#21 揺れる褐色


 小屋に収容されていた奴隷たちは、ギザンに追い立てられるようにして、全員、屋外へと連れ出された。


 数はちょうど二十人。


 当惑する彼らへ、ヤタローが声をかける。


「さあ、これを。順番に受け取って、飲んでください。危険はありませんから」


 一人ずつ、ヤタローの手から完全霊薬ラスト・エリクサーを受け取り、戸惑い怪しみながらも、是非なく飲み干してゆく奴隷たち――。


「ええっ?」


「これは!」


「頭がすっきりした」


「怪我が治ってる……」


「どうなってるの、これ」


 たちまち完全霊薬ラスト・エリクサーの効果により、全員の奴隷紋が瞬時に消え去り、しばし驚声歎声が飛び交った。


 ついでに、怪我や体調不良まで完全回復している。


「そいつはなんなんだ。薬……か?」


 ギザンが訊いてくる。


「ええ。詳しい説明は、あとで聞かせてさしあげますよ」


「そうか……。ああ、こいつらの首輪の鍵、俺が持ってるぜ。外してやるか?」


 ヤタローは「お願いします」とうなずいた。


 奴隷紋の消失に加えて、鉄の首輪が外されたことで、奴隷たちはここに完全に解放された――。


「もう大丈夫。あなたたちは奴隷ではありませんよ」


 ヤタローが告げると。


「そう単純なもんでもねえ」


 最後の一人の首輪を外し終えたギザンが、横から言った。


「こいつらは、帝国の奴隷商店の商品として、もう登録が済んでる連中なんだよ。帝国にはもう、こいつらの戸籍は存在してない。まともな人間としての扱いは受けられねえんだ」


 この小屋は、帝国へ出荷間近の奴隷たちを選別し、待機させておくための場所だったという。全員、帝国の出身でありながら、すでに戸籍と市民権は抹消されている。


 奴隷紋は消えうせても、帝国の身分制度上では、あくまで奴隷としての扱いしか受けられない。すでにそういう手続きが済んでいる、と――。


「そんな、わたし、お家に帰れないの?」


 ひとり、ヤタローの脇で、声をあげた。


 最初にヤタローから完全霊薬ラスト・エリクサーを受け取った若い娘である。


「戸籍がないって? そんなはずはないだろう。俺は貴族だし――」


「家には両親も兄弟もいます。会えば、ちゃんと私だってわかって――」


「私の土地は、どうなってるんだ? まさか、勝手に他人のものにされてしまってるのか」


 みな、ギザンの説明を受け入れられず、動揺して立ち騒ぎはじめた。


「――落ち着いてください」


 ヤタローは、やや声音をあらため、鋭く言い放った。


「みなさんは、もう誰の束縛も受けていません。あとは帝国の制度や法の問題だけでしょう。なら、すぐには帰れずとも、なにか方法はあるはずです」


 ヤタローの言葉で、騒ぎは水を打ったように鎮まった。


「方法って、どうすんだ。何か考えでもあるのか?」


 ギザンが訊く。


「戸籍を消せるのなら、作り直すこともできるでしょう。法律上の身分もね。具体的なやりかたは、奴隷商人とやらにでも聞いてみましょうか」


 しれっと答えるヤタロー。


「……戸籍と身分の捏造だと? いやまあ、たしかに、あいつらなら、そういうこともできるかもしれんが」


「なんにせよ、今すぐというわけにはいきません。自分も、まだ用事が残っていますから」


「用事?」


「グローズに会わないといけません。ここをぶっ潰しに来た、と言ったでしょう?」


「ああ……そうだったな」


 バッフェンの賊は、ヤタローの手により、すでに壊滅したというも過言ではない。


 ただ、その首魁たるグローズを放置しておいては、今後またいかなる悪事を働くか、わかったものではなかった。


 ゆえに、どうあってもグローズとは直接対峙する必要がある。


「ですが、その前に」


 ヤタローはインベントリーを開くと、三つ並ぶデフォルメ顔のアイコン……ポーチに収納中の、三体のAIパートナーのうちひとつを選択した。


 ぼぼんっ! と、鈍い爆発音とともに、ヤタローの背後で白い煙幕が噴きあがる。


 ギザンをはじめ周囲の人々は、その音に驚きつつ、何事か――と煙幕を注視した。


「はーい! お呼びですかぁー?」


 声が響く。明朗快濶な女性の声。


 ヤタローが振り向くと、次第に煙幕が晴れ、そこに新たな人影が佇んでいた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 黒髪碧眼、褐色の肌にスリット付きの青いドレスを着込んだ、長身の美女。


 ピンと立った両耳は長く尖っており、厳密には人間の容姿ではない。


 肩から細い革ベルトを斜めにかけて、腰に白い半弓をさげ、背には黒い矢筒を負って、素足に革を編みこんだサンダルを履いている。


 額上には銀の髪飾りが輝き、両腕に黄金の腕輪、青い絹のドレスには真珠やルビーがちりばめられ、見るも絢爛豪奢な扮装いでたち


「よく来てくれましたね、ラーガラ」


「ええ、そりゃもう、ヤタロー兄さんのお呼びとあれば」


 褐色美女は、けぶるような笑みを浮かべた。


 AIパートナー「ラーガラ」、エキゾチックかつ健康的な肢体が特徴の、「ルミエルくじ」産最高級限定レアキャラクターである。名前からして、愛染明王をモチーフとしているらしいことがうかがえる。


