……ということらしい。
そういった次元回廊やエリアボスの仕組み自体、ヤタローの知識にはないことだが、今はそこは置いて、話を先に進めるべきであろう、とヤタローは判断した。
「それで? それがなぜ、パートナーに?」
「EC-2123DEMボルガードのAIには、自律行動が可能となった時点で、EC-2123DEMボルガードの性能を活用しうる存在を、
「強制転送?」
「はい。個体名:ヤタローのインベントリーを解析し、その内部への転送を実行しました」
「インベントリーへ? いつの間に? そんな確認メッセージは……」
「確認は求めておりません。EC-2123DEMボルガードの独自判断により実行しました。以後、インベントリー内擬似空間にて、約五十時間、機体の再構築作業を実行しました。先刻、作業が完了し、個体名:ヤタローのマスター登録を実行したところ、それにはパートナー契約が必須との条件がインベントリー内のシステムから提示されたため、手順に従い、契約の呼びかけを実行しました」
「ええと……」
つまり、次元回廊で打ち倒した「ボル」が、なぜか勝手にヤタローを主人と決めて、勝手にヤタローのインベントリーに自身のコア部分を転送して潜り込み、その格納空間内にて、勝手に機体の再構築を行っていた。
その後、勝手にヤタローを主人として機体に登録しようとしたところ、システム側から「ちゃんとパートナー契約しろ」と怒られたため、やむなくその契約をヤタローに求めてきた……と。
説明を聞いて、ヤタローにも、ひとつだけ思い当たることがあった。
次元回廊八十八階層にて「ボル」を倒した後、視界の端に、小さな封筒のようなアイコンが浮かんでいたのである。すぐに消えてしまったが。
(あれが、そうだったというのか?)
あのときは、まさに、生身の肉体でゲームに入り込んでしまった――そうと気付いた直後である。そばには、同じく生身となったメクメクやパートナーたちもいた。到底、詳しい確認などしている余裕はなかったし、気にも留めていなかった。
ボルは、そういう混乱のどさくさに紛れて、ヤタローの荷物へ勝手に入り込んでいた、ということになる。例のポータルが開いたころには、すでにコアは転送済みで、残された機体部分は、ただの抜け殻のような状態だったのだろう。
現在、ヤタローの視界には、ボルの情報を示す半透明の簡易ウィンドウが、青背景にて浮かびあがっている。
この時点で、少なくともヤタローに好意的な存在であることは確実だった。押しかけ女房ならぬ、押しかけパートナーであるが……。
「……鑑定」
念のため――色々と突っ込みを入れたい衝動を、かろうじて抑えつつ、ヤタローは「LV3鑑定」を実行し、ボルの詳細ステータスを確認した。
『EC-2123DEMボルガード:機械人(H)・LV110・信頼度255』
『発動中-LV10人型形態・LV5物理ダメージ無効・LV9状態異常無効・LV7近接格闘・LV10リジェネレート・LV8自動解析』
さらに下の欄には、具体的な能力数値や、膨大な量の保有スキルが、長々と列挙されていた。
ボルの能力値は、全ての面でヤタローを上回る。さすがにエリアボスだった時よりは弱体化しているが、それでも「ルミエル」のAIパートナーとしては最強格の「三大明王」に匹敵する性能となっていた。
レベルと信頼度がいきなり最大値となっている点にも、ヤタローは少々驚かされた。有料くじやストーリー配布といった、ゲーム時の入手方法とは異なる手続きでパートナー化したためだろうか。
一方、保有スキル欄には、かの次元回廊エリアボス専用スキル「グラビトン・フォートレス」が健在だった。初見殺しとして悪名高く、まともに捕捉されれば最上級プレイヤーすら超重力で圧死を免れない範囲攻撃スキルである。
他にも凶悪な攻撃・防御スキルが目白押しだが、惜しむらくは、それらの発動に要する精神力がいずれも膨大であり、多用すれば、早々にガス欠を起こしてしまいかねない。エリアボス時とは比較にならないほど継戦能力は低下していた。
全体として、確かに強いものの、戦闘に投入するタイミングは慎重に見極めねばならず、少々扱いが難しい――というのが、ゲームプレイヤーとしてのヤタローの評価である。
