#26 グローズ討伐


 グローズ邸の上層は、すでに半ば崩落しかかっている。


 ヤタローとボルは、大急ぎで二階の窓から庭園へと飛び降りた。


 手を取り合って、無事に芝生の上へ着地を果たす二人。


 深夜ではあるが、周囲に数多くの篝火が焚かれ、庭園は昼間のように明るかった。


 やや離れたところに、人だかりが見えている。さきほど救出した元奴隷たちである。そのなかに、ラーガラの姿もある。異変を察して、弓を掲げ、人々を守るべく身構えている様子。


「現在、GC-486VXグローズの変形は70%程度まで進行しています。完了まで、あと十秒……」


 ヤタローの隣りに並び立ち、ボルが告げた。


 見上げれば、グローズ邸の二階北側部分は完全に崩壊し、おびただしい粉塵の彼方、真っ黒い影のような巨体が、瓦礫を踏みしめながら蠢いていた。


 邸宅内にはギザンやビング、他にも何人か手下たちがいる。おそらく崩壊に巻き込まれ、埋もれているはずだが、グローズが上にとどまっている現状、遺憾ながら、すぐに彼らを救い出す手段はない。


 ヤタローはシステム上の「パートナーコマンド」から、ラーガラへ呼びかけを行った。直接会話でなく、遠隔通話でパートナーに指示を送る機能である。


 このとき、呼びかけ可能な召喚中パートナーが、ボルとラーガラの他に、もう一体存在していることに、ヤタローは気付かなかった。急場でもあり、コマンドの状態を詳しく確認している余裕はなかった。


「ラーガラ。戦闘に巻き込まれないよう、すぐに周りの人たちを後方の建物へ退避させてください」


『いいですよー。ところでヤタロー兄さん、そこの可愛いお人形さんは、どこで拾ったんですか? そんな趣味、ありましたっけ』


「趣味で連れてるわけではありませんよ。説明はあとでしますから、とにかく引き続き、彼らの保護を頼みます」


『はい、引き続き、頼まれましたー』


 ラーガラは弓をおさめ、周囲に声をかけて、退避を促しはじめた。


 あちらはラーガラに任せて問題ない――と、ヤタローは、あらためてグローズの様子を観察した。


 次第に付近の靄もおさまり、変形完了したグローズの全容がはっきりと見えてきている。


 崩落した邸宅の屋根の上に、黒いメタリックボディーの巨体が篝火に照らされ屹立していた。


 上半身は人型ロボットの左右両肩に大砲を載せたような形態になっており、下半身は、やや細い四足になっている。


 さながら連装砲を負ったケンタウロスとでもいうべきか。全高は目測で15メートルほどと思われる。


(あの姿は……)


 ヤタローは、グローズの現在の形態に見覚えがあった。


 かつて次元回廊の中層、五十五階に出現し、苦戦の末に討伐したエリアボス「ファーガス」とよく似ている。細部には多少の差異もあるようだが――。


 ヤタローは鑑定スキルを発動した。


『GC-486VXグローズ:機械人・LV210』


『発動中-命中補正・LV2物理ダメージ無効・LV2属性ダメージ軽減・LV2状態異常無効・LV3リジェネレート』


 レベルが大幅に上昇し、パッシブスキルの構成も戦闘向きに変更されている。耐久力も、先刻より向上していた。


(やはり、そうか)


 外見だけでなく、グローズの各種ステータスやスキル構成も、かつて戦った「ファーガス」とほぼ同じである。


「ボル。ファーガスという個体名に、おぼえはありますか?」


 と訊くと。


「はい。GC-68KXVIファーガス、次元回廊55層エリアガーダー。タイプGCの前期製造個体であり、GC-486VXグローズと同等の外観・機能・戦闘性能を有する機械人です」


 ボルの解説で、より明確となった。


 いま、瓦礫の上からヤタローたちを睥睨するグローズ戦闘形態は、ファーガスと同等の性能を持つ、正しく次元回廊エリアボス級の敵性存在である。


(確かにファーガスには苦戦した。メクメクさんのサポートがなければ、到底勝てなかった……だが、あの頃とは、レベルも装備も違う。攻略手順もおそらく同じ。今の自分なら――)


