#23 黒猫は来なかった


 ルミエル・クロス・オンラインのプレイヤーは、ゲームスタート直後、まず三つの種族のうち一つを選択し、さらに性別を選んで、初期アバターの作成を行う。


 その三種族とは。


 人間――すべてにおいてバランスが取れている。どちからといえば物理戦闘と農作業に向いた肉体派。初期アバターの外見も人間そのもので、これという特徴はない。


 天使――体力と知力に優れ、戦闘では回復役、生産では建築や鍛冶に向いた能力を持つ。初期アバターは人間より小柄で、背中に白い羽がパタパタはばたき、頭上に光の輪が浮かぶ、かわいらしい姿である。


 エルフ――知力が高く、魔法を得意とし、魔術師や錬金術師などに向いた学者肌。反面、身体能力は低い。初期アバターの背格好は人間より全体に細身で肌が白く、両耳が長く尖って、ピンと突き立っている。


 いずれの種族も、ゲーム内アバターは男女ともに三頭身半、年齢十二歳ぐらいの少年少女という外見となり、顔の造形や髪型などは、それぞれ十五パターン程度から好みのものを選択し、組み合わせることができる。


 ただしそこで用意される顔と髪型は、どれを選んでも、ひと目でそれとわかる低解像度、ローポリゴンなつくりで、プレイヤーからは「初期顔」と呼ばれていた。


 ゲーム内で自由行動可能となったプレイヤーが、まず最初に行うべきは、システム内の購入ページから「顔チェンジャー」「髪型カタログ」をそれぞれ300円で購入し、より高精度で凝った造形の「課金顔」に変更すること。これは攻略サイト等でも強く推奨されている。


 無課金プレイヤーが「初期顔」のまま街中やフィールドをウロつくと、圧倒的大多数の課金済みプレイヤーたちから異端視、白眼視され、まともな扱いを受けられないため、注意が必要である……。


 ゲーム内では、デフォルトでは外見上の特徴が少ない、つまり見ためのカスタマイズの自由度が高い「人間」が圧倒的多数派で、天使とエルフは、どちらかといえば少数派だった。


 どの種族も、初期状態ではレベル30で成長が頭打ちとなる。レベルキャップを解放するには、それぞれ決まった場所で、合計二回、「上位転生の儀式」というクエストをこなし、より上位の種族に「転生」しなければならない。


 人間ならば、レベル30で古代人エンシェント・ヒューマン、さらにレベル60で超古代人ハイ・エンシェント・ヒューマンへと「転生」が可能となり、最終的にLV110まで成長可能となる。


 天使ならば大天使アークエンジェル熾天使セラフィムとなり、エルフならば、ハイエルフ、エンシェントエルフ、となる。


 ――このあたりのゲーム内知識を踏まえたうえで。


 いまヤタローと対峙している黒衣のエルフ、ビング。


 その素性は、いかなるものか。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 床に開いた大きな陥穽を挟んで彼我五メートルほどの距離を置き、ヤタローとエルフの女魔術師――ビングは、真正面から向き合った。