発動中のパッシブスキルは、グローズ同様の人型形態。ただしレベルが段違いであり、より人間に近い姿形を取れる、というものらしい。さらに中程度の物理ダメージと状態異常の無効化、近接攻撃力の強化、自動回復まで発動させている。
自動解析というスキルはヤタローにも見覚えのないものだが、おそらく鑑定スキルをパッシブ化したものであろう。しかもヤタローの鑑定スキルよりレベルが高い。
なお、「機械人(H)」とは、ゲームのメインストーリーにおいて「心」を獲得し、人類の味方についた機械人に付く種族名である。
いかなる事情でそうなったのか、次元回廊ボスであったボルには、なぜか「心」があり、それゆえ「擬似人格」スキルを必要としないらしい。素の状態で、人類とのまっとうな対話と意思疎通が可能な相手ということである。
(……それにしては、アプローチが一方的すぎるんだけど)
と、内心疑問を抱きつつも、あえて口には出さず――。
ヤタローは、ふと、ボルへ呼びかけた。
「正式名称が長いので、今後は、ボルと呼びます。いいですか」
「はい。ますたーが、そうお望みであれば」
「では、ボル。まだグローズにトドメを刺していませんよね?」
「はい。敵性機械人GC-486VXグローズは、現在も機能停止していません」
ヤタローとボルは、同時に、部屋の片隅へ向き直った。そこには「く」の字に折れ曲がり、床に転がっているグローズの姿がある。先ほどボルの攻撃を受け、それから微動だにしていないが、システムログにはいまだ討伐メッセージが出ていない。
ヤタローはそれに気付き、ボルへの質疑応答を中断したのである。
そのグローズの全身からは、いつの間にか、白い蒸気がたちのぼりはじめていた。
「敵性機械人グローズの内部に、急激な熱量上昇を観測」
ボルが報告する。
「どういうことですか。自爆でもするんですか?」
ヤタローが訊くと、ボルは「いいえ」と応えた。
「タイプEC、FC、GCの型番を持つ機械人は、人型形態スキルを内蔵し、通常時は小型軽量化・人型化しています。この3タイプの本来の姿は、本体重量30トン前後の大型戦闘形態です。GC-486VXグローズは、現在、人型形態スキルを自発的に解除し、大型戦闘形態への『変形』を準備しています。観測熱量の上昇は、その前兆と推測されます」
「変形……次元回廊にいたときの、ボルのような姿になると?」
「はい」
現在のボルは「LV10人型形態」により、ヤタローより小柄な緑髪のレオタード少女の姿を取っている。しかし過日、次元回廊でヤタローたちと死闘を演じたときのボルは、全高二十メートルもの鋼鉄のボディに大量の火器を内蔵した、二足歩行の巨大ロボットだった。
グローズも、それと同様の形態に変形、巨大化が可能である、と――。
「ただし、タイプGCの戦闘形態は、四足歩行の砲撃機です。おそらくGC-486VXグローズも、これに該当する機体と推測されます」
重量30トンの巨大四足歩行砲撃機。
そのようなものが、この室内にいきなり出現すれば、どうなるか。
「GC-486VXグローズの質量、急激に増大。変形が始まります」
ボルが告げる。
「これ、変形しきる前に、対処できませんか?」
「いまから攻撃を行っても、間に合いません」
ヤタローの問いに、いっこう無表情のまま、淡々と答えるボル。
やがて室内に耳障りなモーター音が響き、床と壁が激しく振動しはじめた。
グローズのボディが、金属音とともに、あらぬ方向に歪んだり曲がったりしながら、ぐんぐん膨れ上がってゆく様子が見える。頭頂部が天井にまで届いており、その形状も、すでに原型をとどめていない。
「まずい――」
ヤタローの眼前で、増大するグローズの重量とサイズに、床板がべきべきと割れ、左右の壁に亀裂が走りはじめた。
もはやこの建物自体、グローズの重みに耐えかね、崩壊しかねない。
巻き込まれるわけには――と、ヤタローはボルの手を引くと、崩れかけた窓をくぐり、ともに屋外へと飛び降りた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
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