#20 天使のため息


 ヤタローは、軽く身構えつつ、あえて無言で、大男の出方をうかがった。


 それを挑発と受け取ったか――。


「てめえ! やる気かっ!」


 大男は、激昂して剣を振り上げ、斬りかかってきた。


(……遅い)


 ヤタローは、振り下ろされる刃を、事もなげに回避してみせた。


「なっ! このぉ!」


 初撃をかわされ、躍起になって、右へ左へ、素早く剣を振り回す大男。


 ヤタローはとくに剣術に詳しいわけでもないが、一応、相手がそれなりに場数を踏んだ手練れらしいことは、その身ごなし、力強い踏み込みなどから、なんとなく伝わってくる。


 とはいえ、いかに鋭い剣先も、当たらなければ意味はない……ヤタローの場合、ただでさえレベル差のあるところへ防具「LV85叡智」の防御力が加わるため、まともに当たっても、とくにダメージはないであろう。


 ヤタローは、インベントリーから新たに武器を取り出した。「LV30エンジェル・ウィスパー」、外観はS&W製M60チーフスペシャルに酷似した、白銀のリボルバー式拳銃である。


 見ためがリボルバー式というだけで、実際に射出されるのはオートチャージの純粋な魔力エネルギー弾であり、給弾どころか撃鉄すら引く必要は無い。


 ただし、使用時には実銃そっくりの発射音と硝煙が生じ、シリンダーの回転などの挙動も、きちんと再現されている。


 物理威力はかなり控えめながら、モーションディレイが無く、まったく無制限に連発可能という扱いやすさが特徴である。本来は戦闘職「ガンナー」「ストライカー」専用装備で、とくに追加効果もなく、ゲーム内ではもっぱら中級プレイヤーが雑魚モンスターの掃討に用いる。


 入手方法も、ガチャ産の課金アイテムであったカタルシス・シリーズと異なり、NPC商人の屋台でゲーム内通貨で購入可能という、安価でお手軽な武器である。


 ヤタローは、そのエンジェル・ウィスパーをかざすや、まず相手の両肩を、続けざまに狙い撃った。


「ぐっ」


 と、大男が短く声をあげたとき、すでに長剣は手を離れ、地に転がり落ちていた。


 大男の両肩から、鮮血が噴き出す。


「なにが、どうなって――」


 苦痛と焦燥に面を歪ませながら、なすところを知らぬ大男。


 その両足を、ヤタローは容赦なく撃ち抜いた。


「うああああああ!」


 どう、と地面へ打ち伏せ、大男は血まみれになって悲鳴を上げた。


 どうやら行動不能には陥ったが、まだ体力は十分残っており、生命に別状はないはずである。


 ヤタローは、大男の様子を冷徹に眺めおろしつつ、システムログを参照していた。


『人間(LV21)に5ダメージ与えました』


『人間(LV21)に部位欠損ダメージを与えました』


『人間(LV21)に5ダメージ与えました』


『人間(LV21)に部位欠損ダメージを与えました』


『人間(LV21)に5ダメージ与えました』


『人間(LV21)に部位欠損ダメージを与えました』


『人間(LV21)に5ダメージ与えました』


『人間(LV21)に部位欠損ダメージを与えました』


『人間(LV21)を討伐しました』


『21EXPを獲得しました』


 相手が完全に行動不能となった時点で、討伐判定となるらしい。


(なるほど、これなら――)


 ヤタローは、手許の「LV30エンジェル・ウィスパー」の銃身を眺めやった。


 わざわざ、このタイミングでこの武器を使用した理由は、使い勝手の良さに加えて、一発あたりのダメージ値が固定で、かつ、低威力であること。


(一応、手加減はできる……か)


 ヤタローの腕力は、次元回廊のLV100超のモンスターをも素手で撲殺する。


 LV20程度の人間相手となると、素手での手加減は難しい。軽く殴るだけでも、一撃で即死しかねない。


 殺してしまえば、それまでである。回復蘇生もきかず、情報を引き出すことも、改悛、更生を促すこともできなくなる。


 そのために――なるべく敵を生かすために、素手より低威力で、ダメージが計算しやすいエンジェル・ウィスパーを選択した。おそらく今後、カタルシス92Fが通じない人間相手に多用することとなるだろう。


「……さて」


 ヤタローは、ポーチから赤ポーションを取り出すと、苦痛に身悶える大男の頭に、上から内容液をぶちまけた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ポーションを浴びるや、大男の傷はたちまちに癒えたが、全身血と土にまみれ、もはや戦意は失っていた。


「まだ、やりますか?」


「いいや。俺の負けだ」


 大男は首を振った。意外に潔い性格らしい。


「いったい何者だ、あんた」


「自分は、ヤタローです」


 ヤタローは、銃をポーチに収め、丁寧に名乗ってみせた


「たいした素性のものではありません。通りすがりの旅人ぐらいに思っていただいて結構」


「ふん、そんな怪しいなりをした旅人があるかよ」


 軽く悪態をつきながら、大男はその場にあぐらをかいて、ヤタローを見上げた。


(やっぱり怪しいのか、この格好……)