 ヤタローは、銀に輝く「LV100クロノスタンパー」を右手に握り締め、その銃口を、静かにグローズへ向けた。


「ボル。五秒後に砲撃が来ます。自分は正面から行きます。ボルは左側面から。スキルの使用は、こちらが指示を出すまで、しばらく控えてください」


「はい。ますたー」


 そう二人が会話する間にも、グローズはヤタローたちを見下ろしつつ、ゆっくりと両肩の砲身を動かし、照準を定めていた。


 彼我の距離、およそ三十メートル。


「敵性生命体ヲ確認……砲撃ヲ開始スル」


 唐突に、いかにも無機的なマシンボイスが響いた。グローズの内蔵スピーカーによるものであろう。


 グローズの鋼鉄の砲口が火を噴き、左右同時に、高速の榴弾が放たれる。


 ボルは左前方へ軽やかに跳躍し、榴弾の軌道をかわしつつ、瓦礫上を目指す。


 ヤタローは正面へ踏み出し、着弾の直前まで引き付け、スキルを発動した。


「トリックアーツ」


 直後、二発の榴弾がヤタローを直撃する。


 閃光が炸裂し、轟音とともに、爆炎爆風がヤタローへと叩き付けられる――。


 その爆発の只中から、ヤタローはまったく無傷で飛び出した。


 トリックアーツは、発動から四秒間、物理法則を無視して、いかなる攻撃をも完全回避する「ジェスター」専用スキル。より効果時間の長い持続型範囲攻撃には通用しないものの、榴弾や爆発物などによる単発範囲攻撃には有効な回避手段とされる。


 グローズが属するタイプGC……砲撃型機械人は、長射程・高精度・高威力の単発攻撃がメイン。大きな弱点として、両肩の主砲を発射後、およそ三秒間の硬直時間がある。


 主砲をスキルで回避、もしくは大ダメージ覚悟であえて受け止める、などの対処をしつつ、砲撃直後の硬直を利して接近、一気に懐に潜り込む――というのが、かつての「ファーガス」攻略の基本手順であった。


「スラップトリック」


「ディレイキャンセル」


「パラレルショット」


「パラレルショット」


 高速突進スキル「スラップトリック」で距離を詰め、グローズの足元へ瞬時に接近。モーションディレイを打ち消しつつ、クロノスタンパーの弾丸を八発同時にグローズの胴体へ撃ち込む。


 視界右上に、赤背景の半透明ウィンドウが浮かんだ。戦闘中の敵の簡易データがそこに表示されている。この八発だけで、グローズの耐久力は、既に全体の5%ほど減少していた。


 ――手ごたえは充分。


 ゲームのこととはいえ、かつて「ファーガス」と戦った当時は、単独でこれほどのダメージを与えることは到底できなかった。


 やはり以前より、自分はずっと強くなっている……と、あらためてヤタローは実感した。


 グローズの胸元には、小口径の機銃が八基、据え付けられている。当然、至近距離のヤタローへ一斉に銃口を向けるや、猛然と機銃弾を浴びせかけてきた。


 この胸部機銃は低威力の豆鉄砲で、虚仮こけ脅しに近い。


 初見ならば、ここで慌てて回避したり距離を取ろうとするであろうが、実際は高レベルの防具さえ装備していれば、ほぼダメージは無く、回避の必要もなかった。


「LV85叡智」の黒い外套が、雨粒のごとき機銃弾をことごとく弾いている。


 ヤタローは真正面にとどまり、なおも数発の銃撃を加えて応戦した。


 そうして、ひたすらヤタローへ注意を向けるグローズの左側面に――流星が斜めに滑り落ちるごとく、空中からボルが飛び込んでくる。


 右腕を振り抜き、狙うは主兵装。


 グローズの左主砲に、斜め上から、ボルの全体重を乗せた鉄拳が叩き込まれる。


 鈍い金属音とともに、たった一撃で鋼鉄の砲身に亀裂が走り、前半分がばらばらに砕け折れた。


 ボルの一撃の威力に、ぐらり、と体勢を崩すグローズ。


 ここぞと――ボルは着地と同時に、グローズの左前脚へ鮮やかな回し蹴りを放つ。


 ヤタローの眼前で、グローズの脚部が、飴細工のように折れ曲がった。


 支えを失い、四足の鋼鉄の巨体が、あえなく横転する。


 スキルを用いるまでもなく、今の時点で、ボルの運動性と近接攻撃の威力は、グローズを完全に圧倒していた。


(人型でこれだと、変形したら、どんなことになるんだ)