「……どういうことだ」


 ビングは、端麗な眉目に皺を寄せて、ヤタローをめつけている。


 顔は、いかにも若き美貌のエルフ。しかし身にまとう黒衣は地味で、全体には野暮ったい印象が漂っている。


「私の魔法が効かない……そんな人間がいるものか」


 わずかに焦りの色が滲んでいる。


 ヤタローは、何もしていない。ただ突っ立ってビングを観察していただけである。


 一方ビングは、ヤタローに声をかけつつ、ひそかに何かしらのスキルを使用していたらしい。それも立て続けに。


 システムログによると――。


『LV1ダークミストを無効化しました』


『LV1パワードレインを無効化しました』


『LV1トキシック・リレーを無効化しました』


 すべて、ヤタローの防具「LV85叡智」の状態異常無効化に阻まれている。


 ビングが使用したのは、ウォーロック系列のレベル1魔法スキル。「ルミエル」のプレイヤーならば、ゲームスタート初日から修得可能という低レベルのスキルばかりである。


「いや、効かないはずがない」


 ビングは呟きつつ、ヤタローの隣りに立つギザンへ、ちらと視線を向けた。


「てめえ、何を……」


 言い終わる間もなく、ギザンは全身を痙攣させ、まっすぐ仰向けに倒れた。魔法スキルによって麻痺させられたらしい。


「やはり、効いている。ならば」


 ビングの唇が、わずかに動いている。新たなスキルを発動させたようだ。


『LV1ドントムーヴを無効化しました』


『LV1レジストクラックを無効化しました』


『LV1ブラックキャットを無効化しました』


 ドントムーヴは移動速度低下、レジストクラックは各種抵抗値の減少という、ごく基本的なデバフ魔法。


 最後のブラックキャットは、対象の足元を突如、黒猫の幻影が横切り、ステータスのうち「運」の数値を一時的に減少させるという、まったく実用的ではない一種のお遊びスキルである。


 ただ、黒猫がやけに可愛いという理由で、癒しを求め、フィールド上で無駄に連発するプレイヤーも時折見かけられたが……。


 それらも結局、ヤタローには通じず。黒猫は来なかった。


(黒猫は、ちょっと見てみたかったかも)


 などと、少々残念にさえ感じるヤタローだった。


「どうして魔法が効かない。いったい、何者だ、おまえ……!」


 驚愕とともに問うビング。


 防具の効果以前に、ビングの使用した各スキルはレベルが低すぎる。ヤタローならば、素の抵抗値だけでも防げたであろう。


 そうした、ゲームでは常識とされている仕様を、根本からビングは理解していない様子だった。


 つまり……ビングはプレイヤーではない、と推測できる。


(天然物のエルフ、ということか)


 ヤタローは一応、そう結論付けた。天然物という表現が妥当かどうかはともかく。


「さっきも名乗りましたが……ヤタローです。通りすがりの旅人ですよ。怪しい者ではありません」


「ふざけるな。私の魔法が効かないなど、ありえん。その怪しい見た目といい……おまえ、人間ではないな?」


 エルフの目からも、ヤタローの外見は怪しいらしい。


(なんでだ……。この装備を外したら、そのへんの反応も変わるんだろうか?)


 ヤタローが内心でため息をつく間に、ビングは右手を差し上げ、さらなるスキルを発動した。


「だが、おまえが何者だろうと、これはかわせまい。死ね――フリーズピッカー」


 ビングの前に、白い円錐状の物体がふわりと浮かびあがり、ヤタローめがけて飛来してきた。人差し指程度の、ごく小さな氷のきりである。


 フリーズピッカーは、魔術師職ならば誰でもすぐに習得可能という、いわゆるデフォルトの攻撃魔法スキルのひとつ。威力は小さいが、エルミポリス周辺のフィールドモンスター程度ならば十分なダメージを与えることが可能である。


 精神力の消耗も小さく、初心者プレイヤーの経験値稼ぎのお供に適したスキルとされる。


 むろん――。


 ヤタローに通用するはずもない。


 回避するも容易だったが、ヤタローはあえて動かず、フリーズピッカーを胸もとに、まともに受けてみた。


 案の定――氷の錐は、ヤタローに毛ほどのダメージすら与えることなく、ぱっと煙のように砕け散った。


 その結果を目の当たりとして。


「馬鹿なっ、私の最高の魔法が……! 化け物かっ!」


 信じられぬとばかり、激しく動揺しつつ、眼を見張るビング。


「……もう気が済みましたか?」


 ヤタローは、カタルシス92Fを取り出し、ビングの額を撃ち抜いた。


 あっさりその場にくずおれるビング。


 92Fの気絶スタンは有効らしい。ということは――。


『エルフ(LV18)を討伐しました』


『18EXPを獲得しました』


 エルフの魔術師ビング。態度が大きい割に、レベルはギザンより低かった。






     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

ゲームスタート初期において最大の危険は、課金しないことである。(LV78ソウルテイカー)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る