#24 予期せぬ事態
エルフの女魔術師ビングは倒れた。
傍らのギザンをかえりみると、まだ仰向けに失神したままだった。
簡易ステータスには「状態:麻痺」とある。時間経過で回復するため、放置しておいても問題ない、とヤタローは判断した。
それよりは、奥の部屋に、目指す相手がいるはずである。今はそちらを優先すべきであろう。
ヤタローは、なお大きく開いたままの床穴を迂回し、気絶状態のビングの横を通り抜けて、出入口をくぐり、室内へ踏み込んだ。
広々とした板張りの空間。
壁面と天井に複数の燭台が据えられており、十分な照明がある。
正面奥には大きな執務卓が据えられ、カーテンのかかった窓と、木製の棚が並んでいる。
部屋の脇には、さながら応接間のようなソファーとテーブルが置かれていた。
そこに一人、静かに腰掛ける男。
「誰だ。何をしに来た」
神経質そうな声とともに、険呑な顔を向けてくる。
外見は、黒絹の胴衣に、ごつい革のジャケットを着込んだ、いかにも屈強そうな姿格好。
さほど若くは見えない。ギザンと同年代くらいの中年男性と思われる。
しかしながら――。
ヤタローは、その姿をひと目見るや、眉をひそめた。
「……グローズさんというのは、あなたですか」
「そうだ。おまえは?」
「自分は、ヤタロー。通りすがりの者ですよ。それで――」
応えつつ、ヤタローは、カタルシス92Fではなく「クロノスタンパー」を取り出し、その白銀の銃口をグローズに向けた。
「あなた、人間ではありませんよね」
「ほう」
グローズは、ゆっくりソファから立ち上がり、ヤタローと向かい合った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルミエル・クロス・オンラインにおいて、プレイヤーが選択可能なのは人間・天使・エルフの三種族のみ。
ただしNPCのなかには、この三種族に当てはまらない種族が複数存在している。
モンスターもそのひとつだが、人型NPCとしては、神族、魔人、機械人という種族が登場し、メインストーリーをはじめ、様々な場面で重要な役割を果たしていた。
たとえばAIパートナーのうち、ラーガラら三大明王は「神族」である。もとは太古、上位次元から「ルミエル」の世界へ降臨した神々だった……などという設定があり、バックストーリーにも詳しく反映されていた。
いまヤタローの前に佇む、バッフェンの賊の頭目、グローズ。
一見、人間の中年男性だが――ヤタローは、すでに「LV3鑑定」を発動し、その正体を見抜いている。
『グローズ:機械人・LV63』
『発動中-LV2人型形態・LV2擬似人格・LV1魅了・LV1認識阻害』
敵対状態を示す赤背景の半透明ウィンドウ。その表示によれば、いくつかのスキルを同時に発動させている。いずれも、ゲーム内で見覚えのあるNPC専用の特殊スキルだった。
「……やはり、機械人ですか」
「ふん。私の偽装が通じないとは。おまえ、鑑定士か?」
一方的に正体を明かされ、銃口を向けられながら、グローズは、とくに動揺するでもなく、無表情にヤタローを観察している。
「違いますよ。どのみち、鑑定するまでもありませんでしたが」
ヤタローは冷徹に答えた。
機械人とは――「ルミエル」のメインストーリー終盤、第879章後半から登場するNPC群である。
高度な知性と優れた情報処理能力、さらに個別の人格と意思をも備えた機械生命体の通称であり、下位次元から「次元回廊」を通って「ルミエル」の世界へ侵攻をもくろむ敵性存在として描かれていた。
ゲーム内では、「次元回廊」の第五十階層より下の階層は、すでに機械人の勢力下にあり、職業ギルド連合と周辺各国の軍が総力を結集して、機械人の侵攻を食い止め続ける。
その一方で、プレイヤーは機械人との意思疎通を働きかけ、相互理解の道を模索しようとする――というのが、メインストーリー終盤の流れであった。
グローズは、その機械人であるらしい。レベルも、周囲の人間たちとは比較にならないほど高い。
機械人は本来、人間とはかけ離れた姿をしている者が多い。一応、「人型形態」スキルによって、人間に近しい形態を取ることもできるが、到底、完全なものではない。グローズは、その不完全さを補うために、魅了と認識阻害を併用して偽装を施し、これまで周囲をうまく欺いていたものと思われる。
ただ、ヤタローの目を誤魔化すには、偽装用スキルのレベルが低すぎた。
鑑定を用いるまでもなく、ヤタローには最初からグローズの姿が、メタリックボディの多関節人形がカツラをかぶって服を着ているようにしか映っていなかったのである。
ボディの雑な人型ぶりに反して、顔の造形だけはかなり精巧で、さながら中年男をかたどった蝋人形に近い印象。ただし、表情も何も無く、かえって不気味だった。
「なぜ、機械人がこんなところに? 目的はなんですか」
「質問者の権限を確認……権限無し。当該機密へのアクセスは認められない」
ヤタローの問いに、機械人グローズは、やはり表情を変えずに応える。口だけは一応、人間らしく動いており、発声もそこから行われているようである。
いきなり口調が変わったのは、偽装スキル「LV2擬似人格」を解除したため。
これまで盗賊のボスという「擬似人格」を演じてきたが、ヤタローの前ではその必要がない、との判断であろう。声質自体は人間に近いが、口調は無機的で、感情のないアナウンスに変化していた。
「答える気はない、ということですか」
ヤタローの記憶では、ゲームに登場する機械人には、比較的、話が通じる個体群と、そうでない個体群とが存在していた。