 内心呟きつつも、あえて顔には出さず――ヤタローは質問を投げかけた。


「それで、あなたは?」


「俺ぁ、ギザンって者だ。グローズに雇われて、用心棒みたいなことをしてる」


「ここのボスの護衛ですか。ここは長いんですか?」


「そうだな、五年ぐらいになるか。で、さっきも聞いたが、騒ぎになってる侵入者って、あんただろ。こんなとこに何しに来たんだ」


「ぶっ潰しに来たんですよ。ここを」


「……本気かよ?」


「もちろん。あとで、門のほうへ行ってみればわかりますよ。ここの盗賊稼業は、もう終わりです」


「まさか、みんな殺しちまったのか?」


「いいえ。それも後で確認してみてください。……それで」


 ヤタローは、やや表情をあらため、ギザンに問うた。


「グローズは、そこの屋敷に?」


「ああ、いるぜ」


 ギザンは首肯した。


「この騒ぎだ。ほっといても、そのうち自分から出てくると思うが」


「いえ、それには及びませんよ。こちらから会いに行きますので。グローズは、腕は立つんでしょうか?」


「たいしたことはない。あんたなら、相手にもならんさ」


「そうですか」


「ヤタローさんとやら……ひとつ、聞きたいんだが」


「なんです?」


「あんた、さっき、この連中をどうするつもりだった?」


 と、小屋に捕らわれてる人々を眺めやりつつ、ギザンが訊いてくる。


「解放しますよ」


 当然といわんばかりに、ヤタローは答えた。


「解放……?」


「ええ。あなたが邪魔しないのなら、いますぐにでも」


「解放して、どうする。こいつらは奴隷だ。全員すでに魔力によって奴隷紋が刻まれている。奴隷紋は一生消えねえ。それがある限り、思考も行動も制限を受ける。とくに主人になった奴には、絶対に逆らえない。そうでなくても、こいつらには、どこにも行くアテなんかねえし、もう二度と、まともな生活は送れねえんだぞ」


「奴隷紋、ですか」


 ヤタローは、少し首をかしげた。


 ゲームには、そのようなものは出てこなかったが、ギザンの話から、およその推測はつく。状態異常の一種であろう。


 より特殊な認識阻害系や麻痺・催眠系のスキルである可能性もあるが――。


「なら、本当に消えないものかどうか、試してみましょう」


「おい……?」


「邪魔する気がないなら、おとなしく見ていてください」


「お、おい、待てよ」


 ギザンの声をあえて無視し、ヤタローは、奴隷舎の仕切り扉を開くと、内側へ足を踏み入れた。


 奥まで伸びる暗い通路。その左右に、畜舎内のごとく、低い仕切り柵がほどこされた収容房があり、鉄の首輪を嵌められた男女が、藁にまみれて座り込んでいる。


(真っ暗だ。なにか明かりを……)


 ヤタローは、ポーチから「LV2手燭」を取り出した。取っ手のついた金属製の小型燭台に、白い蝋燭が載っている。


 所有者の念によって着火・点灯し、しかもこの蝋燭は何時間使用しても減ることがない――というマジックアイテムの一種で、「LV2竹の水筒」と同じく、ゲーム序盤に自動入手するクエストアイテムである。


 まず、手近な若い娘の前に立ち、「LV2手燭」を点した。本物の蝋燭と寸分違わぬ火が、ちらちら揺れながら周囲を照らしはじめる。


 突然明るくなったためか、若い奴隷は、少々驚いたように、びくりと顔をあげた。


 ヤタローは、低い柵ごしに、その様子を冷静に観察する。


 娘の額に、血のように赤い、複雑な紋様が浮かび出ている。これが奴隷紋であるらしい。


 ヤタローは、左手に燭をかかげつつ、ミニポーチから青い陶器の小瓶を取り出し、柵の向こうへ差し出した。


「受け取ってください。詮を開けて、中身を飲んでください」


 やや怯えた表情を見せる娘へ、つとめて穏やかに声をかけ、小瓶を手渡した。


 若い娘は、いわれるまま詮を開け、中身を飲み干した。


 一瞬、その全身を、ぼうっ、と、青白い燐光が覆ったかと見えるや――。


 娘の額にあった赤い紋様は、きれいに消え去っていた。


 同時に、娘の手にあった陶器の小瓶も、煙のように消えてしまっている。


「……うそだろっ?」


 ヤタローの背後で、驚きの声があがった。ギザンである。


 いつの間にやら、後ろから様子をうかがっていたらしい。


「消えた……奴隷紋が? おい、いまのはなんなんだ!」


 なぜか興奮気味に、ヤタローへ詰め寄るギザン。


「うまくいったようです。何事も、試してみるものですね」


 涼しい顔して応えるヤタロー。


 娘に飲ませたのは、完全霊薬ラスト・エリクサーである。あらゆる怪我、病気、状態異常を打ち消し、体力を完全回復させる――「ルミエル」最高峰のポーションは、ここでも名前にたがわぬ威力を発揮した。


「教えろ、いまのはいったいなんだ、どんな魔法を使いやがった」


 やけに執拗に食ってかかるギザン。


 ヤタローは、燭を手に、ギザンを押しのけ、こう告げた。


「自分に協力していただけるなら、教えてさしあげますが」


「わ、わかった、協力する」


 どうやら、ギザンにも、なにやら事情があるらしい――と、ヤタローは察した。


「では、全員を表に出しますから。あなたは、奥のほうから柵を開けて、みんな外へ出るよう、声をかけていってください」


「おお。任せろ」


 はりきって、通路の奥へと歩き去ってゆくギザンと、それを、かすかな苦笑を浮かべて見送るヤタロー。


 そんな二人の様子を、奴隷紋から解放された若い娘は、きょとんとした顔で見上げていた。






     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

いい仕事してますねぇ。(LV84アルケミニスト)

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