 と、つい余計な思考にとらわれかけるヤタロー。


 簡易ウィンドウ内のグローズの耐久力は、すでに50%を割っていた。


 瓦礫の上に横倒しとなったグローズ。その胸部に、緑色の光球のようなものが点滅している。危険な兆候だった。


 次元回廊エリアボス共通の特殊範囲攻撃「グラビトン・フォートレス」発動の前兆である。


 ひとたび発動すれば、百八十秒間、グローズを中心とする半径十メートル以内に超重力のフィールドが形成され、範囲内のあらゆる物体が問答無用で押し潰される。ヤタローやボルですら、まともに捕捉されれば即死しかねない威力があった。


 いますぐ後退すれば、余裕をもって範囲外へ逃れることは可能だが――。


 この瓦礫の下には、ギザンらが生き埋めとなっている。まだ生死はさだかでなく、もし息があるとしても、グラビトン・フォートレスが発動すれば、もはや助かる見込みは皆無となる。


 さすがに、看過するわけにはいかない。


(発動前にケリをつける)


 それがヤタローの判断だった。


「ボル、スキルを!」


 鋭い声で、スキル使用の許可を下すヤタロー。


「了解、ますたー」


 待っていたとばかり、ボルは横あいからグローズめがけ突進した。


 グラビトン・フォートレス発動まで、あと五秒もない――発動はすなわち、ヤタローたちの死を意味する。


 ボルは、両腕を前方へ突き出し、その左右の拳を、猛然、グローズの胴体側面へ打ち込んだ。


 続けて、スキルを発動させる。


「エレクトリッガー」


 次の瞬間、けたたましい炸裂音とともに、蒼く眩い電光が閃き、グローズの巨体を包み込んだ。


 詳細不明だが、おそらくボルの左右の腕を電極とし、膨大な電流を瞬時に対象へ流し込むという特殊なスキルであろう。


 見る間に、グローズの耐久力がぐんぐん減ってゆくものの、なお削り切るには至らない。


 慌てず騒がず――ヤタローは、むしろ落ち着き払って、クロノスタンパーの銃口を目標へ向けた。


「ジェスターストライク」


 ヤタローの周囲に、分身のごとき無数の残像が生じる。


 まったく同時に、八十の銃口が火を噴き、八十発の銃弾すべて、ただ一点、グローズの胸部光球めがけて撃ち込まれる。


 胸部光球が緑に点滅しつつ、グラビトン・フォートレスを発動させんとする、まさにその直前――殺到する八十発の火箭が、一瞬のうちに光球を粉々に撃ち砕いた。


 同時に、ヤタローの視界右上に浮かぶグローズの耐久力ゲージも消滅した。


『損傷度、規定値オーバー。ディメンション・リアクター出力低下。現時点ヲモッテ、当機体ハ活動ヲ一時停止スル。スリープモード移行……』


 グローズのスピーカーから、マシンボイスによるアナウンスが流れ、やがてその全身から、激しい蒸気が噴きあがった。以前ボルを倒した時と、ほぼ同じ挙動である。


『GC-486VXグローズ(機械人・LV210)を討伐しました』


『1285500EXPを獲得しました』


 システムログに討伐メッセージが流れる。レベル差による膨大な獲得経験値は、既にレベルキャップに到達している今のヤタローには無意味なものだが……。


 そのとき。


 蒸気に覆われるヤタローの視界の片隅に、小さな封筒型アイコンが浮かび、すぐさま消えた。


(……は?)


 と、思う間もなく。


『GC-486VXグローズ(機械人『H』)のコアを入手しました』


 いかなる理由か、ボルと同じように――グローズのコアが、自発的に、ヤタローのインベントリー内に飛び込んできていた。






     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

趣味はトマト栽培です。リアルでもゲームでも。(LV63ファーマー)

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