前者は、AIの成長などによって自発的に自前の人格を確立した者たちであり、擬似人格スキルを用いずとも、人間とのまっとうな対話が可能だった。いわば「心」を獲得した機械人の一群である。
後者は、高度なAIによって一見、人間らしく行動するが、実際には、あらかじめプログラムされた擬似人格をスキルとして使用することで人並みの振舞いをしているにすぎない「心無き」機械人たち。
どうやらグローズは後者らしい。
ゲームでは、前者の個体群についてはプレイヤーとの和解が成立し、ともに協力して、後者の機械人勢力を撃退することになる。
以後、「心」を獲得した少数の機械人たちは、地上の人々に受け入れられ、共存への道を歩み始める……。
このストーリーの通りならば、グローズのような「心無き」機械人が地上にいる道理はないはずである。
ただ、この異世界は、「ルミエル」のサービス終了から三百年以上も経過している。何事があっても、そう不思議ということはないのかもしれない。
「個体名、ヤタロー……脅威度、中。敵対的意思を確認。目標遂行の障害と認定。強制排除する」
どうやら、プレイヤーのものとは異なる独自の鑑定スキルを使用し、ヤタローのステータスを分析したらしい。グローズは淡々とアナウンスを述べつつ、もはや問答無用とばかり、ゆっくり身構えた。
(目標遂行……ねえ)
ヤタローは少々肩をすくめた。詳細は不明ながら、一応、何かしらの目的があり、そのために動いているらしいとは推測できる。
グローズは、ヤタローの脅威度を中程度と見積もっている。戦闘職ではなく、レベルの割にステータス上の攻撃力が低いため、そのように分析したのだろう。
「排除を実行する」
床を蹴り、猛然と踏み込んでくるグローズ。
特殊金属の右腕を振りかざし、目にも止まらぬ速度で、ヤタローの顔面めがけ殴りかかる――。
「遅い」
ヤタローは、スキルすら用いず、グローズの初撃を回避した。
そのまま側面へ回り込み、クロノスタンパーの引き金を引く。
左脇に三発の命中弾。
けたたましい金属音が響き、命中箇所に火花が散る――ヤタローの銃弾は、ほんのわずかながら、グローズのボディにダメージを与えた。
(攻撃は通るみたいだな。だが……)
想像以上に硬い。攻撃力や運動性はさほどでもないようだが、防御力は次元回廊ボス級である。クロノスタンパーをもってしても、倒しきるのは骨が折れそうだった。
(これは、パートナーを呼ぶしかなさそうだ)
両腕を振り回して飛び掛かってくるグローズ。その攻撃を軽やかに躱わしながら、ヤタローはインベントリーを開かんとして――「パートナー召喚」のアイコンが、青く点滅していることに気付いた。
(……なんだ?)
これは、インベントリーを介さず、召喚アイコンを直接クリックすることで、特定のパートナーを呼び出せる状態を示している。
ただ、通常時には発生しない現象であり、あくまでストーリーイベント用の特殊演出だった。少なくともゲーム内では。
(呼べ、といってるのか? いったい誰が)
考えていると、グローズがいきなり後方へ飛び退った。距離を取り、両眼から青いビーム光を放ってくる。
咄嗟のこととて、回避を試みるも、かわしきれず、ビームの一本がヤタローの左肩を貫通した。
「……しまった!」
熱く鋭い痛みが肩に走る。
意外とダメージは大きい。ただちに「オートポーション」のスキルが発動し、負傷は癒されたが、このままではジリ貧に追い込まれかねない。ポーションの消費は無視できるとしても、スキルを発動するための精神力には限りがあるからである。
(誰か知らないが、呼べというなら、呼んでやる)
焦りをおぼえつつ、ヤタローは、「パートナー召喚」のアイコンをクリックした。
すぐに誰か召喚されるのかと思いきや――。
新たなメッセージウィンドウが、ヤタローの視界に浮かび上がった。
『待機中のパートナーは未契約です。契約を結びますか? YES:NO』
(これは……前にもあったな)
メインストーリーを進めると、話の流れから、特定のNPCと「パートナー契約」を結ぶ場面が何度か出てきた。それらは無料配布のAIパートナーたちであり、未契約のままストーリーを進めようとすると、このダイアログが表示される。
しかも、イエスを選ぼうがノーを選ぼうが、結局強制的に契約は取り交わされる。
つまり……いまなぜか、未契約状態のパートナーがヤタローのインベントリー内に存在しており、すぐに契約しろ、と、せっついて来ている状況であるらしい。
グローズが両腕の指先から機銃掃射を放ち、銃弾の雨が降り注ぐ。
ヤタローは、慌ててそれらを回避しつつ、断を下した。
もはや、あれこれ考えている状況ではない。
(――ええい! YESだ!)
新たなダイアログが浮かぶ。
『パートナー契約が成立しました。EC-2123DEMボルガードを召喚します』
(……は?)
まったく予期せぬ固有名詞に困惑するヤタロー。
目の前で、ボボンッ! と、猛烈な煙幕が噴きあがる。
そこから現れたのは。
肌色に輝くメタリックな肢体を白いレオタードで覆い、緑の髪をなびかせる――美しい少女の顔の、機械人だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
課金しなくても楽しめるといったな。あれは嘘だ。(LV106ガーディアン)
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