 特筆すべきは、設定上、全AIパートナー中でも最大を誇る、その胸元。


 青いドレスから上半分はだけた褐色の胸は、まるで小ぶりのスイカを連ねたような大きさで、それはもう豊かに、たわわに、ふるふると揺れている。


 性格は明るく面倒見が良い「しっかり者の妹」タイプ。戦闘では中・遠距離物理攻撃を得意とし、固有装備「大悲の矢」は、ヤタローの最強銃「LV100クロノスタンパー」に匹敵する攻撃力を有する。


 一方で優秀な補助系・回復系スキルを数多く所有しており、サポーターとしても一線級の能力を持つ。


 容姿も能力もトップクラスとあって、ゲーム内では後発のAIパートナー「バイラヴァ」「アカラナータ」とともに「三大明王」と呼称され、長く愛された人気キャラクターであった。


 かつてヤタローも、彼女が最高レアとして排出された「期間限定ラーガラくじ」において、冬のボーナスの三分の二を消し飛ばしている……。


 無論、ゲーム内でのラーガラの育成は完了しており、レベル、信頼度とも最大値に達し、習得可能スキルもコンプリート済み。


 そして、アカラナータもそうであったが、いま眼前に立つラーガラも、もはやデフォルメされた3Dキャラクターではなく、生身の若い女性と化していた。


 それも、ヤタローすら、息を呑んで凝視するほどの、圧倒的美貌である。


「あれ、どうかしましたか、ヤタロー兄さん。わたしの顔になにか」


「……いえ。相変わらずのようで、安心しました」


 容姿のリアル化はともかく、態度や細かい挙措は、ゲーム内でヤタローがよく知るラーガラそのもの。おそらく性格や能力も問題なく再現されているものと思われる。


「い……いったい、なんなんだ、そのねえちゃんは。どこから出てきたんだ」


 ギザンが横あいから訊いてきた。周囲の人々も、状況についていけない様子で、軽くざわめいている。


 ヤタローは、やや表情をあらため、ギザンらに紹介した。


「彼女はラーガラ。自分の……そうですね。盟友、というところです。不思議な力を持っていて、呼べばいつでも飛んできてくれるのですよ」


「えー? ヤタロー兄さん、その言い方は水くさいですよー。わたしたち、生まれた日は違えども、ねがわくは同年同月同日に死せん……と、固く誓い合った義兄妹パートナーじゃないですか」


「そんな重たい誓いを結んだおぼえはないんですが」


「あはは、バレたか。でも、義兄妹パートナーなのは事実ですから」


「……ええまあ、たしかに」


 かつて、「ルミエルくじ」にてラーガラを迎えたプレイヤーにのみ解放される、限定バックストーリーイベントが存在していた。


 プレイヤーとラーガラの出会いからはじまり、いくつかの困難を乗り越え、最後には家族パートナーとなって、共に歩いてゆこうと誓い合う――という内容である。


 同様の限定バックストーリーは、すべての最高レアAIパートナーに個別に用意されているが、ことにラーガラら「三大明王」のシナリオは、いずれも非常に力の入ったテキストと演出で、当時から高く評価されていた。


「さて、呼び出したばかりで悪いのですが」


 ヤタローは、ラーガラの必要以上に揺れ続ける胸から、どうにか目をそらしつつ、簡単に状況説明を行った。


「――というわけで、自分はそこのギザンさんと一緒に、盗賊のボスに会ってきますので。ラーガラは、ここにいる人たちを保護しつつ、待機していてください」


 ようは、解放した人々の護衛としてラーガラを呼び出したわけである。ラーガラは中・遠距離攻撃のエキスパートであり、周囲への警戒能力も高い。


 万一、討ち漏らした盗賊や思わぬ新手が出現しても、彼女ならば、危なげなく対処するであろう。


「わっかりました! 近づいて来る奴は、殺っちゃっていいんですか?」


「なるべく半殺しぐらいで」


「はい、努力しまーす」


 ラーガラの言動に一抹の不安を感じつつも、ヤタローはギザンへ顔を向けた。


「グローズの居場所はご存知ですよね? 案内をお願いしますよ」


「ち、しょーがねーな」


 ギザンもまた、ラーガラの揺れる胸元に釘付けになっていたが、そう声をかけられると、渋々うなずいてみせた。


「なあ、ヤタローさんよ。後でいいから、ちゃんと説明してくれよ。さっきから、わけがわからん。夢でも見てるみてえだ」


「ことが済んで、落ち着いてからお話ししますよ。こちらとしても、あなたからは、もっと情報を提供していただきたいので」


「俺にわかることなら、なんでも教えてやる」


「あなたにも、何か事情がありそうですね」


「まあな……追々、そのへんも話すさ」


 そうこう語り合いつつ、二人は肩を並べて、グローズの居館へ向かっていった。






     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

揺れない乳は、ただの乳だ。(ルミエル・クロス・オンライン3Dキャラクターグラフィックチーム)

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